【家族信託活用事例】財産は一族で承継させたい――子どものいない夫婦の相続で揉めさせないために
谷口 亨
2020/01/22
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相続する財産は、一族のものという意識はまだまだ多く、「嫁の家に取られたくない」「婿の家族のものになるのは嫌だ」というご相談をいただくことがあります。なかでも資産を相続する息子や娘に子どもがいないというケースで、トラブルになりがちです。具体的には、自分が死亡したあとに子らが財産を引き継ぎます。次にその子らが亡くなると、その財産は配偶者に引き継がれ、そのまた配偶者が亡くなったあとは、その配偶者の親・兄弟姉妹が財産を引き継ぐことになり、財産が他家に渡ってしまうというわけです。
そんなご相談のケースをご紹介しましょう。
<相談内容>
相談者=山田道子さん(仮名)85歳
相続人は長男、次男
山田:長年、長男夫婦と同居しています。お嫁さんもとてもいい人で、仲良く暮らしています。ただ、長男のところには子どもがいないのです。自宅と土地は夫が亡くなったとき、私が相続しました。実は長男は病気がちです。私の心配は、私が死んだあとに長男も亡くなったら、自宅はお嫁さんが相続するということなのです。お嫁さんにはもちろん住み続けてもらいたいので、それはいいのです。ただその後、お嫁さんがいつか亡くなったら、我が家はお嫁さんの兄弟のものになってしまいますよね。
谷口:お嫁さんが自宅と土地を相続した場合、法律ではお嫁さんが遺言を書かなければ、お嫁さんの兄弟に財産が渡ってしまいます。
山田:そうですよね。先日、長男と話したときも「うちは昔の大地主というわけでもないし、誰に相続させるとか考えなくてもいいだろう。考えても仕方ないことだ」と長男は言います。長男にしたら、自分がなくなったあとの話ですから、いい気持ちはしませんよね。かわいそうなことことをしました。でも、なんだか気持ちの整理がつかなくて……。
谷口:山田家の資産が、将来他家に渡ってしまうのは避けたいということですね。
山田:はい。土地は主人のおじいさんに当たる人が、その昔買い求めたもので、このあたりではかなりの敷地があります。今の家は私と夫が若い頃、一生懸命働いて建てたものです。
谷口:先祖の土地と夫婦で力を合わせて建てた家ですね。
山田:お嫁さんを追い出すつもりなんてまったくないんです。ただ、いずれ血のつながった家族に、この土地を引き継いでもらいたいと、それだけなんです。
谷口:血のつながったご家族? 次男さんのことですか。
山田:ええ、次男には男の子が一人おります。私のたったひとりの孫です。どうにか、いつの日か孫に渡せないかと。遺言はどうでしょうか?
谷口:遺言は財産の承継先の指定が1代限りですから、山田さんの遺言は、息子さんたちへの指定ができますが、その先はできません。
山田:じゃあ、もし息子が亡くなってお嫁さんが残されたら、その時点でお嫁さんに「次男の息子に相続する」と遺言を書いてもらったらいいのでしょうか。
谷口:それも一つの方法です。
山田:でも、きっと長男から「そんな先のこと!」って叱られてしまうでしょうね。私だってお嫁さんにも嫌な思いをさせたくない。何か、いい方法はありませんか。
谷口:財産承継について何もしなければ、山田さんの希望を叶えることはできません。山田さんのご希望に添える方法を考えてみましょう。
<相談の要点>
・土地と自宅が長男亡きあとに嫁に引き継がれる。それは納得できるが、嫁が亡くなったあとに土地と自宅が嫁の兄弟のものになるのは避けたい。
・山田家の資産は、いずれ孫(次男の子ども)へと引き継ぎたい。
<提案>
・2代先までを見据えた財産承継を考えるケースなので、遺言ではなく、家族信託を使うのがベターな選択といえます。
・この際、受託者は長男、第二受託者は次男、居住権は長男の妻、信託終了時の財産の帰属者(残余財産受益者)を孫(次男の子)にします。
<提案のポイント>
・子どものいない夫婦に相続が発生した場合、法律で定められた相続人は、配偶者と亡くなられた方の兄弟姉妹です。今回は、配偶者であるご主人が亡くなっているので、すべての財産が配偶者の兄弟姉妹に相続されることになります。
・財産の承継先を指定する方法として、山田さんもおっしゃっていたように遺言があります。遺言を残していれば法律で定めた相続人以外に財産を残すことができます。このときにお嫁さんにあらかじめ「甥に(次男の子)に渡す」という遺言を書いてもらい指定しておけば、お嫁さんの兄弟に財産がわたることはありません。しかし、もし現時点でお嫁さんが了承しても、実際に遺言を書いてくれる保証はありませんし、遺言書が書き直されることもあります。
・相談者はお嫁さんと円満にやっていきたいという強いお気持ちがあるため、遺言を書くように頼むのはやめにします。
・お嫁さんの家族への貢献度を考えて、まずはお嫁さんを大事に思っている率直な気持ちを直接伝えます。その上で、嫁の存命中は居住権(受益権)をきちんと守ることを信託に書き込みます。
・家と土地の受託者は、長男にしておき、万が一長男が管理できなくなった場合に備えて、次の管理者(受託者)を次男に設定しておきます。
こうした2次相続、3次相続までを考慮した遺産相続ができるのが、家族信託の大きな特徴といえます。
この記事を書いた人
弁護士
一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。