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「病期」から見た風邪の治療法は、新型コロナとその後遺症に改善につながる

杉 幹雄杉 幹雄

2021/02/25

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風邪の病期とコロナ感染について

内科クリニックを開業していると多くの風邪の患者さんを診ることになります。発熱や咽頭痛などが最初の症状として多く、これが治まると呼吸器症状である咳などの症状が強くなる傾向になります。

興味深いのは、2回目の受診では「風邪が悪くなった」と受診する患者さんが多いことです。しかし、これの症状の変化は「風邪の病期」が変わって、出ている症状も変化していることに他なりません。

こうした病状の変化を漢方医学の基本書である『傷寒論』に照らし合わせると、最初は「太陽病期」という風邪の初期症状である発熱や咽頭痛で受診に来られ、改善せずに次に診察に来られたときは「少陽病期」という次の段階になっているケースがほとんどです。

そこで今回は「風邪の病期や症状」について、次に「なぜ風邪は万病の元といわれるか」、そして「病期からとらえた新型コロナと後遺症」についてお話を進めたいと思います。

『傷寒論』が指摘する風邪の病期

漢方医学の基本書である『傷寒論』の三陰三陽論では、病期(病気の症状)を図のように6つに分けています。この病期を陰陽で分けると「陽病(表/体表部)と陰病(裏/臓器、消化器)」に分けることができます。

陽病(表)は「太陽病・少陽病・陽明病」の3つの分類になり、陰病(裏)は「少陰病・太陰病・厥陰病」の3つの分類になります。図はこの病期の関係を単純化したものですが、それぞれの病期の状態は次のような状態になっています。

【陽病(表)】
○太陽病期:体表部に熱がある状態
○少陽病期:体内臓器(主に実質臓器)に熱がある状態
○陽明病期:体内臓器(主に管腔臓器)に熱がある状態

【陰病(裏)】
●太陰病期:体表部が弱っている状態
●少陰病期:体内臓器が弱っている状態
●厥陰病期:全身が弱っている状態

基本的には風邪の初期の太陽病期から始まり陽病の熱が全身に行き渡り、それに耐えられなくなると、陰病へと進行し身体が虚し(弱ってエネルギーがなくなり)体力を消耗し、死に向かっていくことになります。

現代医学での一般的な慢性病は少陽病期に属する病態が多く、食生活が豊かな現代社会を反映していると言えます。一方、平均寿命が短かった明治以前や、戦時下、飢餓・貧困といった社会情勢では、食生活が良くないこともあり、陰病が多かったのではないかと思われます。

このように時代や社会情勢によって、発病しやすい病気のかたちが異なるのが普通です。

臨床での風邪の病期の捉え方

この「病期」の把握はとても重要です。
もちろん、風邪治療でも、この病期が重要な意味を持ちます。現代医学では「風邪の病期」という概念はありませんが、漢方医学では病期の把握が、より良い治療方法へと結びつけられると考えられています。

実際の診察においての「私の風邪治療」をお話ししましょう。

太陽病期にある風邪(頭痛、発熱、のどの痛みなどの症状)の場合は、現代医学で処方する一般薬しか使いません。それは個々の体質により、次の段階の少陽病期に移る時期が異なるためです。この段階で太陽病期に対する漢方薬を投与すると、少陽病期に移ったときに太陽病期の漢方薬が症状を悪化させる「毒」に変化する可能性があるからです。

毎日、診察できれば、病期の変化の把握も容易です。しかし、風邪の治療でそれはできませんから、最初の受診では5日分程度の投薬をするのが一般的な治療になります。この5日で快復すれば良いですが、そうでない場合は次の受診は5~6日後になります。

5日後の段階で快復していないようであれば、すでに太陽病期から少陽病期に移っていることがほとんどです。なかには2~3日で少陽病期となる患者さんもいますが、多くは5日ぐらいで移行するため、5日が1つの目安になります。もちろんのことですが、5日を経ずして症状が悪化すれば、それに合わせた治療を行います。

5日を経て、少陽病期に入った患者さんには、一般薬と漢方薬の併用治療を行うことが多くなります。それは少陽病期の半表半裏の臓器である肝臓や脾臓の充血を除去することができるのが漢方薬だけだからです。

同時にその次の段階の陽明病期を併発することもあり、この場合は石膏剤(鉱物を生薬としたもの)を併用することもあります。
このように風邪では病期をみながら、現代医学の薬と漢方を併用しながら、治療を進めています。

当然ことですが、病態の差異は個人の体質の違いが影響することも推測されます。なかでも少陽病期や陽明病期においては、臓器の充血を取る治療をせずに一般薬のみですと、風邪の治りが遅れるばかりではなく、大きな病気や慢性病に移行する可能性があります。

なぜ、「風邪は万病の元」といわれるのか?

さて「風邪は万病の元」とよくいわれますが、なぜ万病のもとなのかの理由が、病期で風邪をとらえると、わかりやすくなります。
前回、風邪の熱が皮膚である体の表から体の内側(裏)になる実質臓器や管腔臓器に熱が移動するというお話をしましたが、これも風邪の病期と深い関係があります。

(参照/「葛根湯」の処方箋から読み取る「風邪」という病気の本質

実際、風邪の急性病としては急性肝炎・肺炎・脳炎などがあります。また、慢性病としては慢性気管支炎・慢性胃炎から潰瘍・糖尿病・甲状腺機能障害などへと臓器の充血を基板として大きな病気に発展することもあります。このことが風邪は万病の元、といわれるようになったわけです。

新型コロナを風邪の病期で読み解く

このように「風邪の病期」の病態変化を見ていくと、新型コロナウイルスでなぜ肺炎になるのか、さらに治癒後の後遺症についても多くの示唆を与えてくれます。

新型コロナの初期症状は、一般の風邪のような症状しかないことがほとんどです。『傷寒論』の視点からすると、これは太陽病期に属する症状です。この時点では、新型コロナであっても一般の風邪薬でも十分な効果があることが多いと思われます。

新型コロナで危険な状態になるのは、発病後から5日から10日あたりで、この段階になると、実質臓器が充血し、少陽病期へ移行していきます。一部では管腔臓器が充血する陽明病(期)も併発することもあります。

この段階になってしまうと、一般の風邪薬だけでは手に負えなくなり、病状も急変する危険性もあります。さらに症状は改善せず、悪化の一途をたどることも少なくなく、その典型的な症状が肺炎です。

このため中国では新型コロナ治療として、肺炎の際に用いられる漢方薬の「清肺敗毒湯(せいはいはいどくとう)」に効果があるとされました。これは清肺敗毒湯の薬草構成や、肺炎が少陽病期と陽明病期に併発するためからだったと推測できます。

(参照/新型コロナに漢方薬が効く!?――いま漢方医療に注目が集まる理由

新型コロナの後遺症と漢方薬

新型コロナでは、快復後に後遺症を訴える人が多数いると報道されています。実際に私のクリニックにも、新型コロナから快復後の後遺症で診察に訪れる患者さんがいます。この診察の経験から痛感したことは「風邪の病期」に則した後遺症治療の重要性です。

というのも、新型コロナによって重篤な症状になっていなくても、ほとんどの患者さんが少陽病期での実質臓器の充血や、陽明病期における管腔臓器の充血が残っていたのです。そして、これら臓器の充血が後遺症を起こす原因になっていると考えられるからです。

例えば、新型コロナの初期症状で咳が止まらないという患者さんの例では、実質臓器や管腔臓器の充血がとれていませんでした。そこでこの充血を取る漢方治療を進めたところ徐々に咳が治まっていきました。また、胸部不快感や頚部痛などが残る患者さんは、脾臓の充血が取れないことが確認でき、それに対する漢方治療をすることで症状は軽快しています。

このように新型コロナであっても『傷寒論』に記された病期を把握し、漢方治療を行うことで症状の改善がみられたのですから、そのほかの感染症や病気においても漢方医学と現代医学と合わせることは、さらなる医学の発展に繋がって行くと思えてなりません。

日本には『傷寒論』を解析した本がたくさん残っています。これまでのように現代医学一辺倒ではなく、こうした日本に残された漢方医学の“遺産”を活用した病態把握の視点の再検討が必要な時期に来ているのではないかと思えてなりません。

これは医学だけでなく、日常生活においても先人たちが残した「貴重な考え方」に目を向け、その考え方を土台にした新しい日常を作って行くことの大切さを物語るものでもあると考えています。

次回は、漢方治療の誤治により新たな病気ができる病気の機序について、お話ししようと思っています。

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この記事を書いた人

すぎ内科クリニック院長

1959年東京生まれ。85年昭和大学医学部卒業。国立埼玉病院、常盤台病院、荏原ホームケアクリニックなどを経て、2010年に東京・両国に「すぎ内科クリニック」を開業。1975年大塚敬節先生の漢方治療を受け、漢方と出会ったことをきっかけに、80年北里大学東洋医学研究所セミナーに参加。87年温知堂 矢数医院にて漢方外来診療を学ぶ。88年整体師 森一子氏に師事し「ゆがみの診察と治療」、89年「鍼灸師 谷佳子氏に師事し「鍼治療と気の流れの診察方法」を学ぶ。97年から約150種類の漢方薬草を揃え漢方治療、98年からは薬草の効力別体配置図と効力の解析を研究。クリニックでは漢方内科治療と一般内科治療の併用治療を行っている。

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