マンダラは生活のあらゆるところに存在している
正木 晃
2020/02/03
そもそもマンダラとは何か?
マンダラという言葉の出所は、インド宗教界で古代から現代に至るまで、「雅語」として、ながらく用いられてきたサンスクリット(梵語)である。この言葉が最初に使われたのは、原初の層は紀元前一五〇〇年ころに成立したインド最古の聖典、『リグ・ヴェーダ』らしいが、マンダラ本来の意味は不明のままだ。
マンダラは、漢字では曼荼羅・曼陀羅・漫拏羅などと表記されてきた。古代の中国では、外来の文物のうち、理解も解釈も簡単にはいかないときは、漢字で音写する伝統があったからだ。
マンダラの意訳もなくはない。最も有名な例は「輪円具足(りんねんぐそく)」である。「円くて、すべてが備わっていて、何一つ欠けていないもの」という意味になる。たしかに、よくできた訳語だが、あまり使われてこなかった。いまもなお、意訳ではなく、音訳がよく使われている背景には、マンダラの由来や理解が容易ではない事実が深くかかわっているようだ。
「一切義成就羯摩マンダラ」の中心部
マンダラの意味や目的については、空海の言葉が最も端的に語っている。「密蔵(みつぞう)は深玄にして翰墨(かんぼく)に載(の)せ難し。更に図像を仮りて悟らざるに開示す(密教の教えは深く神秘的なために、文字では伝えがたい。そこで図像をもちいて、理解できない人の眼を開くのだ)」(『請来目録(しょうらいもくろく)』)。つまり、マンダラとは本来、密教が修行や儀礼のためのアイテムとして開発した図像にほかならない。この種のマンダラは、日本とチベットにあまた見られる。
興味深いのは、密教が開発した厳密な意味のマンダラのほかに、マンダラによく似た図形が、世界中に広く見られる事実だ。もし仮に、密教が開発した厳密な意味のマンダラを狭い意味のマンダラと呼ぶなら、それらは広い意味のマンダラと呼べる。
いずれにせよ、マンダラの視覚上の特徴は、以下の四つが指摘できる。
1)強い対称性。
2)基本的に円形か正方形。
3)閉鎖系(外部からの侵入を許さない)。
4)幾何学的な形態。
これらの特徴は、人間の精神状態を安定させるのに効果があるらしい、とマンダラに強い関心を抱いた精神医学者のカール・グスタフ・ユングが指摘している。
自然の造形物、人口的な造形物にもあるマンダラ
狭い意味のマンダラは、真言宗や天台宗のような密教系のお寺か、美術館に行かないと、お目にかかれない。でも、広い意味のマンダラなら、私たちに身近にけっこう見出せる。
自然界を例にあげれば、花びらが五枚もしくは六枚の花々、雪の結晶、水晶の構造などである。水に石を投げ込めば、水面には文字どおり円輪のパターンがあらわれる。音の波は、砂や水の上に、複雑なマンダラ模様を描き出す。ミツバチやアシナガバチの巣も、ときには少し歪んでいるかもしれないが、基本的な構造はやはりマンダラっぽい。
超巨大な例というなら、太陽系はもとより、宇宙そのものがマンダラ構造といっていい。チベットやブータンには、宇宙の構造をマンダラとして描き出す作例がある。
やや変わった例としては、北海道の函館にある五稜郭が、マンダラ構造をしている。ご存じの方もあろうが、五稜郭は、一六世紀ころから西ヨーロッパで発達した稜堡(りょうほう)式の城郭である。
稜堡式の城郭とは、防御力強化のために、どこからでも援護射撃できるように、死角を可能な限りなくした城郭だ。当初はわりあい単純な星形だったが、とにかく死角をなくそうなくそうと躍起になるうちに、数学的に計算された多面体をあまた組み合わせた構造物となった。その姿は、上から見ると、円形にごく近い多角形であり、外部からの侵入を許さない閉鎖形の構造であり、強い対称性を持つ幾何学な形態というぐあいに、まさにマンダラそっくりなのである。
もっと身近なところでいうと、冷蔵庫の野菜室はマンダラの宝庫である。リンゴ、キュウリ、タマネギ、イチゴ、ミカン、キウイ、バナナなどの横断面は、みごとなマンダラだ。
画像/123RF
部屋に敷いてある絨毯やカーペットも、よく見ると、マンダラ構造をしている例が多い。ペルシア絨毯やチベット産のカーペットには、特に多い。ペルシア絨毯は、具象表現を厳禁したためにマンダラっぽい抽象文様が発達したイスラム教に、チベットのカーペットはチベット密教のマンダラに、それぞれ由来しているようである。
さらには、盆踊りやフォークダンスも、円形の閉じた輪という点では、マンダラに似通う要素をはらんでいる。しかも男女がもつれ合うという意味では、かなり色っぽい。ちなみに、最末期の密教では、大勢の男女が何重にも輪を描いて坐し、天体の運行にあわせてパートナーを変えながら、秘密の儀礼をおこなっていたという。
この記事を書いた人
宗教学者
1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』(いずれも春秋社)、『密教』(講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。