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空間と心のディペンデンシー

求める理想によって、こころが病む

遠山 高史遠山 高史

2020/01/31

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仕事ができるセールスウーマンを襲った「うつ病」

K子さんは、ある服飾メーカーのセールスウーマンだったが、気分が沈みがちになり、遅刻や欠勤をするようになった。上司の勧めで病院に行くと「うつ病」と診断された。
思い余って会社を辞めようかと思ったが、K子さんの実績と貢献度から、社長の采配でパートとして子会社の出荷部に配属されることになった。

K子さんは、几帳面で仕事はソツなくできるし、少し遅刻はするが、何か事情があるのだろうからと、事務所のスタッフたちはK子さんを快く迎え入れた。最初のひと月は何事もなく過ぎたが、そのうち、K子さんの遅刻が増えてきた。一週間に一度が、三日に一度になり、ほとんど毎日になった。ひどい時は、昼過ぎに出勤するようになった。

そんなある日、親会社から電話があった。受けたのはK子さんであった。内容は伝票の日付を変えて欲しいという他愛ないものだったが、電話を切るなり、K子さんは泣き崩れ、驚くスタッフたちを尻目に事務所から飛び出し、その日は、終業まで事務所に帰って来なかった。

さすがにこのままでは問題になると、K子さんと年齢の近いスタッフがわけを聞くことになった。

K子さんは、同じ営業部の後輩と密かに付き合っていて、結婚を考えていたという。しかし、ある日、別れ話を切り出された。その男性と別れてからというもの、食欲はなくなり、何をしても気分は晴れない、夜眠れず、朝は布団から出ることができない。ようやく出勤できたとしても、彼の姿が目に入ると泣けてくる。職場が変わっても、彼を思い出すとつらくなる。この前の電話は、その元彼本人からだったから、こらえきれず事務所を飛び出してしまったというわけだった。

「挫折知らず」が一番怖い

そもそもなぜ別れたのかと言えば、原因はK子さんのわがままだ。K子さんはスレンダーで、目の大きい美人である。彼女のどこか甘えたような口調と、厚い唇は、男性にはたまらなく魅力的に写る。実際、彼女は今回のことがあるまでは、フラれるより、フル側で、別れた後も、付き合う男に困ったことはなかった。それだけに、相手に対する理想は高く、要求も大きくなる。

さらに、K子さんが幼いころ、両親が離婚し、ずっとアパート住まいだったため、落ち着いた家庭に強いあこがれがあった。なんとしても一戸建てを手に入れて、子どもを作り、家族を作りたかった。仕事も好きで夢中で頑張ってきたが、気がつけば40歳目前である。こういった事がK子さんを焦らせ、まだまだ駆け出しの彼を責める結果になった。

プロポーズはちゃんとしてほしい、結婚式はどこでやろう、いつ結婚してくれるのか、子どもは絶対に二人は欲しい、家は庭付きで、日当たりの良いリビングと、広いベランダがほしい、庭にはテーブルとベンチを置いて、バーベキューをしよう、等々。

そんなある日、K子さんは、自分より給料が安いことについて、彼をなじった。優しかった彼の顔が硬直したのを見て、取り返しのつかないことを言ったと思ったが、もう遅かった。

結局K子さんは、しばらくして、会社を辞めた。遅刻は治らなかったし、親会社からの電話を恐れて電話を取ることもできないのでは、仕事にならない。会社もこれ以上はかばいきれなかった。元彼は、K子さんが辞めた後、すぐに別の女性と結婚した。

理想を捨てたことで手に入れた “生きやすさ”

それから、1年後、元同僚にK子さんから、結婚の知らせが届いた。会社を辞めてから、小さなラーメン屋で働いていたが、そこによく来る客と付き合うようになり、ほどなくして結婚したそうだ。

結婚祝いを携えて同僚がK子さんを訪ねると、少し肉付きが良くなったK子さんが、出迎えてくれた。そこは、小さなアパートでK子さんが、過去に話していた理想の一戸建てではなかったが、狭いながらも日当たりがよく、小ぎれいに片付けられていた。

玄関には、小さな写真が飾られていてドレスを着たK子さんと、タキシード姿の男性が写っていた。相手の男性は元彼のような、いわゆる「イイ男」ではなかったが、真面目で誠実そうであった。寝室にはベビーグッズが揃えてあった。

茶菓子を並べながらK子さんは、「理想と全然違うけど、今は幸せだよ」と言って大きなお腹をなでた。

 

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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