ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

SNSが肥大化させる心の闇

朝倉 継道朝倉 継道

2025/01/11

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

アインホーンの「幸福のセオリー」

インターネットの中を巡り歩いていると、過去には知る機会がなかった面白い考察に出会えることが多い。

先日は、アインホーンという人が説いた理論のことを知った。

Hillel J. Einhorn―――アメリカの心理学者だ。1987年に45歳で亡くなっている。Theory of Happiness ―――幸福のセオリーとも呼ばれているらしいシンプルな図で、人間の「幸せ」について解いてくれている。

こんな図となる。

2つの幸福、2つの不幸

上記の図が示すものとは、こうだ。

  • 満足の「A」
    4つの四角い部分のうち、まずは左上のAだ。ここは「満足」を示すエリアとなる。ここでは、われわれは求めるものを手に入れている。喜びのエリアと言ってもいい。お金や物、地位、名声、愛情、健康等、欲しいものを手に入れられている幸福の状態が示されているのがAだ。
  • 不満の「B」
    次に、Aの隣、Bとなる。ここは「不満」を示すエリアだ。ここでは、われわれは欲しいものを手に入れられていない。裕福になりたいのに貧乏だったり、愛情が欲しいのに孤独だったり、努力しても認められなかったり。そんな、不満足で不幸な状態をBは示している。
  • 苦痛の「C」
    次は、Aの下、Cとなる。ここは「苦痛」を示すエリアだ。ここでは、われわれは欲しくないものを手に入れてしまっている。たとえば、病気だ。あるいは貧困、他者との諍い、容姿の悩み等々。不要な痛みや苦しみが手の中に存在する不幸が、ここでは示されている。
  • 幸運の「D」
    最後に、右下の「D」だ。ここではCと違い、われわれは「欲しくないものを手にする苦痛」から逃れられている。たとえば、大きなものでは戦争や圧政がある。身近なものでは病気のない身体が象徴的だ。不要な痛みや苦しみに襲われていない幸運をこのDのエリアは示している。

幸福の総量

以上、人間が直面する2つの幸福(A、D)と2つの不幸(B、C)だが、これらに相当するものをわれわれは誰もが幾分かずつ持ち合わせている。

その上で、A、B、C、Dを足し合わせた「和」を考えてみる。

なお、その際、AとDの値にはプラス(+)が付く。これらは喜ばしい幸福を示すものだからだ。

一方、BとCでは、数値にマイナス(-)が付く。当然ながら、これらは不幸を示すものだからだ。

結果、出てきた答えは、おそらく個々人それぞれにおける幸福の総量となる。

最終的なその数字がマイナスではなくプラスになり、値も大きいようならば、その人は幸せだ。幸福な人生を現時点では(単純な評価として)歩んでいる。

気付かれにくい「幸運のD」

さて、そうした中、注目したいのはDだ。なぜなら、すでに理解している人も多いと思うが、Dは気付かれにくい。

たとえば、長年にわたり健康で、病気や怪我をしていない人は、それが当たり前だとつい思いがちになる。だが、実際これはかけがえのないプラス(+)だ。

田舎の両親が健在で、認知症にも罹らず、元気で過ごしているという60代は、いわゆる老老介護等に要するさまざまな負担を免れている。つまりは、昨今それほど当選確率の高くない貴重な当たりくじを引いている。

そんな「D」のあれこれだが、われわれが人生の幸福を考えるとき、往々にして意識から消されがちだ。

Dは幸せの集計から漏れやすいのだ。

いつの間にか自然に得られている幸運は、喜びや満足、不満や痛み、苦しみのようには、われわれの心を刺激しないからだ。

よって、われわれが注意すべきは、自身が持つDの量を忘れないことだ。Dの存在を忘れたまま、A、B、Cのみで幸福を計算すると、少なからずプラスの結果は出にくくなる。

SNSが肥大化させる「B」の闇

そのうえで、筆者から、もちろん自戒も込めてひとつの課題を読者に提起したい。

重要なポイントは、幸福のセオリーの図の「B」にある。キーワードは「インターネット」だ。インターネット―――とりわけブログや動画投稿サイトも含むSNSは、このBを果てしなく肥大化させる仕組みを持っている。

Bは、述べたとおり不幸のエリアだ。

重ねていうと、裕福になりたいのに貧乏だったり、愛情が欲しいのに孤独だったり、努力しても認められなかったりといった、「欲しいものを手に入れられていない」不満足の状態を示している。

そのうえで、SNSではこれらが余計に可視化されてしまう。

具体的には、他人の幸福だ。自らが望んでいて持たざるものを持っている羨ましい他人が、ここではともすれば怒涛の如く視界に入ってくる。

これに気を取られていると、4つの枠組みからなる幸福のセオリーはたちまちバランスを失う。SNSに接するたび肥大化していくBに対し、多くの人はこれを抑える術を持たないのだ。

こうした中、ある人は自身のA(満足)にAを加重して、これをしのごうとするかもしれない。いわば張り合うスタンスだ。愛車であるメルセデスのCクラスを友達が乗る(より高級な)Eクラスに買い換える。

だが、これには限界がある。何しろ相手は数を擁しているのだ。

圧倒的多数の他人が生み出してくる多種多様なBをたった1人分のAが受け止め切るなど、どれほど必死になったところで不可能というほかない。

Bに警戒せよ―――だ。

インターネット・SNS時代を迎え、怪物化していく不満足の「B」に、われわれは常に警戒しておかなければならない。

なお、ご存じと思うが、われわれのやる方ない不満を生み出す他人の幸福の中には、半ばフィクションといえるものも少なくない。

キラキラした演出がふんだんに盛り込まれ、お粗末で哀れな部分はカットされた、よそ行きの幸福がそれだ。

警戒すべきBの中には、実体の怪しいそんなものも無数に紛れ込んでいる。努めて忘れないようにしておきたい。

(文/朝倉継道)

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

ページのトップへ

ウチコミ!