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現代医学の病名から漢方薬を選んでも効果はない?

杉 幹雄杉 幹雄

2020/09/23

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イメージ/©︎sheeler・123RF

病名を特定する現代医療と症状で見極める漢方医療

今では病院やクリニックでも、保険適用薬として漢方薬を処方されるようになりました。また、漢方薬についての効果・効能についての書籍やネット記事も多くあります。

しかし、それらをよく読むと現代医学と漢方医学の情報が錯綜していて、漢方医学の本来の姿に迫るような説明がほとんどありません。このことが漢方医学と現代医学とを混同させ、本来あるべき漢方医学の姿がきちんと伝わっていない原因になっています。そこでなぜそうなるのか、今回は現代医学の「病名投与」から見た漢方医学の位置づけ、現代医学との違いをお話ししたいと思います。

からだの調子が悪く病院へ行くと、体温、血圧、レントゲン、尿検査、血圧検査……などさまざまな検査が行われます。そして、その結果から医師は患者に「これは○○ですね」と病名を告げます。言い換えれば、医師はさまざまな検査によって何の病気か病名を特定し、それに合わせて治療や薬を決めようとしているわけです。これを「病名投与」と言います。

一方、漢方医学は病名ではなく、からだに出ている諸症状を時間経過的にとらえて患者それぞれのからだの状態から診断をする「随証治療」を基本とします。この病名投薬が日本の医療の中心になったのは明治からのことです。それ以前の江戸時代は漢方医学が日本の主流の医学でした。

しかし、明治新政府は、文明開化の名の下に日本の古いものは時代遅れなダメのもので、西洋から入ってくるものは新しくよいものとしてさまざまところで西洋化を進めます。生活面では散髪、洋装、洋食などを奨励、宗教では全国で廃仏毀釈が行われこれまでに日本にあったものがどんどんと捨てられてきました。

医療も同様で明治以降、色々な経過を辿りながら漢方医学が衰退していきます。しかも、明治政府は漢方医学を捨てて西洋医学を学んだ者を医師とする方針を打ち出します。

西洋医学に合わせることで生き残った漢方医学

そんな時代に危惧した数名の医師により漢方が復興していきます。

その代表的存在が、和田啓十郎先生【1872(明治5)年~1916(大正5)年】、湯本求真先生【1876(明治9)年~1941(昭和16)年】、大塚敬節先生【1900(明治33)年~80(昭和55)年】や矢数道明先生【1905(明治38)年~2002(平成14)年】たちで、漢方医学を復興させ、現代の日本に残していったのです。

しかし、政府を説得するためには西洋医学と同じように漢方医学においても「病名投与」ができることをしめすことが必要不可欠な条件となりました。そこで漢方薬でも病名投与もできることを記るす本が必要になり、1941(昭和16)年、大塚敬節先生を中心に数人の医師の共著による『症候による漢方治療の実際』(南山堂刊)という本が出版されました。

この本が漢方医学を現代医学に入り込ませる一つの道でした。

しかし、同時に批判もされます。「日本東洋医学会」議長を務めた東大治療学の板倉武先生【1888(明治21)年~1958(昭和33)年】は「君たちのこんどの本を読んだが、あれは現代医学の病理学に降参した本だ。漢方の特質は一つも語らずに、現代医学に降参するようでは困る」と指摘。著者である大塚敬節先生もその真意を理解していたものの、漢方医学の普及を優先させるためには必要なことでした。

こうした紆余曲折を経て、今では漢方薬も保険適用の薬として病院やクリニックでも使えることができるようになったわけです。しかし、漢方薬を病名投与の枠にはめたことによって、やはり本来の漢方医学に姿と違ったかたちで広まってしまったように思うのです。そこで漢方薬が一般の方に一定の理解が得られた今こそ本来の漢方医学の姿を顧みるときだと思えます。

ロジカルからエモーショナルへ

では、実際にどうするか。

そのヒントになるが大塚敬節先生著作の『漢方ひとすじ』中の湯本求真先生と大塚先生のやり取りにあります。

「リウマチにはどんな処方が良いでしょうか?」と大塚先生が湯本先生に問うと、次のように答えます。

「リウマチなんてものは実在しない。実在しない幽霊みたいなものは、治療のしようがない。(中略)リウマチにかかっている病人は実在するが、リウマチという抽象的なものはどこにもないということである。だから、リウマチに悩んでいる人を診れば治療法は生まれてくるが、リウマチ一般に共通する治療はない」

分かりやすく言えば、関節の腫れによる痛みといった共通した症状に「リウマチ」という病名は現代(西洋)医学が便宜上付けただけのこと。そこでこの共通した「リウマチ」の症状に共通する治療を行うのが現代医学なわけです。


大塚先生からいただいた『漢方ひとすじ』(日本経済新聞社刊)

一方、関節の腫れや痛みといった症状を持つ人それぞれに合わせて処方を変えて治療を行うのが漢方医学ということなのです。つまり、西洋医学はロジカルに病気をとらえるのに対して。漢方医学はエモーショナルに病気をとらえると言えるでしょう。ですから、基本思想の違う西洋学の基盤である病名投与に漢方医学を当てはめるのは本来無理なことなのです。

病気をミクロに追求した現代医学

さて、私が漢方医学を用いて患者さんを診察するときには、現代医学の病名は頭に入れていません。それは、アインシュタインが言っているように「知識は想像力をなくしてしまう」ことになるからです。

一般病名は現代医学が作ったものであって漢方医学とは無関係です。その無関係の病名から推測したのでは、適切な漢方の処方をすることが難しくなります。そこで私は、一度、現代医学と切り離しで、からだそのものを見つめる漢方治療をしています。訪れる患者さんの中には、本やネットで漢方薬を調べて来られる方も多いのですが、そのほとんどは不正解です。それは病名投与から漢方薬をとらえているからです。

しかし、漢方医学を採り入れている医師の中にも、こうした人が少なくありません。治療に漢方医学を採り入れるには、まずは病名投与の認識からいったん離れる必要があります。

そもそも病名投与を前提とした現代医学と漢方医療は根幹的に異なる医学であるということを理解しなければなりません。

西洋哲学を基盤とした現代医学は、物質文明の進化と共に発展してきました。産業革命以後、現代社会は、常により精密な機械をつくり出し、今ではミクロの世界が見えるようになってきました。こうした産業の進化によって医療研究も進み、現代医学は人の遺伝子まで解明してきました。しかし、遺伝子を解析してもそれを人間の身体に戻すことができていません。

一方、漢方医学は自然と人間の成り立ちを基盤にした東洋哲学を元に2000年前には、ほぼ完成されました。漢方医学は陰陽や三陰三陽、五行などで自然をとらえ、その自然とからだの関係をマクロに見てきました。これに対して、現代(西洋)医療はミクロ的にからだの臓器や病をとらえその原因を探してきたわけです。

前回、新型コロナウイルスに対する漢方薬のアプローチについて話しました。

現代医療は新型コロナウイルスそのものにアプローチするのに対して、漢方医学は新型コロナウイルスの症状に対してアプローチするという違いはあります。しかし、いずれも患者さんを重症化、死亡させないという目標は同じです。現代医学と漢方医学はまったく異なる体系の医学であるということを理解したうえで、これを結びつけた医学が次の時代の医学へとなるのだと思います。

もちろん、まったく異なる医学を結びつけるには単純で強固な考えの理論が必要です。とはいえ、実はこれらの理論はすでに数理学や理論物理の分野ではできています。あとは、この理論によって2つの医学の結びつきを確認し、実験や臨床で淘汰して行くことが今後の新しい医学への道のりとなるに違いありません。ミクロとマクロはある意味において陰陽であり、相対的思考を持って見つめれば近しい医学なのですから融合は可能だと考えられます。

便秘と冷え性――現代医学と漢方医学のアプローチの違い

病名投与からの漢方医学をとらえることに対する問題には漢方医学におけるからだの「寒熱」という現象のとらえ方ができないということもあります。

具体的に「便秘」という病態について解析していきましょう。

便秘が多いのは若い女性や高齢者です。現代医学では「便秘」という病名に囚われて、若い女性も高齢者も同じ治療をしています。ところが漢方医学から見ると若い女性の便秘と高齢者の便秘は全く異なります。若い女性は、生理が強いため下腹部が張って熱を持っていることが多く、高齢者はからだ自体に力がなく冷えていることが多いのです。

若い女性のように下腹部に熱があると、その熱はS状結腸や直腸に伝搬し水分吸収を強めて便秘の原因となります。一方、高齢者は腸が冷えて上手に蠕動(ぜんどう)運動や水分吸収ができず、便秘になります。そこで漢方医学では老人の便秘には温める治療を、逆に若い女性には下腹部の熱を取る駆血剤の投与が必要になります。このように同じ「便秘」でという病名であっても、同じ漢方薬を使うわけではありません。


漢方医学から見ると若い女性の便秘と高齢者の便秘は異なる/©︎bee32・123RF

次に「足の冷え」ということに着目して現代医学と漢方医学を比べてみます。

現代医学での「冷え」は「末梢循環障害」という病名で、基本的に血液の循環障害と考えます。このため循環をよくする薬の投薬をします。

一方、漢方医学では「冷え」の原因も2つに分かれていると考えます。1つ本当に冷えている場合、高齢者の下肢の冷えは血液の循環障害が原因による冷えが多く「陰性の冷え」になります。
もう1つは熱が強いため冷えを感じていることがあります。東洋哲学では「極陽は極陰に通じる」と言い、これは強い熱は冷えをもたらすことを意味しています。

若い女性の下肢の冷えは、下腹部に熱感が強く、張りによって起きやすい症状で、東洋哲学での「極陽の冷え」になります。そのためこうした冷えは暖めるのではなく、熱を取ることが必要になります。しかし、漢方を使う多くの医師・薬剤師の中には、「冷えを取るためにからだの熱を取る」という視点がない人が多いようです。これも足の冷えを「末梢循環障害」という病名から判断するため漢方本来の治療ができていないわけです。


漢方医学では「冷え」の原因は2つに分かれていると考える/©︎Attila Simo・123RF

今回は「病名投与」を通して現代医学と漢方医学の違いをお話しました。ここで示したように現代医学と漢方医学はまったく別の視点を持った医学なのです。そのため現代医学の「病名」から、漢方薬を使うことに無理があることがおわかりいただけたと思います。

しかし、この2つを組み合わせることで新しい医学への道が開かれることも推測できます。私の鍼灸師の恩師である故・谷佳子先生は「時代は鉛筆の芯を尖らせ次の時代を作る考えを待っている」と言っていました。この言葉の意味は、すなわち、2つの異なる医学を融合することで新しい医学を作って行く作業を次世代が待っているということです。そして、私たち日本人は、現代医学と漢方医学の両方からアプローチできる土壌をもっているのです。

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この記事を書いた人

すぎ内科クリニック院長

1959年東京生まれ。85年昭和大学医学部卒業。国立埼玉病院、常盤台病院、荏原ホームケアクリニックなどを経て、2010年に東京・両国に「すぎ内科クリニック」を開業。1975年大塚敬節先生の漢方治療を受け、漢方と出会ったことをきっかけに、80年北里大学東洋医学研究所セミナーに参加。87年温知堂 矢数医院にて漢方外来診療を学ぶ。88年整体師 森一子氏に師事し「ゆがみの診察と治療」、89年「鍼灸師 谷佳子氏に師事し「鍼治療と気の流れの診察方法」を学ぶ。97年から約150種類の漢方薬草を揃え漢方治療、98年からは薬草の効力別体配置図と効力の解析を研究。クリニックでは漢方内科治療と一般内科治療の併用治療を行っている。

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