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新型コロナに漢方薬が効く!?――いま漢方医療に注目が集まる理由

杉 幹雄杉 幹雄

2020/08/19

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jreika・123RF

漢方薬の「清肺排毒湯」が新型コロナに“効果あり”とされた理由

国内での新型コロナウイルス感染第1号とされる男性が確認されたのが1月16日。それから8カ月以上が経過しましたが、感染が収まる傾向はまだ見えていません。

この間、効果が期待できる薬の臨床試験や新薬、ワクチンの研究開発が進められる一方で、ネットや一部の報道において、首をひねるような怪しい情報が流れています。そんな中に「清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)」という漢方薬が新型コロナの予防、治療に効果があるというものがありました。この清肺排毒湯は、肺炎症状などの際に処方される漢方薬です。

具体的には風邪の時に太陽病(たいようびょう)から少陽病(しょうようびょう)と陽明病(ようめいびょう)の合病への移行期に有効な漢方薬で、伝統中国医学における三陰三陽病論での3つの陽病の併発(太陽病が弱くなり少陽病・陽明病が強くなった状態)により肺炎様症状が発症した状況において効果があると処方されるものです。

加えて、気血水理論(「気」「血」「水」の3つの要素から体を構成しているという漢方での考え方)から推測すれば、この処方は臓器のうっ血を取る力が強く、またコロナ肺炎での間質の浸出液の低下を狙って「五苓散」というものを併用していると考えられます。

こうしたことから新型コロナを起因とした強度の肺炎症状でも効果があると考えられ、用いられたのだと思います。しかし、すなわちこれが、清肺排毒湯が新型コロナの特効薬とはなりえるというわけではありません。

漢方が「新型コロナウイルス」に効くわけではない

それは漢方医学にはウイルス感染症の観念がほとんどないと思われるからです。漢方医学ができあがった当時にはウイルスいうものを見分ける精密機械がなくウイルス感染症への観念がなかったからです。しかしながら、ウイルス感染症での肺炎様症状を改善させる効果は、現代医学と同等以上にあると思われます。

それは肺炎が風邪の中盤である少陽病期や陽明病期に発病することが多く、新型コロナを含めて、肺炎に発展しそうなほとんどすべての患者さんに対して、少陽病期や陽明病期に入ったときには、少陽病熱や陽明熱を取ることができる漢方薬を一般薬と併用し投与することも重要であるとされているからです。このように一般の肺炎でもコロナ肺炎でも同じような機序により発病するものと考えられます。

つまり、漢方医学においては、たとえ新型コロナによる肺炎であっても、その症状は風邪の中盤である少陽病や陽明病から発展することが多いからで、肺炎そのものをウイルスが引き起こしているものではなく身体のアンバランスにより発病していると考えているからです。

とはいえ、ここで興味深いのはこうした未知のウイルスに対する薬として、漢方薬が注目されたという点です。日本の医療は、明治維新後、西洋医学を中心としたものとなりました。しかし、近年、漢方医学、漢方薬への関心が高まり、私のクリニックでは開業当時から漢方内科治療と一般内科治療の併用治療を行っているため、漢方を用いた治療を望まれる患者さんが遠方からも来院されています。また、漢方医療を採り入れた治療を行いたいというドクターも増えているようで、そうしたドクターが漢方を学びたいとしばしば当クリニックを訪れています。

私にとっての漢方医学

私は医師になって30年以上経ちましたが、自身が医療の道への方向を向けたのは漢方医学がきっかけでした。私と漢方の出合いは幼少のことでした。幼かった私は病弱だったため、祖母が日本東洋医学会創立などを主導し、現代の漢方医学の基礎をつくったともいわれる大塚敬節先生の知り合いだったことから、先生の治療を受けられたのです。大塚先生の指導で、漢方薬を飲み徐々に病弱な体質が改善、学生時代には友人とアイドルのコンサートに行ったり、普通の学生生活が送れるようになりました。こうした生活ができたのは漢方医学の力によるものでした。

また、私の家系は祖父と母が歯科医だったことから、学生のころの私は「歯科医になるものだ」と漠然と考えていました。しかし、ある女性との出会いによって、大学受験を歯学部だけでなく医学部も受けてみようという思いを持つようになります。そして、その入試の帰り道に立ち寄った神保町の三省堂書店初めて手にした漢方の本が、漢方の原点といえる大塚先生の著書『臨床応用 傷寒論解説』でした。こうした出会いやつながりが、漢方医学を学ぶきっかけになり、今につながってします。

2000年前に記された漢方医学の教科書『傷寒論』とは?


Hanabishi / CC BY-SA

漢方医学はおそらく3000年以上の歴史があると思われ、その間に発行された本は1万冊を有に超えるに違いありません。そのすべてを読むだけでも人生が終わってしまうことでしょう。そこで漢方医学を学ぶにはよりよい教科書選びが重要になります。

そんな存在になる本が『傷寒論』です。この本は今から2000年前、ちょうど、聖書が書き記されているころにできた本です。日本に入って来たのが今から700年前、1300年頃、鎌倉時代末期のことでした。

『傷寒論』については江戸時代のほとんどの医師が『傷寒論』を「最も大切な漢方医学の本」と指摘。その重要性を話していることからも、これ以上の漢方医学を説明する本はないと思われます。加えて、前出の大塚敬節先生も『臨床応用傷寒論解説』に「古人は漢方医学の研究は傷寒論に始まり傷寒論に終わる」と序文に記しており、漢方医学では最も大切な本です。

とはいえ、『傷寒論』を解読して自分の漢方治療に役立てることに関しては、非常に難しいものです。何しろその内容が難しいのです。そもそも漢文で書かれているうえに、その内容は発病から死までの色々な経過が書かれています。『傷寒論』という本では「病気のすべてを把握してその変遷についてもすべてをつかむ必要」があります。

逆に考えれば、一般の書店で購入できるすぐに手に入る新しい簡単な病名投与の漢方の本は『傷寒論』を前にすれば、すぐに役に立たなくなるものになります。そして、この『傷寒論』がわかり始めると、どんな病気を前にしたときでも、その内容に照らせば、何らかの対応方法をつかむことに役に立つ――そんな本なのです。

現代にも通用する漢方――広がる間違った漢方の情報

当然のことながら、書かれている内容は現代にも通じています。例えば、身近な漢方薬の1つで、風邪をひいたときなどに服用される方も多く、皆さんもご存じの「葛根湯(かっこんとう)」は『傷寒論』に書かれてある処方です。

そのほかにもアレルギー性鼻炎の時に用いる「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」や、小児の高熱のときに効果がある「麻黄湯(まおうとう)」も同様です。このように2000年前に作られた処方が今も役立っています。

『傷寒論』に記される漢方薬は病気を起こす身体の状況に依存しています。このため太陽病期と呼ばれる風邪の初期には葛根湯や麻黄湯が効く場面が多くなってきます。

一方、長期のアレルギー性鼻炎でも小青竜湯を服用することはありますが、こうした場合はこれだけで治ることは稀です。長期のアレルギー性鼻炎は、胸脇苦満や胃熱がある少陽病的な身体になっているため、解毒症体質を改善する荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)の併用も必要になります。このように『傷寒論』に書かれているのは病気の諸症状に対応するだけはなく、その根源にある臓器へのアプローチ方法まで記されているのです。

こうしたお話をすれば『傷寒論』がいかに優れた本であるのか、ご理解いただけると思います。しかし、『傷寒論』の内容を理解できるまでは、それ相応の時間を必要とし、私自身も、10年以上の年月を必要としました。

前述したように、これまでの西洋医療一辺倒から、漢方に対する関心も高く、そうした治療を望む方が増えています。しかし、実際に処方されている漢方や、ネットの情報を見ると間違いが多いのが現実です。

そこでここでは皆さんに漢方医学の本当の姿、漢方医療と西洋医療の組み合わせによる医療について少しでも知っていただきたいとい思います。今後のコラムは、ごく一般的なことに加えて、現代の物理理論や数理学を使いながら、より深く漢方医学に迫っていこうと考えています。

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この記事を書いた人

すぎ内科クリニック院長

1959年東京生まれ。85年昭和大学医学部卒業。国立埼玉病院、常盤台病院、荏原ホームケアクリニックなどを経て、2010年に東京・両国に「すぎ内科クリニック」を開業。1975年大塚敬節先生の漢方治療を受け、漢方と出会ったことをきっかけに、80年北里大学東洋医学研究所セミナーに参加。87年温知堂 矢数医院にて漢方外来診療を学ぶ。88年整体師 森一子氏に師事し「ゆがみの診察と治療」、89年「鍼灸師 谷佳子氏に師事し「鍼治療と気の流れの診察方法」を学ぶ。97年から約150種類の漢方薬草を揃え漢方治療、98年からは薬草の効力別体配置図と効力の解析を研究。クリニックでは漢方内科治療と一般内科治療の併用治療を行っている。

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