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持続可能な都市再生は可能か 都心で進む、既存インフラを活用したウォーキングロード化計画

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写真/立木 信

鉄道マニアをくすぐる豊洲の廃線鉄橋

東京臨海部の豊洲と晴海を隔てる運河にかかる「晴海橋梁(旧晴海鉄道橋)」が鉄道マニアの間で話題になっている。

晴海橋梁は、かつて造船所のあった豊洲から晴海に向かう春海橋の脇に架かる橋で、東京都港湾局の貨物専用鉄道(晴海線)の廃線後は使われなくなった鉄橋である。

廃線から30余年、赤黒くさび付いた姿、今なお残る線路は鉄道ファン、なかでも廃線マニアのハートをくすぐるらしい。しかし、東京五輪後、この鉄道橋を遊歩道として再活用する工事が動き出している。


工事の進む晴海橋梁 撮影/立木 信

東京都は「海上公園ビジョン」の目玉事業のひとつとして晴海橋梁の遊歩道化を盛り込み、今年度、調査など本格事業化に着手。すでに晴海橋梁のたもとには、詳しい解説の看板も立てられている。

埋め立て地で、戦前は物流や軍需拠点だった晴海は、当時、万博開催も予定されたこともある。戦後はGHQに接収されたが、戻された後は晴海、豊洲周辺には造船所、石炭貯蔵基地、東京電力、東京ガスなどが集積、芝浦方面は湾岸の工業地帯となったため、都の貨物専用線として延伸工事も行われ活用された。最盛期は20キロ前後に延びていたという。高度成長期以降、一時延伸なども検討された。

しかし、貨物輸送の主役が鉄道からトラック輸送となり、1980年代末まで利用されたがついに廃線。豊洲などウォーターフロントの開発が行われるなかでも、そこだけは時間が止まったようにその姿を残していたが、取り壊すのではなく遊歩道として活用されることになったというわけだ。

都心で進む遊歩道計画の目的とは

こうした都内を歩いてめぐる遊歩道の計画は晴海橋梁にとどまらず、京橋~銀座~有楽町~新橋をつなぐ高架の「東京高速道路」(KK線)の空中遊歩道化、旧築地市場の隅田川隣接部分のスーパー堤防と遊歩道をセットにした整備計画。さらに旧築地市場の隣にある浜離宮恩賜庭園の前に設けた防潮堤を遊歩道に改造し、竹芝と連結させるという計画もある。

すでに東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)・竹芝駅からJR浜松町までは、首都高速をまたぐようにつなぐ歩行者用通路が完成しており、ゆくゆくは京橋、有楽町、銀座、新橋、築地、汐留、浜松町、竹芝の各エリアを空中や水辺を歩いて回れる日がやってくる。

都はこうした再開発について「地域の歴史の一端を担ってきた高架自動車道をレガシーとして引き継いだ高架施設が、高架下や周囲の施設との間で、『見る・見られる』の新たな関係を創り出し、新たな人の流れやにぎわい・交流を誘発する」という計画の狙いを明らかにしている。

もちろん、これらの都の事業は相互に関連するため、すべてが整う完成時期は確定していない。しかし、2030年代末ごろには、その活用が始まっているだろう。

歴史と文化を感じさせる「築地・竹芝」の歩行者ネットワーク

まだ具体的な報道はないが「築地・竹芝間歩行者ネットワーク」の構想から、その中身について紹介していこう。

今は築地市場跡地の再開発に合わせ、事業に着手したばかりだが、都はこの構想によって、築地市場跡地のスーパー堤防やテラス、浜離宮の防潮堤を遊歩道化し、竹芝に誘導することを狙う。

築地周辺部をつなぐ歩行者ネットワーク形成としては、このほかにもスーパー堤防、防潮堤の活用が検討されている。これは「築地周辺の歴史資産や文化資産、特徴ある地域を結び付け、連携を強化することができるよう、楽しく周遊できる歩行者のネットワークなどを形成する」(都の築地まちづくり方針)ことが目的とされる。


築地市場跡地 撮影/立木 信

旧築地市場の南西側には浜離宮恩賜庭園、竹芝地区や浜松町の再開発が進む。北側には、築地本願寺や歌舞伎座、新橋演舞場があり、現在、聖路加国際病院がある中央区明石町周辺は、明治維新直後は外国人の居住区域、いわゆる外国人居留地だったこともあって、歴史や文化的資源がある地域でもある。

そこで都は「こうした周辺のさまざまな資源とのつながりを重視し、より価値を高めていくため、歩行者の回遊性を高める必要がある」として、この夏から築地市場跡地の隅田川に面するスーパー堤防の前段の既存の桟橋等の撤去工事を進めている。

新設するスーパー堤防の前面は、観光名所になるように、通常より幅が広いテラスを設ける。これらのスーパー堤防の本格工事は、後背地の開発に合わせて、一体的に整備される計画だ。


都内で進められる歩行者ネットワーク ※グレーの箇所が歩行者ネットワーク 図/編集部

昔と今が混在する浜離宮周辺

浜離宮恩賜庭園南東側の防潮堤には、周遊船が通過できる水門が2つある。この水門は水上バスの船着き場へとつながり、工事後も浜離宮への横づけを続けるなら、水門と遊歩道の両立、場合によっては遊歩道のルート変更も必要となる。

もともと浜離宮は徳川将軍の鴨狩り場で、茶室などもあったところだ。今はその背後には汐留(旧国鉄用地)の再開発で高層ビルが林立している。海側から見ると手前に江戸時代を思わせる景色、そして背後には高層ビル群の景色といった、昔と今のコントラストが如実にあらわれる場所だ。


遊歩道化される浜離宮庭園前の防潮堤 撮影/立木 信

また、浜離宮の南に位置する竹芝・浜松町では、東急不動産と鹿島建設が浜松町駅~竹芝駅(ゆりかもめ)~竹芝埠頭を結ぶ「ペデストリアンデッキ」(歩行者デッキ)の供用が開始された。

これは都有地活用事業「都市再生ステップアップ・プロジェクト」の目玉事業のひとつで、国家戦略特区の特定事業(都市計画法等の特例)に認定されたものだ。ここは「ウォーターフロントの再生」を掲げ、海や竹芝埠頭、旧芝離宮恩賜庭園などの公共空間を活用して、地域のにぎわいを作る活動を進めるのだという。

銀座から築地、浜離宮 新しい遊歩道を歩いて散策

旧築地市場の水際から銀座方面はどうだろうか。

KK線の廃線後、鉄道の廃線跡を利用したニューヨークの「ハイライン」をお手本にした遊歩道の計画の話は「1964-2020東京五輪へと続く道路開発2」で説明した通りだ。

都は、KK線の再生・活用を「東京の新たな価値や魅力を創出」「歩行者中心の公共的空間として再生」「車中心から人中心への転換で人とみどりが共存・共栄するグリーンインフラ」などと位置付けている。しかし、これは後講釈だろう。こうした理念や理想を実現するには、都のいう「かつての川の記憶を継承した水の潤いを感じられる空間」の整備ができるかどうかもポイントになる。


銀座の遊歩道になるかKK線 撮影/立木 信

KK線の遊歩道としての再開発、浜離宮周辺、旧築地市場の再開発は1964年に計画された“幻の地下高速”とも無関係ではない。首都高速道路というインフラ整備の延長線上にこれらの計画があるといえるからだ。

1980年代の日本は土建国家といわれた。この当時はものすごい勢いで自然を破壊し、都心はもちろん地方都市もコンクリートで固めたハコモノや道路をつくってきた。そんな日本でも自然を復元して戻す自然再生事業の流れが生まれつつある。

例えば、河川では流れを直線化した改修事業や、コンクリートで固めた護岸や堤防の見直しが行われ、昔の「自然」の状態に近い形で壊したものを再生する事業も進められている。

しかし、こうした再生事業は思いのほか巨額な予算が必要で、少子高齢が進む自治体では予算不足が再生事業の壁となっている。加えて国土強靭化政策の推進によって、自然再生事業は衰えたままだ。

こうした都心の老朽インフラの再利用をきっかけに「つくっては壊す」から「つくったものは再利用する」という流れにどこまで変わるのか、令和ニッポンの大きな課題がそこにありそうだ。

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この記事を書いた人

経済アナリスト

マクロ経済面から経済政策を批評することに定評がある。不動産・株式などの資産市場、国や自治体の財政のバランスシートの分析などに強みを持つ。著書に『若者を喰い物にし続ける社会』(洋泉社)、『世代間最終戦争』(東洋経済新報社)、『地価「最終」暴落』(光文社)などがある。

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