笑いを封印? 2人の名優の新境地
兵頭頼明
2019/04/25
(c) 2017 SPARKLE ROLL MEDIA CORPORATION STX FINANCING, LLC WANDA MEDIA CO., LTD.SPARKLE ROLL CULTURE & ENTERTAINMENT DEVELOPMENT LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
通好みの映画というべきか。主演を務めるのは香港映画界からハリウッドに渡り、現役アクションスターの頂点として2016年度アカデミー賞名誉賞を受賞したジャッキー・チェン。共演は5代目ジェームズ・ボンド俳優として4本の007映画に主演したピアース・ブロスナン。そして、監督はピアース・ブロスナン主演の007映画第1作『007/ゴールデンアイ』(95)と6代目ボンド俳優ダニエル・クレイグ主演の第1作『007/カジノ・ロワイヤル』(06)を手掛け、シリーズのリニューアルに大きく貢献したマーティン・キャンベル。少しばかり年季の入った映画ファンにとっては垂涎の組み合わせである。
ロンドンで小さなレストランを経営するクアン(ジャッキー・チェン)は、高校生の娘と二人で暮らしていた。ある日、買い物に出かけた二人は無差別テロに巻き込まれ、クアンは最愛の娘の命を奪われてしまう。クアンは冴えない印象を与える物静かな男であったが、いつまでたっても犯人を特定できない警察に業を煮やし、個人的に犯人へ復讐することを決意する。彼は秘かに情報を収集するうち、北アイルランド副首相のヘネシー(ピアース・ブロスナン)が真犯人を知っていると確信し、接触を試みる。
冒頭でクアンは疲れ果てた情けない顔で登場し、演じるジャッキー・チェンもさすがに老いを隠せなくなったなと少しばかり観客を失望させるが、これは劇中人物と観客を欺くための芝居であった。彼の表情は徐々に変化し、特殊な能力を披露してゆくことになる。
物語の進行とともに、クアンとヘネシーの秘められた過去が明らかになってゆくという仕掛けだ。クアンは警察の力を借りず自力で事件の核心に迫り、そこにサスペンスが生まれる。もちろん、クライマックスには鍛え上げられた肉体が躍動する派手なアクションシーンも用意されており、現役にこだわるアクションスター、ジャッキー・チェンの面目躍如と言えるが、ドラマの内容は重く、役柄は彼のキャリア史上最もシリアスだ。
その一方、共演のピアース・ブロスナンは007映画で培った華麗なアクションを封印し、動ではなく高級官僚という静の役柄に徹している。彼の役柄もまた極めて複雑だ。本作の物語の根底には、イギリスとアイルランドが長きにわたって抱えてきた問題が横たわっているからである。勢い、ジャッキーもピアースも得意としてきたユーモア感覚を抑えられ、笑顔を見せることもない。二人はこれまでにない新しい役柄に挑戦し、新境地を開くことに成功した。
展開が早く、もう少し説明があっても良いと思われる部分はあるが、そこを納得させてしまうのがジャッキーとピアースの培ってきたイメージだ。これまで二人は不可能を可能とするヒーロー像を演じてきた。ヒーロー映画のレジェンドたる二人が観客に植え付けた映画的記憶が、「彼ならやれる」と納得させてしまうのである。マーティン・キャンベルのツボを押さえた演出も快調で、ハリウッド製の陽性なアクション大作とは一線を画したスタイリッシュな作品に仕上がった。大人向けの見応えのある映画である。
とはいうものの、二人の本来の持ち味であるユーモア感覚が封印されたことはとても残念だ。もちろん、本作にそのようなユーモア感覚は不要であり、封印したからこそ二人は新境地を開いたのであるが、映画ファンとしては二人のユーモアあふれる共演作も見てみたい。ジャッキーの万人受けする明るいユーモアと、ピアースのいかにも英国風というシニカルなユーモア。この二つが組み合わさった時、素晴らしい化学反応が起こるはずだ。
ジャッキーは本作においてプロデューサーを兼ねているが、次回はぜひ、二人のユーモアあふれる共演作を実現させてほしい。ジャッキーは今年65歳、ピアースは66歳。本作が成功したとはいえ、シリアスな役柄に絞るにはまだ若すぎる。
『ザ・フォーリナー/復讐者』
監督:マーティン・キャンベル
脚本:デヴィッド・マルコーニ
出演:ジャッキー・チェン、ピアース・ブロスナン
配給:ツイン
公式HP:https://the-foreigner.jp/
この記事を書いた人
映画評論家
1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。