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『万引き家族』 “打率10割”是枝裕和監督の集大成

35ミリフィルムへのこだわりもうれしい

兵頭頼明兵頭頼明

2018/07/03

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(R)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

是枝裕和は“打率10割”の映画監督である。彼の作品にはハズレがない。もちろん、10割の内訳はシングルヒットからホームランまでさまざまであるが、公開中の『万引き家族』は紛れもなく満塁ホームランである。第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞し、日本映画としては今村昌平監督作品『うなぎ』以来21年ぶりの快挙となった。

マンションが立ち並ぶ都会の街の谷間に、今にも壊れそうな古い平屋がひっそりと建っている。そこに治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)の夫婦、息子・祥太(城桧吏)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)、そして家の持ち主である祖母・初枝(樹木希林)の5人が暮らしている。治は日雇いの工事現場、信代はクリーニング店の工場で働いているが、その収入だけではとても生活できない。治たちは初枝の年金を生活費の柱として当てにしており、足りない生活品は治と祥太が万引きで賄っている。

ある日、治と祥太はルーティーンの万引きを終えた帰り、家の近くにある団地の廊下で寒さに震えている小さな女の子(佐々木みゆ)を見つける。二人は前にもこの少女が母親から閉め出されたところを見ていた。お腹がすいているだろうと、買ってきたコロッケを与えた治は、コロッケを美味しそうに頬張る彼女の姿を見て、家に連れて帰ることにする。

これが発端である。これまで是枝は家族というテーマにこだわってきた。出世作となった『誰も知らない』(04)は母親の失踪後、幼い弟と妹の面倒を見る長男の物語。『そして父になる』(13)は6歳になる一人息子が自分の子供ではなかったと知る二つの家族の物語。そして、『海街diary』(15)は鎌倉の古い一軒家に暮らす三姉妹が、それまで存在を知らなかった中学生の異母妹を引き取ることから始まる一年間を描いている。

『万引き家族』は見知らぬ他人の子供が家族の一員となることで、それまでの家族の関係性に微妙な変化が生じてゆくという物語である。言わば、貧乏家族版『海街diary』であるが、新しい家族の一員を温かく迎え入れるという点は同じであっても、その後の展開はまるで異なる。狭苦しい家で肩寄せ合って暮らす家族の描写はユーモラスでありながらも極めてリアルだ。

夕食の場面では、狭い居間の真ん中に置かれた小さな炬燵の上に食器類が無造作に並べられ、どれが誰の物なのかさっぱりわからない。炬燵を囲む者、離れて座る者、片膝立ててカップ麺をすする者、食事をしながら足の爪を切る者と、各自好き勝手な行動を取っている。寝る場面では、治と信代と少女は川の字になり、亜紀は大好きな初枝の布団に潜り込み、祥太は押入れを寝床にする。

かなり荒んだ生活なのだが、彼らはそれを苦としておらず、家族が暮らすうえで当然のこととして受け入れており、暗さは微塵も感じられない。小さな縁側に腰掛け、そこからは見ることができない花火の音を楽しむ6人の姿は実に微笑ましい。どんなに狭くても、この家が彼らを繋いでいるのだと観客は納得してしまう。しかし、物語は次第にシリアスな方向へと向かってゆく。家族とは一体何なのか。この映画のシンプルな問いかけに、私たち観客は容易に答えることができない。

出演者の演技は素晴らしく、見事なアンサンブルだが、なかでも安藤サクラの演技は圧巻。今年の映画賞のすべてを進呈したいと思わせてくれる名演だ。35㎜フィルムを使用した近藤龍人の撮影技術も特筆ものである。映画撮影がほぼ完全にデジタルに移行してしまった今でも、迷わずフィルム撮影を選択する是枝のこだわりは嬉しい限り。

これまでテーマにもディテールにもとことんこだわってきた“打率10割”監督の集大成と言うべき傑作である。

『万引き家族』
監督/脚本:是枝裕和
出演:リリー・フランキー/安藤サクラ/松岡茉優/池松壮亮/城桧吏/佐々木みゆ/
高良健吾/池脇千鶴/樹木希林
配給:ギャガ
公式サイト:http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/

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この記事を書いた人

映画評論家

1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。

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