ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

選ばれるべきは「住む人が健康でいられる」賃貸住宅 国交省の検討会がスタート

朝倉 継道朝倉 継道

2022/12/16

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

賃貸物件を差別化する新しいルール

賃貸を「差別化」する新しいルールが生まれようとしている。ぜひ紹介したい。将来に向けて試行錯誤も予想される。だが、とてもよい動きだ。

国土交通省が「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度に関する検討会」をスタートさせている。建物の省エネ性能を表示するための新しいルール作りを進めるものだ。なお「建築物」とあるとおり、対象は賃貸だけではない。だが、もちろん賃貸も含まれている。全ての建築物のうち「販売・賃貸が行われるもの」が対象だ。

1回目の会議は11月半ばにオンラインで行われた。2回目は今月(12月)の開催となる。その後パブリックコメントの募集を経て、3回目は年明け2月頃の予定だ。この3回目で、上記ルール案についてとりまとめが行われることになっている。次いで、これらを受け4~6月頃には関連する告示が公布される。再来年の4月には制度が施行される予定だ。

ルールの目的は?

上記のとおり、1回目の会議から告示公布までのスケジュールはタイトだ。そこから察せられるとおり、当会議は過去の議論等を土台にほぼ最終的な具体論を詰めていくものとなっている。

「この物件は買うと(借りると)省エネができる物件なんですよ」
「このくらいの省エネができますよ」

そうした、事実とデータに基づく正しいメッセージを「どんなかたちで?」「どんなタイミングで?」ユーザーに届けるべきかを決めていくものだ。

ルールの目的は何か? 土台となっているのは、今年6月に改正された「建築物省エネ法」となる。これにより、建築物の販売・賃貸時の省エネ性能の表示制度が、国の勧告権も盛り込まれるなど強化された。

そこで、これを受け、表示の具体面を整えていくのが今回の検討会のミッションとなる。わかりやすく、伝わりやすい表示と、それを情報流通させる効果的な仕組みを定めることで、省エネ性能の高い建築物が市場から選択されやすい環境を創出する。裏を返せば、「省エネ性能が低い建築物が市場から淘汰されやすくなる」条件をつくり出すことが、この会議の目的だ。

なお、背景をさらに掘り下げると、このプロジェクトは「2050年カーボンニュートラル」「2030年度温室効果ガス46%削減(13年度比)」という国の大目標達成に向けての作業のひとつとなる。だが、それ以前のこととして、日本の建物、とりわけ住宅が漸次省エネ化していくことについては、国民・社会への恩恵が非常に大きい。理由は簡単だ。省エネな住宅とは、すなわち温熱環境が良く、住む人が健康に暮らしやすい住宅であるからだ。

日本に足りなかったベーシック・グッド・エンバイロメントのひとつ

国外での居住が長かったり、長期の海外旅行を経験したりすると、その間、日本社会の持つ基本的な環境レベルの高さにあらためて気付かされることがある。

たとえば水だ。世界中にまれなことに、日本では水道水が安心して飲める。近年は市販の水を買う人も多いが、かといって水道水の質が不安定化してきているわけでもない。日本の水道水は、昔も今も変わらず、基本ためらいなく飲むことができる。

治安もそうだ。夜は大人の男性でも絶対に立ち入るべきでない通りや、車のスピードを上げて駆け抜けなければ誰に銃を撃たれるかわからない地域など、日本にはまったく存在しない。

教育もそうだ。皆が字をスムースに読めるので、文字での公共コミュニケーションが当然に成立する。交通インフラも然り。わが国では、列車が発着予定時刻どおりにほぼ動いてくれる。ご承知のとおり、多くの外国では同じことは望めない。

停電も、よほどの災害時以外は起こらない。さらには飲食店やスーパーで腐った食材を食べさせられたり、買わされたりすることも、日本ではよほど運の無いケースを除きまず起こり得ないことだ。

こうした社会における基本的環境――ベーシック・エンバイロメントのレベルが、日本は総じて高い。すなわち「良い=グッド」な「環境=エンバイロメント」が、わが国では特段のコストを要することなく「ベーシック=あたりまえ」に手に入れられる。こうしたことでは、世界でも一頭地を抜くパラダイスがわが国だ。

だが、住宅はどうだろう?

もちろん、建てた翌月には雨漏りするような家や、ちょっとした地震で砂のように崩れる住宅は日本には建っていない。しかし、一方で安全な水道水や食品、滅多に壊れず性能も抜群な日本製の自動車といったレベルに比べれば、日本の住宅性能は相対的には貧しいといっていいだろう。「グッド・エンバイロメントであることがあたりまえ」とは、長年にわたり述べては来られなかったし、いまも全体的にはそうだろう。

また、それは日本の住宅の温熱環境において特にいえることであるにちがいない。そのことは冬場の「ヒートショック」や夏場の「室内熱中症」といった言葉に代表されるとおり、日本人の健康と生命を見過ごせない程度蝕んでいる可能性がある。

住んでから気が付く賃貸の温熱環境

今回の第1回検討会に面白い資料が提出された。委員の1人である不動産ポータルサイト「SUUMO」編集長池本氏によるものだ。内容は、以下に掲げるとおり国交省ウェブサイト上に公開されている資料内のページタイトルを読んで字の如くなので、そのまま紹介しよう。

――「40代は『実家より今の賃貸』、10代・20代『実家のほうがよかった』2001年築以降の実家経験層は、賃貸の断熱・省エネ性に不満」

――「1999年省エネ基準の改正、2000年に住宅性能表示がスタート。持ち家物件を中心に性能向上し、今の20代は性能の良さを『既体験』」

これらは、主に今世紀に入って以降、温熱環境が“それでも”向上している日本の(主には)持ち家住宅が、市場に新たな層を育てていることを示している。

「層」とは、住宅に新たなベーシック・グッド・エンバイロメントを求める若い世代のことだ。賃貸住宅にあって、過去にとりわけ見過ごされてきた快適な温熱環境を彼らは自らが育った「今世紀型」の住宅と同等かそれ以上であるべく、求めている。

加えて、別の資料ではこうした層の増加が賃貸市場におよぼしつつあるある影響も明らかにされている。こちらもページタイトルを写し書きしよう。

――「『遮音性』と『断熱・省エネ性』は入居前に情報がなく、重視度は低いが、入居後の改善要望は大きく、断熱不足を感じ、不満も噴出している」

内容は、かいつまんでこうだ。

「賃貸住宅の入居者が、当初部屋を探すときには重視していなかった(重視すべきとは気付かなかった)建物の遮音性能と、断熱・省エネ性能が、入居後はもっとも重要な彼らの改善要望事項に繰り上がってくる」

そうした事実を過去の調査データから引いて、示すものとなっている。

すなわち、以上の内容をもって、委員は良好な温熱環境が賃貸市場における成長ニーズとして注目されるべき旨を指摘しているかたちになるが、実感上、これにはまったく筆者も同感だ。

なおかつ、市場ニーズへの回答という地べたなかたちを超えて、これを国民の健康のためのベーシックな環境に高位誘導することこそが、国たる役所というセクターがいま行うべきことだろう。

似たものに「耐震」がある。わが国は住宅の耐震分野で約40年をかけ着実かつ効果的に改革を進めて来た実績をすでにもっている。

地球環境問題を奇貨として

以上、国交省による「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度に関する検討会」について、かいつまんで紹介させてもらった。

なお、さきほどもふれたとおりこのプロジェクトは「2050年カーボンニュートラル」「2030年度温室効果ガス46%削減」――これらを目指す国の作業の一環にあるものだ。

だが、それがおよぼすベネフィットはほかにもある。述べたとおり、国民の健康だ。そのうえで、今般検討会で進められる詰めの結果には大いに期待したい。

筆者は、さまざまな境遇や立場の老若男女がそれぞれの生活を持ち寄り、入り混じって暮らす昭和の大型木造アパートの住み込み管理人の息子として育った。

大人になってからは、不思議な縁で、大手賃貸情報誌の広告掲載ルールを定める役目に携わった。その間、数百回にわたり当該情報誌の読者(賃貸住宅の住人や入居希望者)とも言葉を交わしている。

結果、いえることとして、賃貸住宅に暮らす人々の幸福を底上げすることは、わが国における幸福を全体レベルで引き上げる大きな要素になると思っている。

全国のアパートや賃貸マンションにいまも大量に存在する、アルミサッシ1枚窓が囲む寒々とした部屋はいわば甘えの産物だ。

これらは、暑い寒いを我慢することが、ややもするとベーシックなメンタルとなってしまうわれわれ古い日本人に、市場が甘えることで成立していたものだ。

もはや21世紀も半ば近くという現在(いま)において、日本レベルの国の国民が暮らすような家では決してないというのが、筆者の意見となる。

(文/朝倉継道)

----------------------------------
国土交通省「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度に関する検討会」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk4_000216.html

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

ページのトップへ

ウチコミ!