結局のところ「敷金」は返ってくるのか? 答えは契約書に書いてある
賃貸幸せラボラトリー
2021/09/28
イメージ/©︎zephyr18・123RF
敷金は返ってくるのか?
賃貸住宅をめぐっての入居者・オーナー間の争いの中で、もっとも起こりがちなもの(だったもの?)が、原状回復に絡んだ敷金返還トラブルだ。
賃貸住宅を貸すオーナー(大家・貸主)側から、退去しようとする入居者に対して、「あなたが部屋を傷つけたり、住んでいる間に部屋が汚れたりした分の修繕費やクリーニング費用を払ってください。ついては、預かっている敷金からその分を差し引きます」
対して、入居者側からの、「納得できない。敷金はちゃんと返してくれ!」
こうした争いが繰り広げられるといったかたちだ。そのため、現在、賃貸住宅に暮らしていて、「私が預けている敷金って、どのくらい返ってくるんだろう」と、心配している人もたくさんいるだろう。
その答えだが、いまは大抵、皆さんの手元にある賃貸借契約書に書いてある。
クリーニング特約を探そう
では早速、契約書をめくってみよう。そして、書かれているなかから「特約」を探してみてほしい。なお、契約書の構成は、物件によりさまざまだが、基本的に以下のことは特約に書かれている。例えば、こんな具合だ。
(ケース1)
退去時、室内クリーニング費用〇万〇千円を借主は負担する
(ケース2)
退去時、室内クリーニング費用は借主の負担とする
読んで字の如くだ。こうした記載があるのであれば、これこそが、さきほどの疑問に対する答えとなる。
まず、ケース1……
見てのとおり、あなたはもう「詰んでいる」。〇万〇千円の支払いをすでに約束しているのだ。いわば、これは問答無用の決めごとだ。たとえ部屋を一切傷つけず、きれいに使用したとしても、そのことは基本として関係ない。そのうえでこの金額は、通常の流れでは敷金から差し引かれることになるだろう。
ケース2……
1と同様に、こちらでもあなたはすでに退去時の負担を約束している。ただし、金額は決まっていない。なので、想定より多額になるのか、ならないのか、結果は退去時まで分からない。とはいえ、決まっていない以上は、ケース1に比べ、話し合いの余地は広いともいえるだろう。
というわけで、こうした約束がある場合、いずれにしてもあなたの敷金は預けた額のままでは返ってこない。いくらか減らされるか、運が悪ければ、全額返って来ないこともあるだろう。残念!
ちなみに、こうした決めごとを「クリーニング特約」もっと正確には「通常損耗補修特約」などと呼ぶ。
なおかつ、この特約を設定する物件が、実は、近年非常に増えた。なぜなのか? 理由は、皮肉なことだが、国が入居者の保護を一生懸命に進めてくれたからだ。
国交省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
上記「保護」の1歩目となったのが「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」だ。
1998年に国土交通省が取りまとめた指針で、以降、原状回復・敷金トラブルを判断するための重要な基準となってきた。2004年と2011年に改訂が行われている。
柱となっている部分を挙げよう。
・賃貸住宅の経年変化や通常損耗の修繕は、貸主の負担
・同じく、借主の故意や過失、善管注意義務違反、通常の使用のかたちを超えるような使い方による損耗、毀損を復旧することは、借主の負担
ガイドラインはこれらを細かく例も挙げながら、明確に切り分けた。
特に、前者の「経年変化・通常損耗」をはっきりと借主の負担から除いたことで、争われがちだった判断基準が一気にスッキリしたものになった。
例えばそのひとつ、「年月を経て自然に変色した壁紙の交換費用」は、それを行いたいのならば、費用を負担するのは貸主だ。これは通常損耗であり、借主の故意や過失などで生じたものではないからだ。
すると、皆さんは「それって当たり前でしょう」と、思うかもしれない。
しかしながら、ガイドラインが浸透する以前は、実際にこれが借主側に請求され、争いが起きることがよくあったのだ。
なぜなら、オーナー側の一部は、このとき往々にして、「原状回復とは、部屋が貸し出される以前の状態、すなわち経年変化も自然損耗も生じていなかった昔の姿そのままに戻すことだ」などとし、それが一部においては「一理ある」と、解釈されていたことによる。だが、普通に見て、これはとても当たり前の理屈といえるものではない。
なぜなら、ホテルも然り、レンタカーも然り、貸衣装の店も然り。「そのためのコストも含んでのご商売をされているはずでしょ?」と、いうことに当然なるからだ。
そこで、この当たり前の理屈が普通のやり方に反映されるよう、国は、一般的には弱い立場に立つ入居者に対し「盾」をこしらえてくれた。それが、このガイドラインを構成する中心的な柱となっている。
2017年「民法改正」
さらに、2歩目が先頃の民法改正となる。2017年に成立、2020年4月に新たな「改正民法」が施行された。さきほどのガイドラインに示された考え方は、この中にそのまますっぽりと引き継がれた。
つまり、「通常損耗や経年変化については、借主は原状回復を負担する必要はない」と、民法も規定したということだ。
そこでいうと、さきほどの「ガイドライン」は、国がこれを示し、賃貸住宅関連業界内外にもかなり浸透したとはいえ、あくまで指針に過ぎなかった。
しかしながら、民法の方はこれとはレベルが違い、国の基本的な法律の代表たるひとつだ。
つまり、この民法改正によって、上記の考え方は明確に「国民の約束ごと」となった。これは本当に大きな、入居者保護のための2歩目といっていい。
ところがだ……
クリーニング特約の広がり
ガイドラインの制定と普及、続く民法改正と、原状回復・敷金トラブルに関しての入居者保護が国のリードで進められていくなか、実際の現場では皮肉なことが起こっていた。
クリーニング特約の広がりだ。
国の主導によって、退去していく入居者に対し、原状回復にかかわる費用を求めづらくなっていくのに従って、それを初めから入居者負担とする旨、契約のなかで先に決めてしまう特約の設定が、居住用建物の賃貸借契約にどんどん増え出したのだ。
結果、さきほど示したように、現在はこの特約付きの物件が非常に多い。
そのため、たとえ細心の注意を払いつつ部屋をきれいに使っても、あるいは入居期間が短くとも、まさに問答無用で入居者が原状回復費用の一部か全てを負担させられるケースが、ひょっとするといまは昔よりも増えている。
なので、きれい好きで几帳面、過去には良心的なオーナーにも恵まれ、
「これまでに敷金が全額返ってこなかったことは一度もありません」
と、いう人でも、次にこのクリーニング特約がついた物件に入居してしまえば、ジ・エンドとなる。“記録”はおそらく途切れてしまうことになるだろう。
特約はなぜ許される?
すると、「賃貸住宅オーナーというのはなんてセコい人たちなんだ」と、これを読んでいる人は思うかもしれない。
しかしながら、一方のオーナーの立場になれば、多少風景は違ってくる。こちらもまた必死なのだ。
アパートやマンションを取得した際の大きな借入金、年々ハードルが上がっていく入居者ニーズ、少子高齢化等による競争の激化など、さまざまな要因が重なる中で、彼らの心の中でも顧客(入居者)へのサービスと、自らが生き残るためのコスト管理への意識が互いにせめぎ合っている。
そのことも、理解しづらいとは思うが、よければちょっぴり理解してあげてほしい。
さて、そこで疑問だ。
なぜ、民法にまで規定されることになった、上記の「通常損耗や経年変化については、借主は原状回復を負担する必要はない」——なのに、それが特約一つで簡単に覆されてしまうのだろうか?
その理由は、専門的な言葉になるが、上記を規定する条項(民法第621条)が、任意規定であるからだ。
正しくは、任意規定と解釈されているからだ(専門家のほとんどによって)。
なお、任意規定とは、法律により定めはあるものの、それとは異なる合意や規定が行われた場合、そちらが優先されるものを指す。
対して、それが通らないのが強行規定だ。法律での定めが強制的に適用される。
しかしながら、上記「通常損耗や経年変化については、借主は原状回復を負担する必要はない」は、とりあえず任意規定と解釈されているので、これに従い、特約で覆すことも可能とされているわけだ。
ただし、この「覆し」が正しいと認められるには、
「借主が特約によって、本来の法律に反して負担させられる通常損耗等の範囲が、契約書に具体的に明記されていること」
など、合意の客観的具体性、および明確性が求められるとする見解もまた、専門家の間では一般的となっている(根拠は2005年の最高裁判決)。
なので、状況によっては、上記の「覆し」に対し、入居者側の厳しいチェックによるさらなる「覆し」が起こることも十分あり得るが、最終的には、それは司法が判断することとなるわけだ。
すなわち、クリーニング特約は、その定められた請求額が常識外に高かったり、かなり短い入居期間であるにもかかわらず履行を強いられたりといった、理不尽な内容、適用となる場合において、入居者側が法廷での勝利をおさめない限り、成立すると理解するしかないだろう。
一方、クリーニング特約のある物件で、「どうせ特約でお金を取られるのだから、やんちゃに暮らそう。部屋を汚してもいい」と、開き直るのはNGだ。絶対にやめた方がいい。
その場合、善管注意義務規定、損害賠償規定など、特約とは別の契約条項に触れることで、話が一段深刻なレベルに進む可能性が高いだろう。
クリーニング特約が無かったら?
一方、契約書の中身を探してみて、以上に述べたような「特約」は見当たらない、という人もいるはずだ。
何度も更新している古い契約ほど、その確率も上がってくることになるだろう。
しかし、その場合でも、原状回復の規定は必ず含まれているはずだ。「原状回復」の文字がつづられた条項ごとのタイトルはなくとも、部屋の「明渡し」のところで見つかるかもしれない。
なおかつ、契約が2000年代以降に結ばれたものであれば、その内容は、ほぼさきほどのガイドラインに沿ったものになっているだろう。
すなわち、借主の原状回復義務からは、通常損耗や経年変化は除かれる旨が明記されているはずだ。
つまり、この場合、入居者側による故意や過失、善管注意義務違反、通常の使用のかたちを超えるような使い方による損耗・毀損が無ければ、入居者に負担は生じない。
その他の債務(未払い家賃等)が残っていなければ、敷金はすべて返ってくることになる。
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賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室