家族信託は「将来、○○だったら…」という仮定を含めた相続ができる
谷口 亨
2020/04/21
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資産は自宅と収益物件、預貯金と有価証券は1800万円で、終身の生命保険が500万円
自分が認知症になった場合や死んでしまったあと、残された妻のことや資産のことが心配……。そう思いながらもなんの対策もされない方が多いと感じています。何から手をつけていいか分からないからと放っておいては、そのときがきたら家族も困ってしまいます。
自分が元気なうちに、家族に資産状況を伝え、今後の生活についても不安を解消したいという方は、家族信託をうまく使ってください。子どもにとっても親の財産管理が容易にできるというメリットがあります。
<相談者の家族構成>
相談者=野原謙一さん(仮名)73歳
相続人は妻、長男、次男(現在は妻との2人暮らし)
<相談内容>
野原:今は生活習慣病もなく、健康な日々を過ごしていますが、そろそろ相続のことを含めて気がかりを解消しておきたいと思っています。
谷口:資産の状況を教えていただけますか。
野原:現在の収入は、年金とアパートの賃貸収入です。資産は木造2階建ての自宅と収益物件のアパート。預貯金と有価証券は1800万円で、終身の生命保険が500万円です。
谷口:ご自宅やアパートは修繕費用も考えておかないといけないですね。あとはアパートの空き家リスクも念頭におく必要があります。野原さんが気がかりな点は、相続以外ですとどんなことでしょうか。
野原:そうですね。まず、自分の死んだあとの妻の生活です。それから今後、私が認知症になった場合の介護についても心配です。妻と二人で有料老人ホームへ入ることも選択肢のひとつだと思っています。
谷口:ご家族は、奥様のほかに2人のお子様がいらっしゃるのですね。
野原:はい。2人とも家を出ていますが、会社員の長男は結婚して2人の子どもがいます。
次男は独身です。仕事もフリーランスなので親としては少し心配です。財産は2人の子どもきちんと分けたいとずっと思ってきました。ただ、正直な気持ちとしては、次男が結婚して子どもができれば長男と平等に分けたい。でも、ずっと独身だったら、不動産などはできれば長男と孫に引き継ぎたいなと。
谷口:できれば不動産は、孫の代までも受け継いでもらいたいというお気持ちなんですね。
野原:ええ。もちろん、不動産も引き継いだ後に長男が売ってしまうかもしれないですがね。それも仕方ないかもしれませんが……。
谷口:まず自宅ですが、ご夫婦で老人ホームに入る場合には空き家になります。その場合には処分も考えないといけませんね。アパートはどんな状況ですか?
野原:木造2階建てのアパートで、1Kの部屋が6室あります。築25年です。都心から電車で40分、駅から歩いて16分ぐらいと、正直中途半端なところです。売却して資産の組み替えも考えましたが、今のところ満室なので、結局、踏み出せずにいます。でも、私が認知症を発症したらどうなるのかと。
谷口:誰にでもその心配がありますね。今の元気なうちに長男を受託者とした家族信託を使ってはどうでしょう。そうすれば、アパートや空き家になった自宅の管理や処分も任せることができます。老人ホームに入居しても、アパートの家賃収入を当てることもできます。
野原:私が死んだら、どうなりますか?
谷口:信託契約を終了させますが、信託財産の帰属(相続方法)も信託契約時に定めておくことが出来ます。
野原:私が死んでも、子どもには妻の面倒をしっかりみてもらいたい。次男のことも気になります。このあたりの不安をうまく解消できると嬉しいです。
谷口:その場合でも、信託を続け、面倒を見てもらうこともできます。例えば、妻を信託の第2受益者と定めて面倒を見てもらい、妻が亡くなった後信託終了させ、長男に信託財産の帰属させることもできます。ただ、次男にも遺留分4分の1相当の金銭を遺すことを考えておく必要はありますね。
野原:あと、次男が独身のままなのか、結婚して子供ができるのかも気になります。その場合のことを考えて、長男次男の共有にすることはどうでしょうか。
谷口:共有にすると管理処分が面倒になるのでおすすめしません。他に妻が亡くなっても信託終了させないで、次男を第3受益者として、アパート収益の一部を分配する方法が考えられますね。
<相談の要点>
・自身が認知症になった場合、また自身が亡くなった場合に妻の生活費、介護費や入所施設の費用と、その支払いを確かにしたい。
・次男が結婚し子どもができたら、次男にも長男同様に資産を渡したい。
・アパート等の不動産は、次男に子どもがいない場合は、長男やその子に継いでもらいたい。
<提案>
・生活や介護の費用は年金。不足分はアパート収入の一部で賄って、残りは貯蓄しておく。預貯金は自宅やアパートの修繕費用として確保。
・終身保険や有価証券は、相続税の支払いに残しておく。
・認知症になっても困らないように長男との間で信託契約を結び、長男に不動産の名義を移し、受託者として管理してもらう。施設に入るなど自宅が不用になったりした場合には、処分してもらう。
・信託契約で、次男が結婚し子どもができたら、不動産の一部を継いでもらうことを定める。
<提案のポイント>
・資産の特性を考えて、使途をあらかじめ考えておきます。
・認知症等のことも考えて、長男との間で信託契約を結び、長男を受託者と決めて財産の管理等をしてもらいます。信託の第2受益者を妻と定めれば、委託者が亡くなっても、妻に生活費を確実に届けることができます。妻が亡くなった後信託終了させ、長男に信託財産を帰属させます。
・相続が争続にならないように、信託契約終了後の信託財産の帰属(相続)方法として、「次男が結婚して子どもができた場合には不動産の一部を次男にも帰属させる」という帰属方法を信託契約に定めておきます。トラブル防止のため、信託契約を結ぶ際には、「なんのために家族信託をするのか」を話し合い、必ず関係者(妻、長男、次男)から了解を得るようにしましょう。
この記事を書いた人
弁護士
一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。