【家族信託活用実例】内縁の妻に財産を残す――遺言状で起こる可能性がある “争い”を家族信託で円満に
谷口 亨
2019/11/19
イメージ/©︎paylessimages
どんなパートナーとどのような生活をするか、婚姻届を提出するかどうかは、本人たちの自由であり同居しているからといって婚姻届を出さなければならないという法律はありません。しかし、法律的に婚姻していない場合は、配偶者として得られる税金の控除、年金、そして相続などの優遇制度を受けることができません。
また、婚姻届を出している配偶者には相続権が認められていますが、内縁関係の場合、慰謝料・財産分与と異なり、相続に関しては相続権が認められていません。内縁関係は相続法上ほとんど保護されないのです。
今回のお話は、そんな内縁関係についてのお話です。
登場人物は以下の4人の方々です
相談者=大谷明夫さん(仮名)75歳
内縁の妻 さちこさん 65歳
相続人は長女、次女
【相談内容】
大谷:20年前に妻を亡くしました。今は内縁の妻がいて、もう10年以上一緒に暮らしています。婚姻届を出そうとも考えたのですが、二人の娘たちから「籍は入れないで」と反対されて、そのままになったままで……。相手も婚姻届にはこだわらないと言ってくれたので、それに甘えてしまっているのですが、親族以外の、私たちの周囲の人たちは皆、私たちを夫婦だと思っていると思います。
谷口:そうですか。長く一緒に暮らしていれば夫婦同然ですね。
大谷:娘たちも、もう結婚して孫もいますが、今は時々遊びに来て、妻とも普通にやっています。ただ、このまま私が亡くなった場合、心配です。妻にはなんの相続権もない。住まいも失ってしまいます。パートに出ていますが、パート収入だけでは暮らしていけないでしょう。きっと生活にも困ってしまうのではないかと思って。
谷口:ご一緒に暮らしているのはご自宅ですか。
大谷:そうです。私の所有です。遺言を作成すればいいでしょうか。
谷口:そうですね、遺言作成という方法もあります。遺言を作成したら安心できると言い切れるでしょうか。
大谷:私が亡くなった後のことですから安心というわけではありませんが、それしかないのかと。お金は渡すのは難しいのかなと……。
谷口:住まいだけでなく、生活費もどうにかしてあげたいということですね。
大谷:預貯金も渡したいと考えています。それなりに老後を送ってもらいたいですからね。
谷口:預貯金等の資産を全て渡すとなると、大谷さんがお亡くなりになった後の相続でもめるようなことも出てくるような気がしますね。
大谷:娘たちとですか?
谷口:相続人はお子さんたちで、お二人には遺留分がありますので、侵害しないように配慮する必要があります。
大谷:娘たちは、二人共いいパートナーに恵まれて、幸せに暮らしています。生活もそれなりに豊かに送っています。私の財産なんて当てにしなくても十分やっていけます。
谷口:そうですか。ただ、だからと言って父親の相続を放棄するとはならないかもしれないですね。まず、大谷さんのお気持ちをお子さんたちに話して見るところから始めてみましょうか。
【相談の要点】
・自分が亡くなった後の内縁の妻の生活が心配。
・今の住まいに、そのまま住めるようにしてあげたい。
・できればお金も残してあげたい。
【提案】
・お子さん2人の了解を得た上で、大谷さん所有の自宅不動産を長女に信託し、信託財産の受益者を大谷さんと内縁の妻にする。
(信託内容)
「受益者が亡くなる、もしくは家を出て行くなどして信託が終了したら、長女と次女で半分ずつ分ける」
・預貯金は話し合い次第だが、長女に信託して、「信託財産である預貯金から毎月○万円ずつ生活費として受益者に渡す」など、金額を決めて渡す契約にする。または、2人の娘が「預貯金すべてを渡してもいい」という話になれば遺言を作成するなり、信託財産である預貯金の受託者を長女にした信託契約を結び、当初は大谷さんご本人を受益者に、大谷さん亡き後は、内縁の妻を受益者にする旨を設定する。
<提案のポイント>
1)なんといっても、最初に大谷さんの気持ちを、娘さんたちに理解してもらい納得してもらうことが必要です。大谷さんが預貯金もすべて、内縁の妻に渡したいと考えても、娘さんたちからするとそうした財産は前の奥さん(娘たちの母)と築いたものという考え方もあるかもしれません。娘さんたちの反発を招かないようにして、円満に承継するには話し合いしかありません。
2)内縁の配偶者に対して財産を残してあげたい場合は、遺言書を活用して遺贈する方法があります。ただし「内縁の配偶者にすべて遺贈をする」といった遺言書を残したとしても、法定相続人である二人の娘には遺留分がありますので、相続争いとなってしまう可能性があります。
3)内縁の妻の生活を守ってあげたいという気持ちをカタチにするためには、遺言では対処できない部分、内縁の妻の居住権の確保があるために、家族信託を設定しました。今回のケースは、前妻が亡くなっていますが、例えば離婚調停中や離婚訴訟中であった場合でも、配偶者として相続人となります。
この記事を書いた人
弁護士
一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。