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退去時のハウスクリーニング特約の有効性

森田雅也森田雅也

2025/06/20

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賃貸借契約書の中で、「退去時に借主はクリーニング費用を負担する」という条項、いわゆる「ハウスクリーニング特約」を見かけたことがある方は多いのではないでしょうか。ハウスクリーニング特約は当たり前のように契約書に記載されていることが多い一方で、その有効性が問題となるケースは少なくありません。今回は、どのような場合にハウスクリーニング特約が有効になるのかについてご説明します。

ハウスクリーニング費用は“賃貸人”負担が原則!

賃借人は、退去時に、賃貸物件を使用した際に生じた汚損・損傷をもとに戻す義務を負っています。もっとも、賃貸物件の汚損・損傷のうち、経年変化や通常の使用によって生じた汚損・損傷(例えば、天井やクロスの変色、日常生活によって生じるフローリングやカーペットのキズや汚れなどが挙げられます。)については、賃借人はもとに戻す義務を負いません(民法621条)。その理由は、賃借人は賃貸物件を使用する対価として賃料を支払っており、賃借人が通常の使用をしている限り、汚損・損傷を修繕するための経費は賃料に含まれているため、賃借人は汚損・損傷の回復を負担しなくて良いと考えられているからです。なお、賃借人の故意・過失や通常の使用を超えるような使用などによって生じた汚損・損傷(例えば、結露の放置によるカビやタバコのヤニ、ペット飼育禁止物件においてペットによるキズや臭い等の汚損などが挙げられます。)については、賃借人がこれをもとに戻す義務があります。

したがって、賃借人は、退去時に、原則として賃貸物件について通常の清掃を行えば十分であり、ハウスクリーニング費用を負担して経年変化や通常の使用によって生じた汚損・損傷まで修繕する必要はなく、賃貸人がハウスクリーニング費用を負担しなければなりません。

ハウスクリーニング特約が有効となる条件

上記のとおり、ハウスクリーニング費用は賃貸人が負担すべきとするのが民法の考え方です。もっとも、契約自由の原則から、賃貸人と賃借人の合意があれば、賃借人がハウスクリーニング費用を負担する旨の特約を有効に成立させることが可能です。しかし、いかなる場合であっても特約が有効となるわけではなく、一定の条件をクリアする必要があります。

第1に、最高裁判所が提示した条件があります。
最高裁判所の判例(最判平成17年12月16日)では、ハウスクリーニング特約のように、経年変化や通常の使用によって生じた汚損・損傷の修繕費用を賃借人に負担させる規定は、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになると指摘されています。そして、特約が有効に成立するためには、少なくとも、賃借人が修繕を負担することになる経年変化や通常の使用によって生じた汚損・損傷の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に明記されていない場合は、賃貸人が口頭で説明し、賃貸人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたと認められるなど、特約が明確に合意されていることが必要であると述べられています。

第2に、消費者契約法10条の条件があります。
消費者契約法10条は、民法等の規定に場合に比べて、⑴消費者の権利を制限し、または、消費者の義務を加重する条項であって、⑵消費者の利益を一方的に害するもの、は無効とすると規定しています。ハウスクリーニング特約は、民法の規定と異なり、賃貸人ではなく賃借人に経年変化や通常の使用によって生じた汚損・損傷の回復費用を負担させているため、自動的に⑴に該当してしまいます。そのため、特約が有効となるには、⑵「消費者の利益を一方的に害するもの」でないことが必要になります。

したがって、ハウスクリーニング特約が有効となるためには、
条件①:賃貸人と賃借人が、ハウスクリーニング特約の内容を認識・理解した上で合意していること
条件②:特約の内容が賃借人の利益を一方的に害するものでないこと
の2つの条件をクリアしなければならないといえます。

ハウスクリーニング特約に関する裁判例

では、具体的にどのような内容であれば、ハウスクリーニング特約は有効と判断されるでしょうか。今回は、ハウスクリーニング特約の有効性が争われた2つの裁判例をご紹介します。

・東京地判平成25年7月18日(条件①の観点から特約が無効となった事例)
本件では、賃貸借契約書の特約事項として、
「退去時の貸主指定の専門業者によるハウスクリーニング代は借主が負担するものとする。(冷暖房等の設備も含む)」
「タバコのヤニや焼き焦げによる壁紙・床材の汚損や損傷の原状回復義務は借主が負担するものとする。」
という記載がありました。
しかし、裁判所は、このような記載では、ハウスクリーニングの範囲を包括的に定めたにすぎず、賃借人の通常の使用によって生じた汚損・損傷をハウスクリーニングによって修繕される趣旨であることが明白でないと判断し、条件①の観点から特約を無効としました。

・東京地判令和2年9月23日(条件①及び条件②の観点から有効になった事例)
本件では、賃貸借契約書の特約事項として、
「入居の期間、契約終了理由、貸室の汚損の程度及び汚損の原因の如何に拘わらず、以下に記載する算出方法により算出された貸室及び附属部分のハウスクリーニング費用(床、壁、天井、建具、水廻り及び設備機器等の清掃費用を含む。)並びにエアコンのクリーニング費用(1台あたり金10000円(税別))を、原告が全額負担することを、借主は予め了承する」

また、クリーニング費用の算出方法として、
「貸室面積35㎡未満の場合、一律3万5000円」
と定めていました。

裁判所は、条件①の観点からは、清掃の有無や程度にかかわらず賃貸人がクリーニング費用を負担することや、クリーニング費用全額を賃借人が負担することが明記され、費用の算出方法及び額も一義的かつ明確であり、賃借人がクリーニング費用を負担することになる通常の使用によって生じた汚損・損傷の範囲が条項自体に具体的に明記されているとして、特約を有効と判断しました。

また、条件②の観点からも、費用の算出方法が予め明確に定められていること、35㎡未満の貸室は一律3万5000円、エアコン1台について1万円とするのは実際の見積額や社会通念に照らして相応な額であることを理由に、特約を有効と判断しました。

裁判例から見た記載例のポイント

以上をまとめると、条件①(賃貸人と賃借人がハウスクリーニング特約の内容を認識・理解した上で合意していること)をクリアするためには、特約にハウスクリーニングの範囲・金額を具体的に明記し、かつ、ハウスクリーニングの範囲に経年劣化や通常の使用によって生じた汚損・損傷が含まれていることが明らかな記載にすべきです。

次に、条件②(特約の内容が賃借人の利益を一方的に害するものでないこと)をクリアするためには、費用の算出方法(床面積に応じた定額にする等)を明確に記載し、ハウスクリーニング費用として社会的に妥当な金額を設定すべきでしょう。

そして、ハウスクリーニング特約は、賃貸人と賃借人の合意によって成立するものですから、特約を正しく記載するだけでなく、賃貸借契約時に、賃借人に対し、改めてハウスクリーニング特約の内容について説明し、理解してもらうことも重要です。

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この記事を書いた人

弁護士

弁護士法人Authense法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)。 上智大学法科大学院卒業後、中央総合法律事務所を経て、弁護士法人法律事務所オーセンスに入所。入所後は不動産法務部門の立ち上げに尽力し、不動産オーナーの弁護士として、主に様々な不動産問題を取り扱い、年間解決実績1,500件超と業界トップクラスの実績を残す。不動産業界の顧問も多く抱えている。一方、近年では不動産と関係が強い相続部門を立ち上げ、年1,000件を超える相続問題を取り扱い、多数のトラブル事案を解決。 不動産×相続という多面的法律視点で、相続・遺言セミナー、執筆活動なども多数行っている。 [著書]「自分でできる家賃滞納対策 自主管理型一般家主の賃貸経営バイブル」(中央経済社)。 [担当]契約書作成 森田雅也は個人間直接売買において契約書の作成を行います。

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