賃借人が行方不明となっている場合の対応
2025/02/21

賃借人が行方不明になったらどうするか
マンションの一室を貸していたところ、賃借人が行方不明となり、連絡もつかず、賃料も滞納している、というような状況に遭遇することがあります。これをそのままにしては、収益が得られないので、このような賃借人には賃貸物件を退去してもらって、きちんと賃料を支払ってくれる賃借人を入れる必要があります。その場合、違法な自力救済を行わずに適法に賃貸物件を明け渡してもらうためには、問題のある賃借人に対して、訴訟を提起し、賃貸物件の明け渡しを求めていく必要があります。
では、どのように手続を進めればいいのでしょうか。この点について、以下で詳しく説明していきます。
訴訟手続による場合
賃借人が部屋に住み続けられる権利は、賃借人と賃貸人との賃貸借契約が根拠となります。まずはこの賃貸借契約を解除する必要があります。賃借人が賃料を滞納している場合には、その賃料が支払われないことを根拠として、契約を解除することが考えられます。そのためには、賃借人に対して、解除の意思表示をすることが必要となります。しかし、賃借人が行方不明である場合、賃借人にはこの意思表示が届かないということが想定されます。このような場合にどうしたらいいのでしょうか。
1つの方法として、公示送達によって解除の意思表示を到達させる方法が考えられます。まず、訴訟を起こす際には、訴状という書面を裁判所に提出します。裁判所は、この訴状を賃借人に対して送り届けます。裁判所が被告に対して訴状を送り届けることを、法的には「送達」といいます。送達先は被告である賃借人が住んでいる場所が原則ですしかし、被告がどこにいるのかわからない、という場合はどのように送達されるのでしょうか。送達という制度の中には、公示送達というものがあります。この制度を使うことができる場合の一つとして、賃借人の住所や居所など送達をすべき場所が不明の場合があります。これを使うことで、実際に訴状が賃借人に渡されることがなくても、送達されたものとみなされます。この公示送達は、裁判所の掲示板に訴状を掲示する方法で行われます。そして、公示送達がされた場合、その訴状に記載された解除の意思表示は、この掲示がされて2週間が経過すると賃借人に到達したものとみなされることになります。公示送達という手段を使い、訴状の中で解除の意思表示を記載しておけば、解除の意思表示が賃借人に到達した、ということになるわけです。
保証人は建物を明け渡す義務はあるのか
賃貸借契約を締結する際には、賃借人に対して、保証人を求める場合があります。この際、賃貸借契約とは別の保証契約というものを締結します。このときには、賃貸借契約書と同じ契約書の中で保証契約も記載されていることがありますし、別の書類を作成して保証契約を締結する場合もあります。保証契約の内容を見ると、通常は、「保証人は賃借人が負担する一切の義務を負担する」という趣旨の規定があります。賃借人が建物を明け渡す義務があるとき、保証人もこの義務を負担することになるのでしょうか。
この点が争われた裁判があります。裁判所は、「建物明渡義務は、賃借人の一身専属的な義務であり、保証人が代わって実現することはできない」と判断しました(大阪地判 昭和51年3月12日)。これは、建物を明け渡すという義務は賃借人しか負わない義務であり、保証人が代わりに明渡義務を実現させることはできないということを意味します。このことから、保証人は保証人に対して直接的に建物を明け渡すよう求めることはできない、ということになります。もちろん保証人は、賃借人が建物を明け渡すまでに生じた損害金を負担することにはなりますが、明渡義務までは負いません。
判決を取得した後の手続について
公示送達の方法により、建物の明け渡しを認める判決を取得した後はどうなるでしょうか。部屋の中に何もなければよいのですが、残置物がある場合が多いでしょう。残置物の種類も様々ですので、ここでは一旦、ある程度の大きさの家電や家具を想定してお話します。判決を取得したからといって、強制執行を経ずに、勝手に他人の物を処分することはできません。そこで、明渡しの強制執行の手続の中で、残置動産の所有権を移転させ処分する必要があります。基本的な流れは次のとおりです。ます、明渡しの強制執行では、執行官の指示に従い、執行を補助する業者(いわゆる執行補助業者)が残置物を外に運びだし、執行補助業者が管理する倉庫に一定期間(通常は1か月程度)保管します。ここで明渡し自体は完了となります。倉庫にある残置物については、期間内に賃借人が引き取りにくればその賃借人に引渡します。ただ、期間内に賃借人が引き取りに来ない場合には、裁判所は残置物を売却します。この際、通常は、価値がないものが多いので、賃貸人側で廉価な金額で買い取った上で、残置物を廃棄処分等することになります。このような流れで、残置物を適法に処分することが可能になります。
そのほか、滞納している賃料債権を有する賃貸人には、次の2つの方法により動産を処分する方法も考えられます。
一つは、滞納賃料を支払わせるための訴訟も提起し、その判決に基づいて、残された動産の差押をして、競売をし、滞納賃料の一部に充当することにより処分するという方法です。
もう一つは、動産先取特権という権利に基づいて動産競売を申し立てる方法です。動産先取特権とは、賃料債権を持っている賃貸人に認められた権利です。賃貸人は、この競売を申し立てて、強制執行を行い、その際に執行官という役割の者が動産を差し押さえることで、競売手続が開始します。この方法は、明渡しの判決を得る前に行うことができます。もちろん、部屋の明け渡しまでを行うには明渡しの判決がなければなりません。
なお、この2つの方法には欠点があります。まず、この2つの方法は、競売という方法により残置動産を処分するということになりますが、生活に必要な寝具等や66万円までの現金等は差押が禁止されています(これらを「差押禁止動産」といいます(民事執行法131条))。したがって、もし残置動産が差押禁止動産の場合には、これら2つの方法では適法に処分することができません。また、全く価値がつかないような動産の場合には、競売手続を進めることができず、やはり適法に処分することができません。
したがって、建物の明渡しを求めることを主眼にするのであれば、やはり明渡しの強制執行の手続の中で売却や廃棄を行っていく必要があります。
訴訟によらずに明け渡しを進める方法はあるのか
以上のように、訴訟提起をして進めていくことが一般的です。他方で、元々の賃貸借契約のなかで、「賃料不払いがあった場合、賃借人は部屋の動産の所有権を放棄し、賃貸人はこれを処分することができる」というような規定が定められていることがあります。これを使って、訴訟を提起せずに明渡しを進めることはできるでしょうか。裁判例では、このような規定の解釈として、賃貸人が行う残置物の処理が、賃借人の占有を侵害するような態様に至らない限りは有効である、という判断をしたものがあります(東京高判 平成3年1月29日)。しかし、この「賃借人の占有を侵害する」か否かの判断は極めて難しいものといえます。仮に一定期間出入りがないから、とか、ライフラインが止まっているから、という事情があったとしても、それだけで賃借人が占有していないと言い切ることは難しいでしょう。仮に、賃借人が占有しているにも関わらず勝手に残置物を処分した場合、違法な自力救済となって損害賠償請求等を受けるリスクがあります。また、民事上のリスクだけでなく、無断で住戸に入った場合には住居侵入罪(刑法130条)が、無断で残置動産を処分した場合には器物損壊罪(刑法261条)が成立する可能性があるなど、刑事上のリスクもありますので、慎重な対応が必要となります。賃貸業を継続的に行っていくためにも、そのようなリスクをとるべきではないと思いますので、やはり訴訟手続による明渡しを求めていくのが望ましいといえます。
まとめ
賃借人が行方不明の場合でも、公示送達の方法により賃貸借契約を解除することはできます。そして、明渡訴訟やその後の強制執行手続により適法に残置物を処分することができます。
連絡がとれず行方不明になった賃借人がいた場合、最も重要なのは、いかにスムーズかつ適法に残置物を処分して明渡しを実現するか、という点です。賃料を支払ってもらう期待が極めて低い賃借人の対応が遅れると、その分だけ賃料収入が得られず、損害が拡大していくことになります。もし賃借人が行方不明になってしまって連絡がとれないような場合には、早期に解決できる弁護士等の専門家に早めに相談することをおすすめします。
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この記事を書いた人
弁護士
弁護士法人Authense法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)。 上智大学法科大学院卒業後、中央総合法律事務所を経て、弁護士法人法律事務所オーセンスに入所。入所後は不動産法務部門の立ち上げに尽力し、不動産オーナーの弁護士として、主に様々な不動産問題を取り扱い、年間解決実績1,500件超と業界トップクラスの実績を残す。不動産業界の顧問も多く抱えている。一方、近年では不動産と関係が強い相続部門を立ち上げ、年1,000件を超える相続問題を取り扱い、多数のトラブル事案を解決。 不動産×相続という多面的法律視点で、相続・遺言セミナー、執筆活動なども多数行っている。 [著書]「自分でできる家賃滞納対策 自主管理型一般家主の賃貸経営バイブル」(中央経済社)。 [担当]契約書作成 森田雅也は個人間直接売買において契約書の作成を行います。