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賃貸「ハウスクリーニング特約」 意外に深いその意味

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どうせお金を取られるのだから

ある賃貸マンションの一室でひとり暮らしをしていた入居者・Aさん(男性)の身に起こった事例だ。

部屋の間取りはワンルーム。家賃は6万円。話の焦点は、契約書に記された以下の部分にある。

「特約条項 ―――退去時、借主は業者によるハウスクリーニング費用相当額2万7千円を負担する」

こう添え書きもあった。

「当該ハウスクリーニング費用は、別紙に具体例を示すところの通常損耗(本来は借主の負担となりません)の回復に充てられることを借主は了承するものとします」

この部分、Aさんは契約時、

「たしかに読んだし、不動産会社の担当者から説明も受けたと思う。ただし、あまり気に留めてはいなかった」

そのうえで、ハイ、ハイ、と生返事しながら、こう解釈したという。

「な~んだ。この部屋って、キレイに使ったとしてもどうせあとからクリーニング代を取られるんだ。それなら真面目にやるのは馬鹿らしいや」

その後、4年が経ち、Aさんはこの部屋を退去した。

すると、次の住まいに引っ越してから間もなく、以前の部屋の管理会社からこんな通知が届いたそうだ。

「A様へ 〇〇パレス〇号室のハウスクリーニング費用2万7千円(約定額)および原状回復費用○万〇千円の合計額から、お預かりしていた敷金6万円を差し引いた差額〇万〇千円を〇月〇日までにお振り込みください。なお、敷金は以上の合計額に充当されますので、返却はいたしません」

どれも覚えはあります……

「敷金だけでは足りない。追加を振り込め」

Aさん、これを受け取り、最初はどういう意味かさっぱり解らなかったという。

ちなみに、この通知には、ハウスクリーニング費用を除いた上での「原状回復費用の内訳」として、以下が列記されていたそうだ。

  • 「壁クロス貼り替え 〇〇円 (喫煙の跡が広く見られ、臭いも残っているため)」
  • 「床材の補修 〇〇円 (液体によると思われる劣化、変色部分を取り換えるため)」
  • 「キッチン換気扇の清掃 〇〇円 (著しい汚れが見られるため)」

Aさん曰く、

「確かに、どれも覚えはあります。オレ、タバコは吸いますし、床の変色は冷蔵庫から時々水漏れしていたのをそのたび乾くまで放っておいた跡です。換気扇は、一度も掃除したことがありませんでした……」

ですが、と、Aさん。

「こういうのって、ハウスクリーニング費用2万7千円で全部カバーしてもらえるもんだと思ってた……」

そこで早速、管理会社に電話をかけ、問い合せてみたそうだ。すると、彼にとっては驚きの事実が判明したという。

「つまりこれって、サブスクみたいなやつじゃなかったんですね……」

「サブスクみたい」と思ってはいけなかった

説明しよう。まず、状況は以上を読んで分かるとおりだ。

Aさんは、自らが交わしていた建物賃貸借契約のなかにあった、いわゆる「ハウスクリーニング特約」について、これを定額使い放題のサブスクリプションのような感覚で、理解してしまったらしい。

「退去時に決まった額を払えば、部屋の汚れや傷はこれですべてカバーしてもらえる」

であれば、

「真面目にしょっちゅう掃除したり、部屋に傷をつけないかといちいち気を使ったりでは損になる。どうせお金は取られるんだから、ノビノビだらしなく暮らしたっていいだろう」

かなり飛躍した考えでもいたようだ。

だが、それは大きな間違いだった。昨今の賃貸契約でたびたび見られるこのハウスクリーニング特約は、そんな意味で交わされるものではない。

答えは、Aさんの手元の契約書にあるとおりだ。

「当該費用は、通常損耗(本来は借主の負担とならない)の回復に充てられる―――」

この特約に従って入居者が払う費用は、あくまで「通常損耗」までをカバーするものだ。

通常損耗とは?

通常損耗とは何か? 答えはこうなる。

「賃借人の通常の使用により生じる損耗等」

つまり、賃借人=入居者による、

  • 「故意・過失」
  • 「善管注意義務違反」
  • 「その他通常の使用を超えるような使用」

これらによる損耗や毀損には含まれない損耗等をいう。

要は、賃貸住宅の場合、誰もが普通に暮らしていれば生じるであろう、入居者に責任を負わせるべきではない、建物の汚れや損傷などを指すわけだ。

さらに、こうした通常損耗は、入居者の責任とはならないのだから、その回復費用を入居者に求めるべきでもない(入居者は原状回復義務を負わない)。

以上は、過去の判例や法律などから、現在は広く認められているところの常識的な見解となっている。

すると、疑問が持ち上がる。

なぜ、入居者が原状回復義務を負わないはずの通常損耗に充てられる分として、ハウスクリーニング費用を入居者に課す特約が、実際に存在するのだろう?

なぜ、これが認められているのか?

民法621条は任意規定

なぜ認められているか? その理由のひとつは、現実的なものだ。

たとえば、ある汚れがそこにあったとして、これは通常損耗に当たるものなのか、それ以上に入居者には責任のない経年変化(時間を経るとともに生じる自然な劣化・損耗)なのか。あるいは、そうではなく、やはり入居者の過失や善管注意義務違反等によるものなのか?

実際の現場では争いが生じることも多くあるだろう。

そこで、これを未然に防ぐため、「この物件においては通常損耗の回復についても入居者が一定額まで負担する」旨をあらかじめ決めておき、入居者にはそれを納得ずくで契約してもらう。

入居者側に立てば不満なかたちとなるが、紛争を避けられるメリットを思えば、そこそこ合理的なアイデアともいえるはずだ。

なおかつ、このやり方においては、貸主=オーナー側には、当然ながら明らかなメリットが生じる(自らの負担を入居者が肩代わりしてくれる)。そのため、ハウスクリーニング特約は、現在多くの物件で見られるものとなっている。

さらには、法的な後ろ盾もある。

「通常損耗については、入居者が原状回復義務を負わない」との根拠を辿れば、それは民法第621条となる。

そこにはこう書かれている。(一部抜粋、括弧書きを追加)

「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を(入居者が負う回復義務の対象から)除く」

しかしながら、この条文は「任意規定」であると理解されている。実際、それに沿った司法判断も下されている。

任意規定とは? ―――契約当事者の合意があれば排除できる、法律の規定をいう。

つまり、法律の内容よりも当事者同士の約束が優先されるのだ。

そのため、「民法621条違反では?」と、一瞬思えてしまうハウスクリーニング特約だが、オーナーや管理会社は、これを安心して採用できるかたちともなっている。

入居者が責任を負う「通常損耗以外の損耗」

一方、Aさんが突き付けられた、壁クロス貼り替えなどの各費用についてだ。

これらは、ざっと以下のような見地から、入居者に原状回復義務が生じるものとなる。すなわち「通常損耗ではない損耗」に当たる。(特別損耗と呼んだりもする)

  • 壁クロス貼り替え
    ……Aさんの喫煙が原因(故意)
  • 床材の補修
    ……Aさんが水漏れに適切に対処しなかったのが原因(善管注意義務違反)
  • キッチン換気扇の清掃
    ……Aさんが長期に渡って掃除をしなかったのが原因(同上。故意も?)

そのうえで、これらについてAさんは「退去時に支払うハウスクリーニング費用でカバーされるのだろう」と、前述のとおり思っていた。

しかし、それはいささか虫が良すぎた。

ハウスクリーニング特約は、サブスクでもなく保険でもないのだ。説明してきたとおり、これは通常損耗の回復までを目的としている。あるいは、通常そのように解釈されている。

つまり、言い換えれば、この特約は「通常損耗補修特約」と呼ばれてもいいものだ。それゆえ、Aさんの勝手な思い込みもカバーしてはくれないことになる。

なお、具体的にどのようなケースが通常損耗に該当し、どのようなケースがそうならないのか?

それを判断するモノサシとして知られているのが、国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」となる。

賃貸住宅に関係する業界のプロは皆これをよく読み、賃貸住宅を貸すオーナーも多くが目を通している。入居者ももちろんそうすべきだろう。

ハウスクリーニング特約が成立する要件

以上、ハウスクリーニング特約の意外に深い「意味」について、ひととおり解説した。

そこで、大事なことをもうひとつ付け加えよう。これは、入居者以上にオーナーにとって重要なこととなる。

さきほどのAさんの契約の中にあった特約の添え書きをいま一度、以下に掲げてみよう。

「当該ハウスクリーニング費用は、別紙に具体例を示すところの通常損耗(本来は借主の負担となりません)の回復に充てられることを借主は了承するものとします」

なお、上記に書かれてある「別紙」として、この契約書には、前述の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」から引用したと思われる表が添付されていた。通常損耗に当たる損耗と、それ以外とを列記して示すものだ。

これは、非常に大事なことだ。

なぜなら、ハウスクリーニング特約があくまで通常損耗までをカバーするものであると確実に認められ、争いが起きた際もそれが揺るがないようにするためには、過去の判例等にもとづく一定の要件が必要とされているからだ。上記は、その一部に当たる。

なお、要件は概ね以下のとおりとなる。

  1. 明確な合意
    ハウスクリーニング費用を入居者が負担することとその金額について、入居者とオーナーが明確に合意している。
  2. 負担の範囲
    入居者がハウスクリーニング費用の支払いをもって回復を負担する通常損耗の範囲が具体的に示されている。また、それが本来負担義務のないものであることに入居者が納得している。
  3. 合理的な金額
    当該ハウスクリーニング費用の金額が、市場の相場や物件の賃料に照らして合理的かつ適正な範囲に収まっている。

(同様のガイダンスは無数にあるが、上記はより慎重なスタンスに拠ったもの)

このうち、1、2が満たされていることは、誰が見てもそれが判るよう少なくとも契約書の中で明確にされているべきだ。

また、3については、消費者契約法に触れる可能性が生じるような、不当に高い金額であってはもちろんならない。

そうした意味で、今回のAさんのケースでは、ほぼ万全といえる契約書類が作られていた。そこに掲げられていた2万7千円という金額も、3に照らして妥当といえるものだった。

オーナー、あるいは管理会社に合格点が与えられる事例であったことにもなる。

(文/賃貸幸せラボラトリー)

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この記事を書いた人

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賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室

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