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生前贈与は賃貸オーナーにとって“使える”制度か? 2024年の税制改正から考える

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生前贈与にいま関心が集まっている。今年から贈与税の相続時精算課税制度に毎年110万円の基礎控除が創設されたためだ。これにより、相続税対策としての贈与がより活用しやすくなったといわれている。一方で、同じく贈与税の暦年課税制度では、生前贈与による取得財産が相続財産に加算される期間が相続開始前3年以内から7年以内に延びた。こちらは負担の増加といわれている。しかし、条件によっては、新たな相続時精算課税制度を利用するよりも有利なケースもあるようだ。その上で、これらの制度は賃貸住宅オーナーが子や孫への財産の継承を考える場合の手段として、どう評価されるものなのか?アグラデッソ会計事務所および野田洋介税理士事務所、両事務所の代表を務める野田洋介税理士に話を聞いた。(文/朝倉 継道)

オーナーにとって生前贈与は有用か

──今年から贈与税の制度が変わりました。オーナーの中には自分も活用できるのか、気になる方も多いようです。ただし、内容が複雑で、なかなか理解しにくいとの声も聞かれます。

贈与を相続対策の手段として選ばれる方は少なくありません。その際、この選択が有利かどうか、理解のカギとしてまずは相続税を知ることが大事になってきます。特に賃貸オーナーのように財産に不動産が比較的大きな割合で含まれるケースが多い方の場合、忘れてはいけない点があります。それは、不動産を相続するのではなく、贈与する場合に生じるいくつかのデメリットについてです。

たとえば、その代表的なひとつが相続税の「小規模宅地等の特例」が適用されなくなることです。贈与された土地が、あくまで贈与によって取得されたものであって、相続で取得されたものではないことになるためです。これにより、本来の評価額に対する減額割合50%(貸付事業用宅地等・200m2まで)という大きなメリットが失われます。最終的な納税額にどう影響してくるのか、贈与が有利か、相続が有利かを考える上での重要なポイントです。

ほかにも、贈与による不動産の名義変更にかかる登録免許税は、相続の場合よりも割高です。加えて、相続ではかからない不動産取得税もかかってきます。これらいくつかを踏まえ、賃貸オーナーが新たな相続時精算課税制度の利用も含め生前贈与を考える際は、そもそもその選択肢は相続と比べて本当に有利なのか?この点を十分に検討することが必要となってきます。

──「生前贈与の相続時精算課税と暦年課税ではどちらが有利だろう」と考える前に、まずは相続との比較が重要ということですね。では、そうした検討の上でオーナーが生前贈与を選択するとして、知っておくべきことを教えてください。

まず、贈与が成立するには、贈与者(財産をあげる人)が自らの財産を無償で受贈者(財産をもらう人)に与えることを意思表示し、受贈者がそれを承諾する意思表示が必要です。したがって、そのことが税務署など関係者にもはっきりと伝わるよう、当事者は贈与契約書を作成すべきです。

そのうえで、この贈与がたとえば、まだ亡くなっていない親から子や孫へ財産を引き継がせる目的で行われる場合、こうした行為は「生前贈与」と呼ばれるものになります。親などが亡くなることで発生する「相続」を待たずして、財産の移動が行われるかたちとなるわけです。

そして、受贈者、つまり贈与を受けた人が、もらった財産の額等に応じて納める税金が贈与税です。贈与税の課税方法は、現在2本柱になっていて、いま質問に挙がった「相続時精算課税」制度と「暦年課税」制度がそれに当たります。さらに、この2本柱については先般それぞれ改正が行われました。今年の1月から施行されています。重要な部分をかいつまんで説明していきましょう。

暦年と相続時精算 有利な課税制度は

まず、暦年課税です。1月1日から12月31日までの1年間に贈与された財産の合計額から基礎控除を引いた額に、税率を掛けるなどして算出されます。

この暦年課税制度ですが、今回の改正で「使いづらくなった」といわれています。なぜなら、生前贈与による取得財産が、相続財産に加算される対象となる期間が、これまでの相続開始前3年以内から7年以内に延びたためです。

暦年課税には毎年110万円までの基礎控除が設けられています。ですが、年間の贈与をこの枠内に抑えつつ、贈与税が非課税となる贈与を毎年続けていたとしても、この加算期間に行われた分の贈与はあとから相続財産に加えられ、相続税の課税対象となってしまいます。よって、これが3年から倍以上の7年に延びたというのは大きな変化というべきでしょう。急変にともなう緩和措置はとられているものの(制度移行期間の設定および相続財産に加算されない総額100万円枠の設定)、結果として、暦年贈与を有利に活用できる条件は狭まったことになるわけです。

一方、相続時精算課税制度は、今回の改正で「使いやすくなった」といわれています。それは、暦年課税同様に毎年使える110万円の基礎控除が新たに設定されたからです。なおかつ、これによって控除された金額は、相続発生の際、相続財産に加算されません。相続税の課税対象から除かれます。

加えて、相続時精算課税の場合、年をまたいで持ち越せる“生涯累計枠”としての2,500万円までの特別控除が以前から存在していま
した。こちらの控除額は相続時に相続財産に加算されますが、金額がある程度大きいため、当面支払う贈与税を下げる効果もその分増加します。そのため、さきほどの新たな110万円控除も加えることで、効果はさらに上がります。ざっと計算すると、たとえば毎年500万円の贈与が連続して行われる場合でも、両方を合わせた効果によって、6年目までは贈与税がかかりません※。キャッシュフローの面でかなり有利といえるでしょう。ただし、こういった継続的な贈与は、方法を誤ると定期贈与とみなされ、想定外の課税が発生します。税理士とよく相談するなど注意が必要です。
※相続時精算課税の基礎控除額110万円を超えた390万円部分は相続財産に加算される

そしてもうひとつ。暦年課税にも相続時精算課税にも、贈与の過程で贈与税が生じた場合、あとでその金額が相続税から控除される仕組みがありますが、控除しきれない分を還付として受けられるのは、相続時精算課税のみとなっています。

なお、相続時精算課税を利用するには、贈与者、受贈者ともに、年齢等の制限が設けられています。原則、贈与のあった年の1月1日において贈与者が60歳以上、受贈者が18歳以上で、なおかつ贈与時において受贈者は贈与者の直系卑属である推定相続人か孫でなければなりません。つまり、相続との代替性が明らかに意識されている制度といえますので、国がこれを使いやすくしたことから、相続を待たずしての若い世代への財産移転を促したい意図が見えます。


財務省・国税庁の外観

──つまり、国が推す相続時精算課税制度は、暦年課税よりもやはり有利?

ところが、そうとはいえないのが難しいところです。相続が発生するタイミングは誰にもわかりません。それでも、さきほどお伝えしたとおり、暦年課税では相続の発生時期(贈与者の死亡時期)が、最終的なトータルの納税額が決まる上で重要な要素となってきます。加えて、贈与される財産の規模や、年間の贈与額といった条件も結果を左右します。相続時精算課税でも同じようなことが起こります。ですので、実際にシミュレーションしてみると、さまざまな条件を入れ替えるごとに、両者の有利・不利が入れ替わってしまいます。

とはいえ、単純に出せる答えもあります。たとえば、相続発生までの生前贈与の期間が7年以内であれば、現状、相続時精算課税を使った贈与の方が納税額は暦年課税よりも有利です。なぜなら、前者においてはこの場合最大770万円が控除され、相続財産へ加算もされませんが(前述・新設控除)、暦年課税ではそうならず、100万円が最大だからです(前述・急変の緩和措置)。これをあからさまにいうと、贈与者が、亡くなる時期が近づいていそうな高齢者であるほど、暦年課税よりも相続時精算課税が有利な傾向が高まることになります。

なお、ここで押さえておくといいことがあります。それは、相続に近い意図を保った上で、財産の移転を以上のような課税対象から除く方法です。具体的には、暦年課税による孫への贈与が通常、これに当たります。ここで通常とは、すなわち相続人ではない孫という意味です。この場合、孫には相続税がそもそも発生しません。そのため、暦年課税における相続時の“持ち戻し”(贈与額をさかのぼっての相続財産への加算)も関係なくなります。たとえば、毎年110万円までの基礎控除内に収まる贈与の場合、贈与税も相続税もかからなくなるかたちです。

一方、そうした孫(代襲相続人でもない孫)が相続時精算課税で贈与を受けると、こちらは相続税が課されます。しかも2割加算の対象にもされますので、大いに要注意です。

相続時精算課税はオーナーにメリット?

以上のとおり、たびたび話題となる「相続時精算課税が有利か、暦年課税が有利か」ですが、結局のところ、予測がつかない相続発生時期も含め、個別の条件が結果を左右する度合いが強いものとなります。よって、一概に答えは出てきません。賃貸オーナーの場合もやはりそれはいえることです。

なおかつ、オーナーの場合、初めに述べたとおり、財産に占める不動産の割合が高いケースが多いはずです。オーナーが生前贈与を検討する際は、不動産のもつ相続時のメリットをしっかりと見据えることも前段階として重要になってきます。なので、「不動産は相続、それ以外の財産は贈与」を一旦ベースに置いてから、シミュレーションを重ねていくのも堅実な方法でしょう。

そのうえで、半歩ひいた観点から、相続時精算課税のオーナーへのメリットを考えると、注目したいポイントがいくつか見えてきます。ひとつは収益の移転です。賃貸マンションやアパートは基本として収益を生んでいく財産ですが、これを贈与することで、以後の収益は受贈者に蓄積されます。贈与者に蓄積され続けた場合に財産の増加が生じることで増えていたはずの相続税が抑えられるかたちです。

次に、財産の値上がりによるデメリットの回避です。現在はご存知のとおり地価が上がっていく時代です。その点、相続時精算課税では、贈与された財産は相続の際、贈与時の時価で相続財産に加算されることになっています。土地が値上がりした場合の相続税の負担増を抑えられることになるわけです。

さらには、相続トラブルの予防です。財産を生前贈与しておくことで、贈与者が亡くなった際の遺産分割の対象から原則これを除外できます。加えて、経営者であるオーナーとして、事業を的確に引き継げる人材を複数の子どもの中から贈与のかたちで選べるといったことも、安心材料のひとつでしょう。

その上で、以上のようなメリットは、2,500万円の特別控除があることなどで、一度に多額の財産を贈与する場合に向くともいえる相続時精算課税制度の特長も相まって、実現しやすくなるものといえるでしょう。

──納税額の多い、少ない一辺倒ではない、広がりをもった判断も必要ということですね。

そのとおりです。場合によっては、「相続に比べ、節税面では劣っても贈与の方が自分にはよい。なかんずく相続時精算課税制度の方がよい」と、いった判断をされるオーナーや、そのご家族がいてもおかしくないと思われます。


野田 洋介(のだ ようすけ)
株式会社アグラデッソ会計事務所 税理士
平成29年7月に株式会社アグラデッソ会計事務所、野田洋介税理士事務所開業。法人・個人事業者の会計、税務顧問によりタックスプランニングや資金繰りコンサルティングを行う。その他、相続対策・事業承継・組織再編・IPO支援等中小企業や個人のコンサルティングを行っている。

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この記事を書いた人

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