知っておきたい名作家具(2) スワンチェアとYチェア
パップ英子
2015/12/25
北欧家具の代名詞的ブランド『Fritz Hansen』(フリッツ・ハンセン)
北欧家具の代名詞的ブランドであり、デンマークを代表するインテリア・メーカー『Fritz Hansen』(フリッツ・ハンセン)。
前回、『Fritz Hansen』のなかから、巨匠アルネ・ヤコブセン(※1)が世に送り出した名作椅子『アリンコチェア』と『セブンチェア』を取り上げましたが、今回もまた、ヤコブセンが生んだ素晴らしいラウンジチェア(※2)についてご紹介したいと思います。
※1アルネ・ヤコブセン…建築家兼デザイナー(1902-1971)
1902年デンマーク・コペンハーゲン生まれ。オックスフォードのセントキャサリンズ・コレッジ、ラディソンのロイヤルホテル、デンマーク銀行など、数多くの建築物を手がける偉大な建築家でありながら、インテリア・デザイナーとしても使い手を第一に考えた名作家具を数多く世に残す。彼が設計した照明や時計なども世界中で広く使用されている。
※ 2ラウンジチェア…ホテルのラウンジにある椅子のように、ゆったりとくつろげる一人掛けのチェアのこと。
曲線のみを採用した革新的な『スワンチェア』
上の画像は、シェル(※)を覆う布と革の張り地の下に、合成素材とウレタンフォームのパディングが施され、一切、直線を使わず曲線のみでデザインされた『スワンチェア』。
白鳥をイメージさせることから名づけられたこの椅子は、前回ご紹介したアリンコチェアやセブンチェアと同様に、アルネ・ヤコブセンの名作家具のひとつです。
ヤコブセンは1958年に、とあるホテルの設計とすべてのデザインを手がけましたが、この椅子はそのホテルのラウンジ用に製作されたものでした。
※シェル…貝殻や木の実のような形状で、座る人を包み込むようなデザインの椅子のこと。
アルネ・ヤコブセンが手がけた世界初のデザインホテル
1960年、コペンハーゲン中央駅の近くに「ラディソンSASロイヤルホテル(Radisson Blu Royal Hotel)」という世界初のデザインホテルが完成しました。
建築家とデザイナーという2つの顔を持つアルネ・ヤコブセン。彼はこのホテルの建築はもちろん、家具、照明、カーペット、ドアノブ、カトラリーにいたるまで、あらゆるデザインを手がけたのです。
『スワンチェア』もまた、彼がこのホテルのために製作したものでした。
ホテルの客室内に設置されている『スワンチェア』。
包みこむような優しい座り心地で、長旅で疲れたゲストを癒やすこの椅子は、北欧デザインを語るうえでかかせない名作チェアとして、世界中のインテリア・ファンに愛されています。
座り心地を徹底的に追求した機能美の名作『Yチェア』
次は、フリッツ・ハンセンのラインナップから、アルネ・ヤコブセンの弟子にあたるハンス・J・ウェグナー(※)の最高傑作『Yチェア』をご紹介します。
徹底的にムダを削ぎ落とし、シンプルを極めたデザインで、「世界で最も美しい椅子」や「椅子の中の椅子」とまで評される『Yチェア』。
なぜ、『Yチェア』なのか、それは、背を支える支柱がYの字だからです。
緩やかな曲線を描くYの形の背もたれは、ひとつひとつ丁寧にスチームを使った曲げ木を加工して製作されています。
※ハンス・J・ウェグナー…1914年4月2日、デンマーク生まれ。
コペンハーゲンにある美術工芸学校の家具科で学んだ後、27歳の時にアルネ・ヤコブセンの建築事務所で働くようになる。その後、独立し、1943年~1946年には自らデザインスタジオを持ちながら自身が卒業した美術工芸学校で教鞭をとり、椅子のデザインを続ける。
Yチェアをはじめ、ピーコックチェア、ラウンドチェア(ザ・チェア)など、現在までに500種類以上もの椅子をデザインし、その作品はニューヨーク近代美術館を始め、幾多の公共機関に多数コレクションされている。ヤコブセンと同様、北欧デザインの最も代表的なデザイナーのひとり。
現在に至るまで、約500種類もの椅子を世に送り出したハンス・J・ウェグナー。
そんな彼の最高傑作と謳われる『Yチェア』は、中国の僧侶が用いた曲ろく(きょくろく)※からヒントを得てつくられたそうです。
※曲ろく…僧が法会の時などに用いる椅子の一種。よりかかるところが丸い。
『Yチェア』が発売された1950年当初、そのシンプルすぎるデザインのせいか、世間の評価は思ったほど高くはありませんでした。発売から10年後、故ケネディ大統領が当時のアメリカ大統領選に立候補した時、彼は討論会で『Yチェア』を使用したそうです。
その映像が全世界に流れて注目を集めたことで、ハンス・J・ウェグナーの名前もまた世界中で知られるようになりました。
いまでは名作椅子として知られる『Yチェア』ですが、その存在が日の目を浴びるまでには、かなり月日を要したのですね。
ゆったりと奥行きのある座面と、背から肘まで緩やかな曲線を描く肘掛けで、快適な座り心地を追求した『Yチェア』。完成された機能美を持つこの椅子の特筆すべき魅力は、時間の経過とともに深い味わいが生まれるところです。
たとえば、オーク材を使用し、35年以上経過したYチェアの場合、使い込むほどに椅子の木肌が美しい飴色へと変わっていくそうです。長い月日を経るほどにいっそう魅力的になるところもまた、名作椅子と謳われる理由のようですね。
北欧ブランドの代名詞、フリッツ・ハンセンのラインナップには、名作椅子が数多く登場します。椅子の話題が続いたので、次は名作『ソファ』を取り上げてみたいと思います。
次回もどうぞお楽しみに!
この記事を書いた人
“FinoMagazin”(フィノマガジン)主宰(編集長)
ハンガリー在住コラムニスト。 食品会社でワインインポーター業務に従事した後、都内の広告代理店に転職。コピーライター、ディレクターとして勤務。百貨店やデパート、航空会社、ベビー・ブランド等のクリエイティブ広告で、インテリア製品のコピーライティング、ディレクション等を数多く手がける。 2013年、夫の国ハンガリーに移住後も育児に奮闘しながら執筆業に邁進。日本の雑誌(出版社)でハンガリー紹介記事(取材・撮影・文)を担当。また、自身とハンガリー人クリエイターとで運営するブダペスト発ウェブメディア“FinoMagazin”でもインテリアを含めたライフスタイル全般コラムを連載。美容メディアにてビューティ・コラム連載、その他、企業のWEBサイトや企画書制作、日本のTV局、広告代理店、メーカーからの依頼でハンガリー現地ロケ・コーディネート等、多岐に渡る業務をこなしている。 自身主宰のハンガリー情報WEBメディア “フィノマガジン” http://www.finomagazin.com/