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洋の東西を問わず行われてきた「上棟式」、宗教的な意味合いと歴史

正木 晃正木 晃

2020/05/25

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デンマークの上棟式(rejsegilde)、常緑樹の葉で作った飾りや旗を屋根に飾る( PKS at Danish Wikipedia)

キリスト以前からあった欧米の上棟式「トッピング・アウト」

英語で「トッピングtopping」といえば、日本ではもっぱら料理にまつわる言葉だ。料理を仕上げるとき、見た目や味あるいは栄養のバランスを改善するために、料理の上に食品などを盛り付けることである。

「トップ(top)」は、名詞として使われるときは「頂上」とか「上部」を、動詞として使われるときは「(上に)かぶせる」とか「仕上げる」を、それぞれ意味する。「トッピング」はこの動詞形から派生した単語だ。辞書を引くと、料理関連の他に、「頭部除去」という意味も書かれている。物騒な意味だが、人間の頭を切り落とすことではなく、園芸の用語として、「こずえの刈り込み」を意味するらしい。

余談めくが、人間の頭を切り落とす斬首の英語(名詞形)は「beheading」・「decapitation」である。ちなみに、映画の『Alice in Wonderland』では、悪役の赤の女王が何かというと、「Off with his head!(やつの首をちょん切れ!)」と叫んでいる。

前置きが長くなった。「トッピングtopping」に「アウトout」を付けると、日本の上棟式に相当する式典を意味する。この場合、「topping out」は動詞形の「top out(頂点に達する)」の現在分詞である。具体的にはどういうことかというと、最後の梁を建物の最上部に設置して屋根を完成させるので「topping out」、つまり「頂点に達する」と表現するようだ。いたって単純明快、即物的な発想と言える。その際、梁の上に、成長や幸運を象徴する常緑樹の葉や枝で作った飾りや旗などを置く。そして関係者一同で、飲食する。

「トッピング・アウト」の起源は、ヨーロッパにキリスト教が広まる以前にさかのぼる。古代の北欧地方において木造建築を作る際、用材として伐採された樹木の霊を鎮めるためにいとなまれた宗教儀式であり、ノルマン人の進出とともに、ヨーロッパの各地に伝わったと考えられている。

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神社本庁が示す日本の「上棟式の基準」とは

鎮魂や飲食のプロセスは、日本の上棟式に通じる。ただし、日本の伝統的な上棟式はもっと複雑で、手がかかる。神道式については、神道界を統括する神社本庁から、上棟式の基準がしめされている。

祭神は屋船久久遅命(やふねくくのちのみこと)・屋船豊宇気姫命(やふねとようけひめのみこと)・手置帆負命(たおきほおいのみこと)・彦狭知命(ひこさしりのみこと)の四柱の神々にくわえ、当地の産土神(うぶすながみ)である。祭祀の順番は、他の祭祀と変わらない。神職による清めの儀礼として修祓(しゅばつ)→神々をお招きする降神→親善に供物をそなえる献饌→祝詞奏上が行われる。ついで、上棟式特有の儀礼として、棟木を曳き上げる曳綱の儀、棟木を棟に打ちつける槌打の儀、餅や銭貨を撒く散餅銭の儀がいとなまれ、最後に玉串拝礼→供物をさげる撤饌→神々にお帰りいただく昇神がいとなまれ、一同で神酒をいただき神饌を食べる直会(なおらい)で終わる。

もっとも、これらは現時点における基本形であり、古い時代は祭神も儀礼も異なっていた。祭神のランクは問題にならないほど高く、最初の神とされる天御中主(あめのみなかぬし)・大日孁貴(おおひるめのむち=天照大神)・月弓尊/月読尊(つくゆみのみこと/つきよみのみこと)というぐあいに、皇室祖神が祀られていた。仏寺の場合、江戸時代には、ヒノキの板で駒形をつくり、表側の中央に大元尊神(たいげんそんしん=天御中主)ならびに家門長久栄昌守護所と書き、その左右に火を鎮める水神の罔象女神(みつはのめのかみ)、雨の神の五帝龍神、木工の祖神の手置帆負命(たおきほおい)、計量や建築をつかさどる彦狭知神(ひこさちのかみ)などの神号を記していた。

上棟式に代表される建築儀礼は、上記の例のみならず、世界中に見られる。建築物を浄化したり祝福するために、動物が殺されて埋められていた事実は、この連載でも、「家」という漢字の成り立ちを記した際に、すでにふれた。屋根を意味する「宀」の下に描かれている「豕」は「犬」もしくは「豚」であり、古代中国では家を建てるにあたり、犬や豚を殺して神霊を祀り、儀礼をいとなんでいたのである。しかし、最も衝撃的な事例は、同じ目的で、人間を殺す習俗である。

たとえば、南太平洋のソロモン諸島ブーゲンビル島に居住するブイン族は、かつて酋長の会堂を新築するにあたり、人狩りをしていた。人狩りされた者は、殴り殺されたうえで解体され、頭と手足を柱壁に縛りつけられて、矢と槍の的にされた。死体は埋葬して10日後に掘り出され、その骨は部位ごとに、死者の霊魂をあらわす木像とともに、建物の特定の場所に祀られた。こうした処置により、殺された者が建物の守護霊になると信じられていたからだ。なんと野蛮で残虐と思うだろうが、日本でも城郭や橋の建設にあたり、いわゆる「人柱」を建てたという話が、虚実入り混じって伝えられているではないか。

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この記事を書いた人

宗教学者

1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』(いずれも春秋社)、『密教』(講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。

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