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奈良の大仏、祇園祭――疫病に対峙してきた宗教の歴史(1/2ページ)

正木 晃正木 晃

2020/04/26

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新型コロナウイルスによって、神社、寺院では祭壇や本堂内での参拝などの自粛が相次いでいるが、近代的な医学が誕生する以前の社会では、疫病の蔓延に対処する方法は、宗教的な領域に頼るしかなかった。

そもそも疫病の原因がウイルスや細菌という知識がなく、眼には見えない何か、たとえば悪魔とか怨霊などの悪しき存在が原因とみなされる場合が多かったようだ。そして、悪魔とか怨霊が原因ならば、それに対処できるのは宗教しかないという理屈である。

今回は疫病退散にかかわった宗教の歴史について、日本の具体的な事例から考えてみよう。

奈良の大仏開眼――総人口の35%が死亡した天然痘

今、世界を苦しめている新型コロナウイルスによる肺炎の致死率(死亡症例数/感染症例数)は、地域によって大きく異なる。3月末時点で人口10万人あたりの日本の死者数は0.04人なのに対し、イタリアは17.79人、スペインは15.64人と報告されている。地域によっては恐怖そのものだが、全世界の平均的な致死率が5%を超えることはなさそうである。
歴史をさかのぼると、致死率が凄まじい事例がいくつもある。
天然痘(疱瘡)は人類史上初めて撲滅に成功した感染症だが、その致死率はかつて平均で20%~50%ときわめて高かった。
16世紀の前半期に、南米のインカ帝国が滅亡した原因も、じつはスペインの軍事力ではなく、天然痘だったようだ。わずか168名の兵士と大砲1門に馬27頭というスペイン軍の力では、いくらなんでも無理である。ところが、スペイン人によって持ち込まれた天然痘は、免疫をもっていなかった人々に襲いかかり、わずか数年間でインカ帝国人口の60~90%を死に至らしめた。

日本でも天然痘は何回も大流行し、歴史を大きく変える原因になっている。
天然痘は、元々日本にはなかったようで、中国や朝鮮半島から、渡来人の移動とともに伝播したらしい。最初の大流行は6世紀の中頃で、ちょうど仏教の伝来と重なっていたから大変である。物部氏を中心とする廃仏派は、日本在来の神信仰を軽んじたので神々が神罰を下したと主張し、蘇我氏を中心とする崇仏派との対立が激化する原因になっている。

最大の流行は、奈良時代中期の天平年間(735~737)だった。このときには総人口の25~35%に相当する100~150万人が死亡したと推定されている。
さらに政権中枢にいた藤原氏の四兄弟(武智麻呂・房前・宇合・麻呂)が737年に相次いで死去。このことで生じた権力の空白を狙って、政敵だった橘諸兄(たちばなのもろえ)が政権を握った。責任を感じた聖武天皇は仏教にあつく帰依し、仏教による救済を願って、東大寺の大仏建立を思いたつ。だから、天然痘の大流行がなければ、東大寺の大仏は造立されなかった可能性が高い。

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この記事を書いた人

宗教学者

1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』(いずれも春秋社)、『密教』(講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。

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