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宗教と病気――切っても切れない深い関係 対応次第で繁栄と衰退が繰り返された歴史

正木 晃正木 晃

2020/03/22

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ブッダ、キリストから空海まで、病気平癒で名を残す宗教家

出典元/ Wikipedia

コロナウイルスが世界中をゆるがしている。こうした大規模な疫病の発生が世界中をゆるがす事例は、歴史にいくらでも見い出せる。そして、今回、韓国における流行に、宗教団体が深く関係していたように、宗教の栄枯盛衰と病気が切っても切れない関係にあったことは、歴史が証明している。

結論から先に言ってしまえば、宗教は病気を癒すことによって繁栄し、逆に病気を癒やせないことによって衰退してきたのである。

宗教が病気を癒すことによって栄えた事例は、開祖や聖人と呼ばれた人物の多くが、病気治療によって有名になった事実から証明できる。
たとえばイエス・キリストの言行録ともいえる『新約聖書』を読むと、イエスは多くの人々を病気から救っている。病気の種類はさまざまで、精神的な領域もあれば、女性の生理不順まである。なかには死人を蘇生させたという伝承まで書かれている。

仏教の場合も同じだ。ブッダが直接、病人を治療したという話はないものの、ブッダの説法がインド医学の病因論・治療論にもとづいているという指摘がある。
典型例は「十二因縁」である。人が迷いに惑わされ死ななければならない原因を、十二の過程で説明する論理構造には、医学の発想を転用した形跡が認められる。また初期仏典には、脳外科手術と思われる記述すら見出せる。



日本に伝えられた仏典の中にも、インドのアーユルヴェーダ医学や中国の漢方にもとづく薬剤の製法や具体的な治療法が詳しく書かれている例がかなりある。実際に治療した話もある。古代や中世の社会では、仏教僧は先端的な知識の持ち主だったから、なんら不思議ではない。

ちなみに日本密教の開祖、空海は薬学に通じていて、著書には中国の医学書がよく引用されている。
また、空海に先行する奈良時代の僧侶、玄ぼう(げんぼう/生年不詳~746年)や道鏡(どうきょう/生年不詳~772年)は、天皇家の病気治療が立身出世のきっかけとなっている。鎌倉時代の後期、庶民のために病院を創立するなど、病人救済で世界的といわれるほどの業績をあげた叡尊(えいそん・1201年~1290年)と忍性(にんしょう/1217年~1303年)も、密教僧だった。

ペストがきっかけになったヨーロッパでの宗教改革

ただし致命率が圧倒的に高い大規模な疫病の発生に、宗教が対処できなかったことも事実である。
その結果、宗教が衰退する原因になったことも疑いようがない。

最も有名な事例の一つは、14世紀の中頃から15世紀の初め頃に、ヨーロッパをゆるがせたペストの大流行である。ペストには何種類かあるが、なかでもリンパ節が冒される腺ペストは、致命率が60~90%に達する。
主にペストに罹ったクマネズミについたノミによって媒介され、全身の皮膚が内出血によって紫黒色になるので、「黒死病」とも呼ばれ、非常に恐れられた。ヨーロッパでは1348~1420年に大流行し、域内全人口の30~60%が死亡したと推定されている。



このときの大流行は、いわゆるグローバリゼーションがもたらしたのではないか、という説もある。この時代、「モンゴルによる平和(パックス・モンゴリカ)」によって、ユーラシア大陸を自由に行き来できる情勢が生まれ、ペスト菌に罹患したクマネズミや人間が東西を自由に行き来した。そのために、中央アジアで発生したペストがユーラシア大陸の全域に広がってしまったらしい。
ペストの大流行によって、世界の総人口4億5000万人のうち、約1億人が死んだと推計されている。

その衝撃は甚大で、社会構造を激変させたほどだった。東アジアでは、モンゴルが建国した元の人口が3分の1にまで減少してしまい、滅亡の一因になったという研究がある。
ヨーロッパが受けた衝撃はもっと激烈だった。30~60%が死亡したというのだから、当然である。人口の減少は労働人口の減少を招き、農奴に頼っていた荘園制が成り立たなくなった。地域によっては、農業の中心が人手のかかる穀物生産から、人手のあまりかからない羊の放牧に移行した。ユダヤ人のせいでペストが流行したというデマが各地で広まり、ユダヤ人に対する迫害が横行した……。

しかし、最大の影響を受けたのは、ローマ教皇を頂点とするカトリック教会だった。
これほどの悲劇を前に、何もできなかったという人々の声が、カトリック教会の権威を根底からゆるがしたのである。ペストの大流行から100年を待たず、カトリック教会に叛旗をひるがえす宗教改革運動が勃発し、プロテスタントが誕生したのは、決して偶然ではない。

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この記事を書いた人

宗教学者

1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』(いずれも春秋社)、『密教』(講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。

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