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空間と心のディペンデンシー

夫婦の危機は簡単に訪れ、ちょっとしたことで去っていく(1/2ページ)

遠山 高史遠山 高史

2019/10/02

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イメージ/123RF

ある40代の主婦の話である。

彼女は美容系の専門学校に通っていたが、卒業後すぐに結婚した。当時、彼女の結婚の知らせを聞いた友人たちは少なからず戸惑った。将来はその美貌を活かして美容の世界で働くか、それこそスカウトにでもあって、モデルとして活躍するかと思われていたからである。さらには、彼女を射止めたという新郎がごくごく普通の大人しそうな男性で、彼女の輝くような美しさの前では少々役者不足のように見えたこともあった。

そんなに早く結婚しなくてもよいのではないか、という意見に対して、彼女は「暖かい家庭を持つのが夢だったから」と答えたものである。そして、結婚後すぐに、中古の物件をリフォームし、自らあれこれと手をいれて、居心地のよい戸建てに収まると、立て続けに3人の子どもに恵まれた。リビングにはソファーが配置され、重厚なダイニングテーブルには季節の花が飾られており、子どもたちが遊んでいる。まさに理想の空間に見えた。

当初、心配していた友人たちも、これなら大丈夫と胸をなでおろしたものだが、40を前にして、雲行きが変わってきた。夫の愚痴が増えたのだ。家事の手伝いをせず、口を開くと小言ばかり、というのが、おおまかな内容である。彼女の話によれば、結婚後、専業主婦だからと、一切の家事は自身が担い、外で仕事をする夫と子どもたちが気持ちよく過ごせるようにと努力したのだが、かえってよくなかった、という。いつしか夫は「俺が稼いでやっている」と言い、「家事など取るにたらない作業だ」と言うようになった。

言うまでもないことだが、家事は極めて創造的で高度な頭脳労働であり、肉体労働である。難しい大学の試験といえども必ず答えはある。しかし、家事に決まった答えがあるわけでなく、その都度答えを編み出さねばならない。掃除、洗濯、3度の食事に加えて、3人の子どもたちの世話。限られた時間の中で、これをこなすためには、経験と、工夫と、適当に、端折り、時にでっち上げも必要になる。

また、勤務時間が決められているわけでもないから、子どもの具合が悪くなれば、深夜だろうと関係がない。マニュアルはないのだ。外で働く夫には、その苦労は見えず、帰宅してすぐに、食事が提供され、風呂が沸いていることも、当たり前になってしまった。何度も離婚を考えたが、その都度、踏みとどまった。しかし、夫の態度は変わらない。悩んだ結果、パートに出ることにした。子どもたちも手が離れたし、家にずっといると、鬱々としてくる。

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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