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空間と心のディペンデンシー

快適な生活がもたらす代償

遠山 高史遠山 高史

2019/06/24

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イメージ/123RF

夏、30歳過ぎの少々青ざめた独身の男性が、「なんとなくだるくよく眠れない」と身体の不調を訴えてやってくる。

「このごろの外の温度は朝から高い。外に出るのは好まない。日本列島ごと何かで覆ってエアコンかけられたら出てもいいとは思う」と彼はいう。私がよく眠るためには、太陽のもとでウオーキングなどがよい説明したときの彼の返事である。

彼は究極のインドア派で、日がな空調のきいた、夜昼のはっきりしない恒常的な光のオフィイスでパソコン向かう仕事。虫は嫌いで、ゲーム大好き。そもそも生まれたときから都心のマンションに暮らし、成人してからも窓も開かず空調が完備したタワーマンションの18階に暮らしている。冬でも夏でもシャツ一枚で暮らせる――とても快適な生活をしているのかもしれないが、彼の不調の原因はそもそも、彼の快適すぎる住まいによると私は思うのである。

人間は多大なエネルギーを費やして快適な空間を作ることに成功した。が、もちろんのことだが、建物の外の環境まではコントロールはできない。建物内の快適な環境を維持するために、都会の異常な高温環境を作り出したりしてしまっている。そして、身体という内なる自然環境も十分コントロールできているとはいえず、むしろ機能を落とす結果を生み出しているように思える。

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脆弱化が進む「自立神経」

身体という内なる環境は主として自律神経系という、大脳より歴史が古く大きいシステムによって保たれている。ただ、このシステムはそれだけで独立してできているのではなく、むしろ外の環境からの刺激を変換し調整して、身体という内部環境を安定化させるよう機能している。環境との仲介役としてのインターファイスでもある。したがって、環境からの刺激がないと何をしていいかわからなくなり、脆弱化しはじめる。自律神経は体温睡眠生殖呼吸腸の動きなどすべてを担っているが勝手に独自に働いているわけではないのだ。

例えば、自律神経の重要な機能の一つである睡眠は太陽の光のリズムに同調することでリズムを整え質の良い睡眠をもたらすのだが、恒常的なリズムのない人工の光の下では、リズムを形成できず、それにより睡眠の質が落ちてしまう。

最近、低体温の子どもが多いが、これが空調によって恒常的環境が生み出されたせいであると指摘された。そのため学校ではなるべく空調を使わず、グランドでの活動を増やそうと考えたようだ。しかし、今度は、熱射病になる子が増えて、教室に空調をつけよという風潮に押されて、方向転換したようである。確かにここ数年、都市部での夏の気温の高さは異常ではあるとはいえ、おそらく、あまりに整った環境に育ったせいで、気温の変化についてゆけない、自律神経の弱い子どもたちも増えたに違いないとわたしには思える。とはいえ、そこでまた快適な空調をつけて環境から子どもを隔離してしまえば、もはや、自然環境の中では生きてゆけない、ひ弱な生き物になりかねないと思えるのである。先の男性が住むような都会の1階に商店も飲食店もそろった便利なタワーマンションは自然が遠いのだ。

自律神経系の重要なもう一つの働き、すなわち生殖力の低下ももたらすのではないかと危惧されている。実際、最近の少子化の傾向を生んだ要因の一つが、自然からあまりに隔てられた環境にあるとも考えられないだろうか。

開発途上国の文明から遠い生活をしている人たちは押しなべて子たくさんであることをよく考えてみよう。あまり快適とはいえないが、少々駅から遠くであれば家賃も安く、風通しだけは抜群で、周辺の緑のおかげで夏は涼しげに感じ、何とか扇風機でしのげる家が本当は健康によいのではないかと私は思うのだが。ちなみにわが家は上記定義に当てはまり、空調がない。

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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