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空間と心のディペンデンシー

快適な「住まい」と心ゆたかな「生活」

遠山 高史遠山 高史

2019/05/20

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イメージ/123RF

昔、娘がハムスターを二匹買ってきた。友だちからペットの話を聞いて羨ましくなり、小遣いでなんとかしようと算段した結果、安価なハムスターを選んだようだ。ただ、うかつなことに、ケージや巣箱など飼育に必要なものをまったく考慮していなかったようで、慌てて物置から使っていない水槽をひっぱり出して、彼らの住まいを作った。ペットショップの店員の話では両方ともメスだと言われたという。

御多分に漏れず、娘はたちまち世話係を放棄して、それは私の仕事になってしまった。妻の意向で、あろうことか水槽は私の書斎に設置されることになった。山の神には逆らえぬ。私は粛々として世話係を受け入れた。

彼女らは日がな、水槽に敷いてあるオガ屑を掘ったりなどして過ごす。ハムスターの中でも小さな種類らしく、手のひらにすっぽり収まるくらいで背中にウリボウのような縦縞がある。

小さいとはいえ、やはり生物で、2日も放っておくと糞尿が匂いだす。もちろん、掃除も私がやる。オガ屑を入れ替え、餌箱を洗って、野菜くずを入れてやる。私の手からひまわりの種を口に運ぶ様は、なかなかに愛らしい。

こうなってくると、俄然愛着が出てきて、水槽にいろいろと手を入れることにした。オガ屑は少ないより多い方が好みのようなので、たっぷり入れてやる。どうやら、乾燥地帯が原産らしく湿気を嫌うので、飲み水の周辺はこまめにオガ屑を変えてやったりと、快適に過ごせるように、あれこれ試行錯誤した。心なしか彼女たちも楽しげにしている。

そうこうしていると、いつも決まった場所にオガ屑が積み上げられていることに気がついた。オガ屑の山を崩すと、中で2匹が丸まって眠っている。どうやらここが寝床のようだった。掃除の度に、マイホームを崩しては気の毒と、寝床のあたりは、しばらく掃除を控えることにした。

ある朝、そろそろ、巣箱を大掃除しようと、オガ屑の山をかき崩した私は瞠目した。2匹であるはずが、そこから飛び出したのは、大小5匹。

彼女たちは、実際は彼と彼女だったわけだ。小さなハムスターは雌雄の区別がつきにくく、店員も嘘をついたというよりは、「恐らく」という副詞をつけるのを忘れたのだろう。

大きい個体が2匹と小さい個体が3匹。水槽は一気に騒がしくなった。
産まれた3匹は、すぐに里子に出したが、再び2匹になったとたんに、片方がもう一方を追いかけ回しているのを見た。以前は、微笑ましい鬼ごっこくらいに思っていたが、雄と雌となれば話は別だ。そして、続けざまに3匹、子どもを産んだ。本によれば、1年中繁殖可能と書いてある。脳裏に「ネズミ算」という言葉が閃いて、仕方なく、2番目の子どもたちを里子に出し、その後、2匹を分けることにした。

水槽と餌箱と水入れをもう一組購入した。なるべく環境を変えないように、オガ屑もそれぞれ同様に敷き詰め、餌も以前にも増して、たっぷりと与えるようにした。最初、2匹はそれぞれ相手を探している風だったが、すぐに隣の水槽に相手がいるとわかった様子で、雄の方が雌の水槽側の壁をひっかくようになった。雌も雄の水槽の方を向いている事が多くなった。

引き離されてから、雄は目立って精彩を欠き、水槽を分けてからほどなく死んだ。雌の方は、それから二か月ほど生きたが、ある冬の朝固くなっていた。

彼らの寿命は、2~3年であるそうで、わが家に来てから2年ほどは経っていたように思うから、寿命と片付けてもよいかもしれない。でも、私は、片割れと引き離されて、寿命が縮んだと思っている。

雄の水槽は、いつだって雌側の壁にオガ屑がうず高く積み上げられていた。雌に会いに行こうとしていたのだろう。

水槽の環境は快適だった。広さも十分あったし、清潔にしていたけれど、引き離されてからの彼らはあまり幸せではなかったように思う。快適な住まいも、孤独の前では意味がないのかもしれない。

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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