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まちと住まいの空間

第7回 伊豆・福浦――南イタリアの港町のような美しさと江戸自体の息づかい(1/3ページ)

岡本哲志

2018/12/19

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どれくらいの人が「福浦」の名を知っているだろうか。ある人に「福浦を知っていますか」とたずねたところ、「知っています」と答えられてびっくりした覚えがある。それは、ご主人がスキューバーダイビング好きで、よく通っていたに過ぎなかったのだが、どうもスキューバーダイビングのメッカとしての知名度は高いようだ。しかし、実際に福浦を訪れ、このような趣味を持つ集団に数多く出合うと、静かな漁村集落とのミスマッチした光景が印象として残る。

珍味の干魚を好物とする人は、福浦という名をよく知っているかもしれない。真鶴半島沖は、とびきりおいしい魚が捕れる。ただ、町中に入り込んでも、真鶴のように飲食店があるわけではない。行き交う人たちは地元住民ばかりで、観光気分で訪れる場所ではない。それでも、時代から長く取り残されながらも、そこに描き込まれる風景は存在感を放つ。

福浦は小さな真鶴の半島を隔てた隣町である。日常的に徒歩で峠越えすることをもはやしなくなった現在、2つの町の距離感は体験的に理解できないほど大きくなっている。忘れがちだが、歩くことは、様々なレベルの空間を自在に身体感覚として認識でき、現在の峠越えもあながち無意味ではないように思う。

真鶴より真鶴らしい町へ

作家の川上弘美は、『真鶴』という地名をタイトルにした小説を書いた。読んでの感想だが、真鶴だけであの痛いほどに視線の奥に内在する空間の深さを表現し得たのかと気になる。真鶴の名を借りて、もう一つ別の世界が潜んでいるように思えた。

福浦の町を訪れようと思い立った直接の理由は、「真鶴より真鶴らしい町」と話していた真鶴町役場の方の一言が気になったからだ。海側から見た真鶴は、家々が入江奥の斜面地にひな壇状に並び、建て込む町並みが一望できる。西日が射し込むころは、家々が日に染まり、南イタリアの港町に迷い込んだ錯角を起こす美しさがある。斜面にできた町の風景が真鶴らしさの一つであるとすれば、福浦はそれをより徹底した斜面地集落を形成した。役場の人は、この風景を見て、福浦が真鶴より真鶴らしく映ったのだろうか。しかしながら、真鶴のようにいっぱいに日を受けた明るさが福浦にはない。地形条件が異なるために、日を浴びる斜面地に家が建てられない。川を挟んだ両側は、風雨とともにまるで日差しを避けるように、家々が密集する。

自然の猛威からさける営みの工夫は、中世の真鶴と類似する環境である。真鶴の原風景は窪地の比較的平坦な土地から出発する。一方の福浦は、はじめから斜面地に成立しており、真鶴らしさの原型の一つが福浦に色濃く残り続けてきたことになる。

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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