BOOK Review――この1冊 『現代語訳 論語と算盤』
BOOK Review 担当編集
2021/02/22
『現代語訳 論語と算盤』 渋沢栄一 著/守屋淳 訳/ちくま新書 刊/定価 820円+税
2024年度から刷新される新1万円札の〝顔〟として、はたまた2021年NHKの大河ドラマ『青天を衝け』の主人公として、改めて渋沢栄一に脚光があたっている。
渋沢家――さまざまな分野に広がる子孫、財産より人脈を残した家系
「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一は、明治から大正にかけて、約470の会社の設立に関わった、日本近代史上の偉人だ。
その栄一が生涯手放さずに座右の書としたのが、人の生き方や倫理規範などについて書かれた中国の古典「論語」だ。健全な資本主義の運営、育成には、私欲のために富を独占する人や企業が生まれないようにするための歯止めが要る。その歯止めの役割を果たすのは、「論語」が説く道徳であるというのが、栄一の生涯を支えた哲学であった。
本書は、論語(道徳)と算盤(実業)の調和を目指した栄一が、自身の生き方や経済への考え方などについて、様々なところで行った講演の口述筆記を現代語訳したもの。数ある「渋沢本」のなかでもとりわけ読みやすく易しい入門書として、2010年の初版発行以来長く親しまれてきた一冊だ。19年に栄一が新一万円札の顔となると発表されて以降はさらに読者が増え、「渋沢本」の決定版的立ち位置を確立。50万部まで版を重ねている。
「論語と算盤の調和」とはどんなことを指すか。本書の中から、栄一が端的に述べている箇所を引用する。
「実業とは、多くの人に、モノが行きわたるようにするなりわいなのだ。これが完全でないと国の富は形にならない。国の富をなす根源は何かといえば、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ。そうでなければ、その富は完全に永続することができない。ここにおいて『論語』とソロバンというかけ離れたものを一致させることが、今日の急務だと自分は考えているのである」
簡潔かつ力強い言葉もまた、栄一の魅力だ。しかしその魅力が形成され、社会で活躍するまでの途上は、なかなかに数奇なものでもあった。
幕末に埼玉の豪農の息子として生まれた栄一は、物心がつくかつかないかの頃から「論語」や「史記」などの書物に親しむ利発な少年だった。多感な時期を尊王攘夷論が形成されるなかで過ごした栄一は、やがて自らも勤王の志士として立ち上がり、一時は仲間と共に高崎城乗っ取りや横浜焼き討ちを企てた。
その計画がすんでのところでとん挫すると、縁あって一橋慶喜の家臣となり、武士の身分に。尊王攘夷の信念を曲げ、慶喜と共に、幕府の側から世の中を変えていく道を探り始める。しかしその志も道半ばであきらめざるをえなくなった頃、幕府にパリ万博への招待の知らせが届く。これに栄一も随行員として渡航。約一年ほどの留学のなかで、資本主義を土台とする西欧諸国の経済力の強大さを目の当たりにする。
この時、実業によって国を富ませることの重要さを実感したことが、その後の栄一の生き方を決定づけたといわれている。
グローバリズム、デジタルトランスフォーメーション、気候変動、そしてパンデミックと、かつてないほど急速で甚大な変化の波にさらされている今だからこそ、明治維新という歴史の大転換を経験し、国のために自らが立つという意思のもとに日本資本主義の基礎を築いた偉大な先人の背中は、まぶしく映る。
2021年は栄一の没後90年にあたるが、誠実さと勇気に満ちた生き方、哲学は少しも古びず、今日を生きる私たちに多くの学びを与えてくれる。
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ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集
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