返済比率25%〜35%は昭和・平成の幻想 令和時代の住宅ローンでの返済計画に求められるもの
牧野 知弘
2021/11/30
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住宅ローンの破綻はこれからが本番?
日本においては収束の傾向を見せている新型コロナ。しかしオミクロン株の出現でいまだ予断を許さない状況が続く。約2年近くにわたって日本社会を蝕んできた裏側で、住宅ローンの延滞問題が生じている。
フラット35を提供している住宅金融支援機構の調査によれば、ローン返済が困難になっているリスク管理債権が貸付金残高に占める比率は、2019年度で3.20%であったのが、2020年度には3.48%に上昇。2021年度にはこの数値がさらに悪化することが見込まれている。延滞者はすでに8万人を突破しているとの報道もある。
コロナ禍によって、収入が減少してしまったことが主な要因である。勤め先に解雇される、給与が減る、賞与が減るまたは支給されない、事業主は売上が減少するなど、コロナ禍は多くの人々に多大な影響を与えている。
フラット35では貸付条件として、ローンの年間総返済額を年収400万円以上では、年収の35%を上限としているが、一般的には年収の25%程度を上限とされている。
住宅ローンを延滞し始めると気を付けなければならないのは、民間金融機関から借りている場合、貸付開始当初に優遇金利の適用を受けていると、その優遇がなくなり、店頭金利に切り替えられてしまうことだ。ただでさえ返済が苦しいのに金利を一方的に上げられてしまうのは「池に落ちた犬を棒でたたく」に等しい仕打ちにも見えるが、金融機関はこうしたケースでは結構冷酷である。
また延滞が3カ月から6カ月も続くと、「期限の利益の喪失」を主張され、自宅を強制競売にかけられてしまう。それによっても債権額の回収ができない場合には、自己破産にまで追いつめられるケースもある。
対応策の多くは、早めに金融機関に出向いて一定期間の返済猶予やローン期間を延長することで毎月の返済額を減額する、ボーナス払いを停止してもらうなどの方法があるが、いずれの策も借り入れた債権額自体が減るわけではなく、問題を先送りにしているにすぎない。一番の対処法は、任意売却で売り払ってしまうことだ。ローン残高よりも売却額が高ければ、という前提がつくが。
「安いニッポン」 喜ぶのは外国人投資家ばかり
延滞者増加問題は、一見するとコロナ禍による非常事態であるために生じた騒動のように感じるが、実は日本社会では住宅ローン破綻はこれからが本番である。ローン返済額が年収の35%はもちろんのこと、25%であっても住宅ローンを返済していくには、「想定外」の出来事が頻発する恐れを想定しておく必要がある。
アベノミクスでは異次元の金融緩和を行い市場に大量のマネーを供給したことで、株式や不動産価格が上昇した。また低金利政策は、通貨安をもたらし、円の対ドル相場は円安が進行、現在で113円から115円台を推移している。
これまで輸出型産業で発展してきた日本は、円安を歓迎して円高を警戒する癖がついているようだが、自国通貨が安くなることを喜ぶ国は少ない。通貨が安いということは国際市場においての購買力が落ちるからだ。「安いニッポン」を喜ぶのは日本にやってくる外国人観光客であり、日本の不動産を買い漁る外国人マネーだ。
日本は今や世界市場の中で勝ち残っている製造業は少なく、むしろ原材料の輸入価格は上がり、自給率37%(カロリーベース)で、多くを輸入に頼る食料品の小売価格は近年次々に値上げが発表されている。輸入食料品というとチーズだとかバターなどの乳製品やオレンジなどの果物が良く話題になるが、今や国際市場ではマグロなどの高級魚も買い付けられていて、日本勢は中国などに買い負けているのが実態だ。
日本人の生活をベースに円安をみれば、食料品の値上がりだけでなく、電気代、ガス代が上がる要因になる。水道はすでに既存施設の老朽化のために水道代の値上げが相次ぐ。原油価格の上昇は、車なしでは生活できない地方の人々の財布を痛めつけている。社会インフラコストの値上げは、鉄道や航空といった交通費の上昇、物流費の上昇を促す。
日本ではまだあまり注視されていないが、気候変動、地球温暖化の状況は、食糧生産に大きな影響を与えつつあり、高くなった食糧を世界市場で中国など他国に「買い負ける」日本の姿が浮き彫りになっている。2050年カーボンニュートラルは間違いなく生活インフラである電気、ガスの価格を引き上げることになる。
つまり、令和の時代、生活コストは急上昇していくことが避けられない中、円安に甘んじ、安いニッポンをなんとなく是としていくのが日本はますます貧しくなるリスクと向かい合わなければならないのだ。
ばらまきのツケは必ず来る 返済比率は20%以下にして己の身を守れ
住宅ローン返済額が、年収の35%だ、25%以内だという基準があくまでも昭和平成の時代の延長線上にある生活を前提としていることにいまだ多くの日本人は気が付いていない。
残念なことにこの四半世紀、日本人の一般世帯の年収はほとんど上昇していない。1人あたりのGDPも韓国に抜かれる事態に陥っているのが今の日本の実態だ。雇用は今後もどこまで保証されているのか、退職金は予定通りもらえるのか、年金はちゃんと支給されるのか、多くの人はなんとなく昭和平成の流れで自分たちの今後の人生を夢想している。
この先、日本人にさらに待ち受けているのが増税だ。ばらまきに余念がないようにみえる現在の政府だが、コロナ禍での給付金、支援金をはじめ、これらのおカネの支給は、将来必ずツケとして増税で戻ってくる。消費税率は当然引き上げられ、所得税や地方税も増税ラッシュになることは間違いないであろう。花咲爺さんは世の中にはいないのである。
日本は物価が安いから生活がしやすい、などと喜んでいる場合ではなく、コロナ後にやってくる日本の現実に多くの人が驚愕することになるだろう。そのとき、あなたの住宅ローンはどうなっているだろうか。あたりまえだが、ローン元本は返済していない限り、厳然と存在し、毎月あなたに返済を要求してくる。どんなに生活が苦しくなっても返済だ。会社の給料は上がっているだろうか。ダメなら売ればよい——これも昭和平成脳だ。
今後、人口減少は勢いを増し、高齢化が進むにつれ、一部の投資用不動産を除いては、一般の住宅に対するニーズは急激に落ち込んでいくだろう。それでもあなたが借りた住宅ローンは毎月「返せ、返せ」の大合唱だ。
令和における年収に対する返済比率は20%以下にしておくことが、これからの身を守ることになりそうだ。
この記事を書いた人
株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役
1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。