土地値や建築費上昇が原因ではない 新築マンションの価格が上がっているワケ
牧野 知弘
2021/10/09
イメージ/©︎smallcreativeunit・123RF
うなぎ上りの新築マンション 庶民には高嶺の花
新築マンション価格がうなぎ上りである。不動産経済研究所の調査によれば、2020年、首都圏1都3県で供給された新築マンションの平均価格は戸当たり6083万円と、ついに6000万円台の大台を超えた。1平方メートルあたり単価でも92.5万円と、90万円台の大台に突入した。東京都区部に限ってみればその価格はなんと7712万円だ。マンションはもはや一般庶民にとっては高嶺の花といってもよい存在になっている。
2020〜2011年の首都圏マンション価格の推移[単位:万円( )内はm²単価]
出典/不動産経済研究所「全国マンション市場動向—2020年のまとめ—」
リーマンショック前の07年、4644万円だった首都圏1都3県における新築マンション平均価格は、この14年間で31%もの急上昇を示した。
いっぽうで新築マンションを求める、我々の収入は物件の値上がり分だけ増加しただろうか。厚生労働省が発表する我が国の1世帯あたりの平均所得金額は07年〜18年の間に556万円から552万円と、残念ながらほぼ横ばいで推移している。
1世帯当たり平均総所得金額の年次推移(単位:万円)
出典/厚生労働省
つまり財布の中身はちっとも増えていないのに、買いたいマンションの価格だけが一方的に値上がりしているという構図になっているのである。これでは新築マンションの購入がしんどくなるのはあたりまえだ。なにせ新築マンションの価格は年収の11倍、都区部ならば14倍もするのだから。またこの勢いのままでいけばやがて新築マンションは我々一般国民の手の届かないところに行ってしまうのではないかと不安に駆られる気持ちも頷ける。
小さなケーキを分け合う「メジャー7」
だが、ちょっと待て、である。ここで私たちが冷静に考えなければならないのが、では「こんなにお高い」マンションを買っているのは誰なのかということだ。面白いデータを示そう。
04年当初、首都圏1都3県の新築マンションは8万5429戸供給されていた。
ところが20年はコロナ禍の影響があったとはいえ、2万7228戸と3万戸割れになっている。コロナ前の19年でも3万1238戸だ。首都圏における新築マンション供給戸数はこの15年あまりの期間で、なんと3分の1に縮小している。またこの間、新築マンションを供給するデベロッパーの数は4分の1に減少しているのだ。
2020〜2011年の首都圏マンション発売個数の推移(単位:戸)
出典/不動産経済研究所「全国マンション市場動向—2020年のまとめ—」
新築マンションマーケットは、大相撲でいえば、土俵が3分の1に小さくなって、これまで前頭14枚目までで競っていた力士が、小結以上で相撲を取っている状況にある。よく新築マンション業界では、メジャー7(三井、住友、三菱、野村、東京建物、東急、大京)などと称しているが、残った彼らで小さくなったケーキを分け合っているのが新築マンションマーケットの実態だ。
つまり、新築マンションは良く売れているから(需要があるから)、人気で高くなっているのではなく、需要がなくなったので、デベロッパーが供給を絞って特定の顧客にだけ販売している構図が見えてくる。
誰に売っているのか 価格上昇の本質は?
マーケットが縮小しているためにプレーヤーも少なくなった。さて、彼らはいったい誰に対してマンションを売っているのだろうか。
2010年と20年における各年で供給された新築マンションを価格帯別に比較してみよう。仮に分譲価格8000万円より上を高額物件とする。10年では全体の供給戸数4万4535戸のうち、高額物件は1972戸、全体戸数に占める割合はわずか4.4%にすぎない。ところが20年をみると、高額物件は3925戸で、全体に占める割合は14.4%にもなっている。つまり、縮小したマーケットの中で、メジャー7などのプレーヤーが相手にしている顧客は、一般庶民というよりも8000万円オーバーのマンションを購入できる「お金持ち」なのだ。
2010年と2020年の新築マンション価格帯別供給戸数
出典/不動産経済研究所
結論を言えば、最近の新築マンション価格が上昇しているのは、表面的には土地代が上がっているだとか、建物の建築費が上昇傾向にあるなどと分析、説明されるが、本質は違う。供給側が客を選んでいるのである。
8000万円を超えるような物件を喜んで買っている顧客のプロフィールは次の4つだ。①富裕層、②国内外の投資家、③高齢富裕層の相続対策、④夫婦ともが上場企業に勤務するパワーカップル、以上だ。
新築マンションマーケットは、不動産マーケット全体の中では年々縮小傾向にあり、もはや業界の中では決して大きなセグメントではない。不動産大手が、ここ十数年の間に、マンション供給会社を次々本体から切り離して別会社化してきたのは、その表れだ。
マンションストックはすでに660万戸を超える。首都圏での中古マンションの成約件数は20年で3万5825戸。すでに16年から新築マンションの供給戸数を上回っている。
最近の中古マンションは設備仕様も、築浅のものであれば新築と大差ないどころか、価格を抑えるために設備仕様を落としている最近の新築物件よりも、設備仕様の優れている物件も多い。賢い人たちは、中古物件をじっくりと品定めして取得しているのだ。
住宅が不足した時代は過去のもの。賢くマンション選びをしたい イメージ/©runna・123RF
したがってメディアなどで、新築マンションマーケットを取り上げて、その価格が上がった、上がったと騒ぎ立てるのは私にはマーケットの実態をよく分かっていないとしか思えない。そしてこの話題に翻弄されて、ローンの低金利や所得税減税などの甘い蜜(罠?)にすがって多額の借金を背負い込む一般庶民のなんと多いことだろうか。コロナ禍の現在、④には該当しない一般庶民が期間35年などの長期ローンを設定して買った物件で破綻が始まっている。住宅ローンの延滞者は現在、8万人超にも及んでいるのだ。
まったくフィールドの違う世界になってしまった新築マンションマーケットで、これまでと同じ昭和平成脳で、とにかくマンションを買おうとする人たちは、現実を全く理解できていないと言われても仕方がない。
住宅が不足していた時代の残り香で、新築マンションを追いかけまわすのは令和の時代には終わりにしたいものだ。
この記事を書いた人
株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役
1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。