牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#20 コロナ終息までホテルは生き残ることができるか
牧野 知弘
2021/02/16
疫病、政治、テロ…ハイリスクな宿泊業界
今回のコロナ禍で最も深刻な影響を被っているのがホテルや旅館といった宿泊業界といわれている。実際に影響はかなり深刻だ。観光庁が発表する宿泊旅行統計調査によれば、緊急事態宣言が発令された2020年4月の宿泊施設の平均稼働率は16.3%という惨憺たる成績に終わった。前年同月が65.0%であるから、落ち込みがいかに深刻であったかがわかる。カテゴリー別にみてもビジネスホテルが20年4月で24.7%(前年同月79.2%)、シティホテルが11.9%(同83.0%)と目を覆わんばかりの惨状だ。延べ宿泊者数でみても971万人泊と前年同月の19.1%の水準まで落ち込んでいる。とりわけ外国人宿泊者数はわずか20万人泊に留まり、対前年同月比でなんと1.8%の水準になっている。同年7月から始まったGoToトラベルキャンペーンによって一時は息を吹き返したかにみえた業界だが、21年1月になって再び関東、関西などの一部エリアに緊急事態宣言が出され、相次ぐ予約キャンセルに頭を痛めているのが現状だ。
新型コロナの再拡大により、すったもんだのGo To トラベル/画像はGo To トラベル事務局HP
ホテルなどの宿泊業界には一般的に次の5つのリスクがあると言われている。
•政治リスク
•戦争・テロリスク
•経済リスク
•天変地異リスク
•疫病リスク
政治リスクとは国同士の仲が険悪になり、両国の往来に影響を与えるリスクである。卑近な例では日本と隣国の韓国との間の仲たがいだ。
宿泊業界は今回のコロナ禍で大きく成績を落としているように見えるが、実際は18年夏くらいから、日韓関係が険悪になるにつれ、韓国人訪日客が減少している。コロナ前の19年、韓国からの訪日客数は558万人にとどまり、対前年比で25%も減少している。
韓国との関係悪化は宿泊業界にとって大きなリスクだ/韓国 青瓦台©Efired・123RF
戦争・テロリスクも、心得るべきリスクだ。2001年のニューヨークでの同時多発テロに際しては、当時私は三井不動産の子会社の三井ガーデンホテルに勤務していたが、同じ三井不動産傘下のハワイの超高級ホテル、ハレクラニホテルの稼働率が20%台にまで落ち込む姿を見聞している。ちなみにハワイとニューヨークは直線距離で8000キロメートルほど離れているのにその影響の激しさに驚いたものだ。
経済リスクはリーマンショックのような大きな経済停滞が生じる結果、人々の移動が減少するリスクだ。天変地異は11年の東日本大震災のような大地震や火山の噴火、台風などの災害によるリスクを言う。
そして最後が疫病リスクだ。実は宿泊業界ではこれまでも、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)が世界的に流行し、宿泊業界に影響を与えた例がある。しかし、今回のコロナ禍は、世界同時多発で猛威を振るい、世界中の人々の足を止める事態に発展した。そうした意味では他のリスクも含めて今回のコロナ禍は宿泊業界にとってはまさに未曽有の出来事といってよいだろう。
ポスト・コロナ時代 宿泊業界はどうなる
それではポスト・コロナ時代に宿泊業界はどうなってしまうのだろうか。まず注目しなければならないのが、19年で3188万人を超えていたインバウンド(訪日外国人客)需要がいつになったら戻ってくるのか、あるいは本当に戻ってくるのか、という問題だ。
再び外国人訪日客で賑わう日はいつになるのか/銀座4丁目交差点©︎tktktk・123RF
私は感染症の専門家ではないが、コロナ禍が1918年から20年に流行したスペイン風邪の時のようにやがては人類の手によって終息させられていくと考えている。これまで終息できなかった感染症はなく、ここは人類の叡智に期待したい。また今回のコロナ禍に対する意識が高じて、人々が移動するという選択肢を全くもたなくなるとも思えない。動物は基本的には移動しながら生きるものだからだ。
しかし、ワクチンが開発される、あるいは様々な感染症対策が早急に講じられるようになったとしても、コロナ前の水準にまでインバウンドが戻るにはおそらく2~3年はかかるのではないかと思われる。たとえ今年のかなり早い段階でワクチンが行き渡り、コロナ禍が終息の気配を見せたとしても、日本にやってくるインバウンドの大半は航空機を利用してやってくる。ところが世界の多くの航空会社は機材を売り払い、パイロットやキャビンアテンダントを解雇している。本格的な回復には一定のタイムラグをみなければならないのだ。
またマイクロツーリズムと称して、国内客による近場の旅行を促進しようという動きもある。たしかに19年における延べ宿泊者数5億9592万人泊のうち国内客は4億8027万人泊。国内旅行客の需要をもっと喚起することができれば盛り返せるというわけだ。だが、コロナ禍がやっかいなのが、インバウンドに期待できないから国内客で代替しようにも、緊急事態宣言が発せられるような状態では、相変わらず県境またぎをされることに対してさえこれを禁止、抑制しようとする自治体が多くみられ、到底需要の獲得には至らないことだ。景気の悪化により、勤労者のボーナスや給与の減少、リストラなどの話題も出始めたことも、旅行という「ハレ」の場を提供する宿泊業界には頭の痛いところだ。
財務が脆弱な企業は淘汰される可能性も
宿泊業界はしばらく我慢の時間を過ごすことになりそうだ。ただこの業界は財務状況が脆弱な企業が多いので、この間において施設の淘汰がかなり行われるのではないかと予想している。特に18年から20年にかけて都内や京都、大阪では多数の新築ホテルが立ち上がった。これらのホテルは土地代が高く、東京五輪を控えて建築費もうなぎ上りの状況下に建設されたものが多い。営業計画もインバウンド需要を過大に当て込んだものが多かったため、需要が消滅し、借入金が過多な施設では今後経営が持たなくなるところが増えると予測している。
淘汰される対象はホテルや旅館だけではない。ホステルの看板で急成長した簡易宿所や、18年に新法が制定され、設置数を伸ばしてきた民泊のような小資本の施設にとっては、2~3年という我慢の時間は死亡宣告をされたに等しい。実際に民泊件数は20年5月以降前月比で減少に転じている。
そうした意味では今回のコロナ禍は、インバウンドの急増や東京五輪の需要を当て込んで雨後の筍のように続々と新築ホテルを建設してきた宿泊業界に冷や水を浴びせる結果となりそうだ。しかし考え方を変えてみれば、今回の騒動で一部「無理筋」で進出してきた有象無象が退場し、業界として再出発するには良い機会になったともいえるのではないでだろうか。
投資の世界は弱肉強食 「買い」のチャンスか
ポスト・コロナにおいて宿泊業界が再出発をする際に、むしろ気を付けたいポイントは宿泊需要の変化だ。コロナ禍において、多くの企業で出張を問い直す動きが顕在化していることだ。
オンライン上での会議を行うことを余儀なくされた多くの企業では、逆に社内会議程度であれば、十分できるという認識を持つに至った。たとえば本社と支社、あるいは子会社間の会議ではこれまで互いが出張をして顔を合わせてきたのが、Zoomで済ませるようになると出張そのものが削減される。これはビジネスホテルにとっては相当の痛手になりそうだ。ただでさえ、今後の日本は人口減少の影響でビジネスに携わる人の人口が減少することが予想されていることから、今後多くのビジネスホテルで経営に苦しむところがでてきそうだ。
都内や大阪、名古屋といった大都市のシティホテルは宿泊客に加えて宴会客が消滅し、婚礼の延期やキャンセルが陸続して阿鼻叫喚状態だ。もともと人員を多く抱えるシティホテルにとって、コロナ禍による移動の自粛や宴会の消滅が長引くようになれば、まずは財務体質の弱い地方の老舗ホテルなどが経営危機に陥る可能性が大きい。だが、大手のホテルは本業とは別にオフィスビルなどを併設しているところも多く、コロナ禍が収まるまでの冬ごもりはできそうだ。
またリゾートホテルなどは、Go Toのはじまった7月以降潤ったホテルが多かった。海外旅行に行けなくなった富裕層が予約しているもので、都会の「密」を離れてリゾートでのんびりしようという需要が一部顕在化したのだ。だが再度の緊急事態宣言は、一時的に回復したリゾート需要にも再び冷や水を浴びせることになっている。
宿泊業界はおそらくこの2、3年は冬の時代が続くかもしれないが、この期間淘汰される宿泊施設のうち、優良な資産を仕込むチャンスでもある。すでに一部のキャッシュリッチな企業や投資家は、倒れそうなホテルや、旅館の不動産や運営会社そのものを狙い始めている。屍はきれいにお掃除され、再びお化粧直しされて数年後に登場する。投資の世界は弱肉強食。これからの数カ月は「買い」のチャンス到来と言ってよいだろう。
この記事を書いた人
株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役
1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。