牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#21 コロナ禍と東京五輪開催に翻弄される『HARUMI FLAG』の行方
牧野 知弘
2021/04/21
HARUMI FLAG・PARK VILLAGEサイドからの外観/©︎編集部
メディアを賑わす『HARUMI FLAG』
コロナ禍がいっこうに収束を見せないなか、東京五輪選手村での利用後に分譲・引き渡しを予定している大規模マンション群、HARUMI FLAGがメディアを賑わしている。このマンションですでに購入の契約をしている客の一部、約20名が、東京五輪延期により、引き渡しが1年遅れたことに対する補償を求めて、東京地裁に民事調停を申し出たからだ。
HARUMI FLAGは計画戸数5632戸、東京都中央区晴海に建設される大規模マンション群だ。このうち分譲されるのは全体戸数の74%にあたる4145戸で、19年7月に始まった中低層棟の分譲ではすでに約900戸あまりが売買契約を締結しているという。五輪終了後に建設が予定されている高層棟(2棟1455戸)を除いては、建物はすでに完成、五輪終了後に間取りなどを含めて全面リニューアルを施して引き渡すため、中低層棟の引き渡しは2023年3月を予定していた。
ところが長引くコロナ禍とそのことを理由とする五輪延期によって、売主である三井不動産レジデンシャルを幹事会社とするデベロッパー11社は、契約者に対して引き渡しの1年延期を申し出たのだ。
入居を予定していた契約者には確かに気の毒な部分がある。投資用で購入する投資家はさておき、実需での利用を考えた場合、現在居住中の賃貸マンションの契約延長の問題、子どもの学校の問題など、たかが1年されど1年である。1年分の賃料くらい補償してほしい、という気持ちも分からなくもない。契約者側は説明会の開催を迫ったが、売主側はこれを拒否。そのことで両者の関係が険悪になったとの報道もある。
一方で、売主側も今回のコロナ禍による五輪開催延期は想定外の事象であり、本来ならば契約締結後の買主からの契約解除は、既に受領している手付金(購入価額の10%程度)については、返済せずに没収してしまう(手付流し)こともできるのだが、今回はノーペナルティでの解約に応じているという。
ならば延期によって人生計画が狂ってしまう契約者はさっさと契約解除して別のマンションを探せばよい、これが売主側の理屈だ。しかも通常のマンション売買契約書には、天災などの不可抗力な事象を原因とする引渡しの遅延については免責される条項が入っているはずだ。さすがに延期を売主側の人為的なミスとすることに関しては、今度はデベロッパー側に同情の余地がある。
結論としては、契約者の気持ちは理解するものの、補償などの要求はやや「無理筋」というものだ。担当する弁護士もいきなり裁判に訴えることはせずに調停に持ち込んでいるところをみても、裁判所で闘うことにあまり勝ち目はないと思っているのではないだろうか。
裁判所からしても、こうした案件がきても「まあ、お客さんの気持ちも分からないではないが、売主は大手さんばかりなのだからあんまり喧嘩せず」くらいの気持ちだろう。もともと東京都から都有地を異常に安い値段でデベロッパー各社に卸されているわけだから、ちょっと補償くらいしてくれたって、という買主側の思惑も透けて見える。
結論は「もう振り回されることはやめてしまおう」
現在、国民の大半が東京五輪の中止または再延期を望んでいるという。でも国はなんとしても開催の方向に舵を切ろうとしており、すでに聖火ランナーを走らせるに至っている。五輪に振り回されているHARUMI FLAGだが、一向に先が見えない視界不良のなか、どうしていけばよいのだろうか。結論は「もう振り回されることはやめてしまおう」というものだ。
まず、五輪が中止となれば話は簡単だ。今すぐリニューアル工事にかかることしかない。従来、2年半をかけて間取りの変更、内装などのやり替えを行うことを予定してきたが、選手村として使われないのだから片付けもなく、多少工期を早めることができるかもしれない。
最速でかかれば23年の夏くらいまでに引き渡せる可能性がある。ただしオリンピックレガシーとしての価値はなくなり、勝どきの駅からめちゃくちゃ遠い海辺のマンションという、あまり冴えない物件となってしまいそうだ。なにせ勝どき駅周辺には徒歩圏内に既にたくさんのタワマン群がそびえる。その中を歩いて海風吹きすさぶマンションに帰る気持ちはあまり盛り上がりそうにない。まだ残り3000戸以上の住戸を売らなければならないデベロッパー側もまことにご苦労様というしかない。
再延期はどうだろう。また1年後開催ということになれば、引き渡しは当初予定の23年3月から25年3月に遠のくことになる。購入を決断したのは19年。婚約から6年というあまりに遠い結婚式を待つ男女のような気分だ。6年も経てば家族構成も変わる。今はかわいい息子がグレたり、娘は口も利かなくなっているかもしれない。学校だって変わっているかもしれない。6年経てば小学校だって卒業だ。
さらに24年にはパリ五輪があるから、28年のロス五輪の後、つまり32年の開催に廻ろうという意見がある。そうなってはもはや絶望としか言いようがない。今から11年後、マンションはすでに19年に竣工済みであるからリニューアル後の34年入居、つまり築15年のマンションを引き渡されてもワクワクなんてするだろうか、という話になる。これはもう、選手村は別に用意したほうがよいことは言うまでもない。
選手村としての利用を諦めてはどうか
さて、五輪関係者は石に噛り付いてでも五輪を開催したいとのことだが、仮に行うとしても、日本にやってくる選手や競技関係者の数は極端に少ないだろう。すでに海外からの五輪観客の受け入れは行わないことになった。選手村を利用する選手も少なく、おまけにPCR検査実施、外出もままならない、そんな選手村に多くの日本人がワクワクするだろうか。
いっそのこと、もう選手村として利用することを諦めたらどうだろうか。今、少なくとも選手村としての利用をやめて、リニューアル工事に入れば、多少の遅れがあっても23年の引き渡しが大きく遅れることはない。デベロッパーは売りにくくはなるだろうが、もはや「無理くり」で行われた五輪の「選手がいたんだがいなかったんだか分からない」選手村の後のマンションに過度の不動産的価値を期待するのはそれこそ「無理筋」というものだ。もともと土地代はめちゃくちゃ安かったのだ。思い切り安売りしてさっさと売りさばけばよい。
それで、やってくる選手たちはどこに滞在するか、といえば簡単だ。コロナ禍で苦しむ都内のホテル・旅館の部屋を選手、競技関係者たちに利用してもらえばよい。菅さん得意のGo To ホテル&旅館だ。
都内の多くの宿泊施設は長引くコロナ禍で稼働率は10%程度と阿鼻叫喚状態だ。そんな彼らを救うことがGo To だったはず。選手村はさっさとマンション仕様にお化粧直しして早く売り払う、選手たちには弱り切ったホテル・旅館に宿泊してもらう。
海外からの観客が来ないことが決まり、日本人観客だって制限されることになるかもしれない。全館PCR検査体制を万全に整えたうえで、一棟丸ごとお泊りいただければ、日本流の「お・も・て・な・し」の真髄を味わっていただけるはずだ。
これだけのこと、リーダーの意思で決められるはずだ。放置しておけば経済的被害はどんどん拡大する。そして人々は疑心暗鬼となって無理や無駄な闘争が始まる。HARUMI FLAGを早く楽にしてあげようではないか。
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この記事を書いた人
株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役
1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。