新型コロナ後、インバウンドの考え方は ガラリと変わる
小川 純
2020/06/29
緊急事態宣言下の浅草仲見世通り(4月19日撮影)/©︎OGW417 Studio
大きな経済的なダメージを与えた新型コロナウイルス。その影響はすべての産業に及んだ。とくに少子高齢、本格的な人口減少にある日本にとって国内消費を支える新たな産業の柱として期待されていたインバウンドは壊滅的な打撃を受けた。これまでもリーマンショック、東日本大震災や、韓国のボイコットジャパンなどによって、インバウンド需要が落ち込むことはあった。しかし、今回の新型コロナウイルスによる影響はその比ではない。コロナ後のインバウンド、賃貸業はどうなるのか。コンサルティング、メディア活用、人材育成などインバウンドビジネスのプラットフォーマーとしてさまざまな企業を支援している「やまとごころ」の村山慶輔社長に、新型コロナウイルスによる影響、コロナ後のインバウンドビジネス、賃貸業について聞いた。
まさに桁外れ 新型コロナの影響
——2020年3月の訪日外客数は、19年3月の276万人を256万人以上下回る93.0%減の19万4000人となっている。この影響はどこまで広がるのか。
この新型コロナは、かつてないほど大きな影響を観光業に及ぼしています。3月の外国人観光客は対前年同月比で9割以上減少していますが、これは4月、5月、さらに6月になっても続くような状況ではないかと思います。一番ダイレクトに影響がある企業は民泊も含めた宿泊業、交通機関で航空会社はもちろん、二次交通といわれる鉄道、バス、タクシー、レンタカーなど。飲食業、小売業にいたるあらゆる産業に及んでいます。とくに民泊だけで見ると、私の周りでも廃業をされる方が出ています。
——19年はジャパンボイコットにより、韓国人の訪日が大幅に減少したことが危惧された。しかし、ふたを開ければ、訪日外国人は前年比2.2%プラスの3188万人、観光消費金額は6.5%プラスの4兆8135億円。これは韓国人の1人あたりの旅行支出がおよそ7万6000円で中国人1人あたりの約35%、米国人の約40%以下と少なく、大げさな報道のわりに影響はなかったが、新型コロナはまさに桁外れの影響が出ている。あらためてインバウンド頼みのリスクを知らしめることになったが対策はあるか。
インバウンドが堅調なときから、私は“インバウンド一本足打法”は危険だと思い、そうしたアドバイスを行ってきました。これまでも08年のリーマンショック、11年の東日本大震災でインバウンド需要は大きく落ち込んでいます。また、12年には尖閣諸島問題によって中国人観光客が激減し、例えば箱根の旅館、飲食店、あるいは中国一辺倒の旅行会社は倒産してしまいました。
こうした過去の例を踏まえると、インバウンドでは特定地域の訪日観光客にフォーカスすることのリスクはあったわけです。一方、今回の新型コロナで日本側の渡航制限もありますが、インバウンドの引きは早いということを認識させられました。
「やまとごころ」社長の村山慶輔さん/©︎横溝 敦
インバウンドのリスク分散をどう図るか
そこで必要なことはやはり、お客さんのリスク分散ですね。日本人も外国人も、あるいは外国人も国ごとに分けるとか、そういった来日客の分散というのはとても重要です。
とはいえ、今回の新型コロナのように外国人はもとより、日本人客もダメということはこれまでなかったものです。そのため従来通りのものではなく、新たな取り組みが必要になっています。
例えば、星野リゾートなどでは、3 密(密閉・密集・密接)を防ぐために、ワンフロアを1ファミリーに限定するなど、ゆったりとした空間を少人数で使っていただけるようなプランを作ったりしています。また、地方のある旅館では、リモートワークをゆっくりと温泉に入りながら取り組みたい方々向けのプランを作り、新たな需要を掘り起こしています。とはいっても、売上的には通常の規模にはならないと思うのですが、多少なりとも今の状況下でも稼ぐ手段を探っているところが増えてきています。
さらに最近では“未来のチケット”の販売を行っている宿泊施設や飲食店も増えています。その販売方法も単に前売り予約チケットを売るのではなく、クラウドファンディングを活用するなど手法もさまざまです。
前売り予約ということで料金割引という部分も多少ありますが、それよりもいろいろなプランを付け加えるものが多いのが特徴です。具体的には、食事の品数を増やしたり、オリジナルのTシャツを付けるなど金銭に換算できないものもあり、現時点で事前にキャッシュを払ってくれてありがとうという、事業者の感謝の気持ちを盛り込んでいるところが多いのが特徴です。
——これらの新しい動きを踏まえて、インバウンド、なかでも宿泊業を行ううえでの注意点とはどういったことか。
こうしたさまざまな取り組みを行っている事業者は、お客さんとの絆というものを大切にしています。そんな方々とお話をすると、エアビーアンドビーやエクスペディアなどOTA(OnlineTravelAgency)、いわゆるインターネットの予約サイトだけに依存してしまうと、事業者側は顧客情報を蓄積できません。そのためこうした危機的状況に陥ったときにダイレクトに顧客に対してキャンペーンを打ち出したり、気持ちを伝えたり、「大丈夫ですか」という客へのお見舞いを送ろうと思っても、送ることができません。
なかには宿泊されたお客に会員になってもらって、メールアドレスなどの登録をしてもらっているところもありますが、これは少数派。お客の90%はOTAからの送客で成り立っていたところもあって、それに安心してしまって、「新型コロナウイルスで気付かされた」と反省している事業者もいます。まずは自分たちオリジナルの顧客管理を行うことがとても重要です。
アフターコロナ 「絆」が、より大切に
——今回の新型コロナウイルスでは、学校への入学を9月に変えるなど「社会変革のきっかけに」という意見もある。アフターコロナのインバウンドビジネスで必要なものとは何か。
ポイントは4つあります。
1つ目は量から質への転換です。新型コロナ前はオーバーツーリズムという局所的に観光客が集中するといった問題がありました。そこでもインバウンドにおいても量より質だという流れの中で、今回のコロナ禍によってこうした流れがさらに強まっていくと思っています。このコロナ禍が収束し大量に外国人観光客が押し寄せれば、コロナだけでなく別の感染症リスクについても宿泊施設、飲食店など色々な事業者が気にしはじめるでしょう。そうした質を意識した取り組みができるかがポイントになると思います。
2つ目は、今回のコロナ禍が収束しても、以前の訪日外国人数にはなかなか戻らないと思っています。また、観光需要の回復は国内からになると私は予想しており、インバウンド頼りの回復を期待していては、経営が保つのかという懸念があります。そこで考え方として「回復は国内から」というのを意識したうえでの取り組みや戦略が必要になると思います。
3つ目はデジタルシフトです。DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が語られていますが、今回の件であらゆるものがデジタルにシフトしていく流れが加速するでしょう。それはSNSや動画はもとより、テレワーク、ネットを使った公的な申請などが当たり前になります。そこで宿泊事業はエアビーなどOTAだけに頼るのではなく、自分たちでもSNSの活用や、自社サイトを使い自らが発信し、顧客のつながりを作っていく、そういったことも重要になります。
4つ目は、絆がより大切になってくると思います。例えば、飲食店ではテイクアウトを始めていますが、逆にいえばこうしたデリバリーで非常に競争が激しくなっています。したがって、ただデリバリーをやっているだけでは埋もれてしまいます。そこでは普段から顧客との絆がしっかりしているところ、関係性をしっかり構築できているところが、ネット上でビジネスを展開しても強いということです。
今回のコロナ禍においても地元のファンや固定客がいることによって応援してもらえる店舗も数多くあります。そういう応援される関係を作っていけるかが今後のカギになると感じています。
固定観念を捨て頭を柔軟にする
——4月20日厚生労働省は新型コロナによる生活困窮者への家賃補助のために住居確保給付金の支給対象を拡大。これまでの支給対象者の要件を緩和し、賃貸住宅の居住者支援策も示した。こうしたなかで賃貸住宅経営に必要なこととは何か。
今回の新型コロナでは外国人労働者が帰国してしまった、あるいは来日予定だった人が来られないということが起こりました。
しかし、コロナ前もコロナ後も製造業、飲食や小売り、観光といったサービス業、あるいは農業、介護などさまざまな産業の現場での人手不足はそのままで、外国人労働者は不可欠ということに変わりはありません。
コロナ後の世界観が変わると耳にしますが、賃貸業にしろ、宿泊業にしろ、突き詰めていくと場所、空間を持っていて、そこをどう生かすかということでお金を得ている事業だと思うのです。そういう空間を持つ事業者はしなやかに、状況に合わせて事業を変えていくようなことが大切だと思っています。そこで「賃貸だから」とか「宿泊だから」というよりは、その場所を空間としてとらえ、イベントに貸すとか少人数に時間単位だけ貸すなど柔軟な発想で、これまでと違う収益施策を作っていけるのではないか、と感じています。
新型コロナでは3密が問題になっていますが、3密にならない状況を作り、付加価値を付けて提供するというのも1つの方法です。そういったことも含めて空間を生かす事業としてどんなことができそうかという発想を持つことが求められます。
これは自分自身にも言い聞かせていることなのですが、自分は「何業だ」とかいうことにあまり固執せず、いくつか収益の柱を持つ必要があると改めて感じています。そのために多少枠を超えた発想が求められるのではないでしょうか。
この記事を書いた人
編集者・ライター
週刊、月刊誌の編集記者、出版社勤務を経てフリーランスに。経済・事件・ビジネス、またファイナンシャルプランナーの知識を生かし、年金や保険など幅広いジャンルで編集ライターとして雑誌などでの執筆活動、出版プロデュースなどを行っている。