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インバウンドどころか国内客もいなくなった宿泊業界の阿鼻叫喚

牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#15 インバウンドどころか国内客もいなくなった宿泊業界の阿鼻叫喚

牧野 知弘牧野 知弘

2020/04/02

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インバウンド壊滅 特に深刻な京都・大阪

昨年12月以降中国武漢市で猛威を振るった新型コロナウイルスを原因とした急性肺炎患者の激増は、その後日本をはじめとした東アジアからヨーロッパ、アメリカなど全世界に猛烈な勢いで拡大。歯止めがかからない状況に陥っている。

この影響は当然のことながら今までインバウンド需要を含めて「我が世の春」を謳歌してきたホテルなどの宿泊業界に大打撃を及ぼしつつある。

京都、大阪など急増するインバウンド需要で潤ってきたエリアは特に深刻な状態だ。京都は例年であれば2月は、春節を迎えた中国人観光客で街中が溢れかえるのだが、市内は閑散とし、ひところ「観光公害」とまで揶揄された光景はすっかり影を潜めている。

この影響は3月になってさらに深刻な状態になっている。本来であれば、2月は国内需要が弱い部分をインバウンドで補い、3月から4月には春休みを迎えて国内客需要や花見客を大量に迎えるはずだったのが相次ぐ外出、宴会自粛要請などで街には閑古鳥が鳴く。

ホテル関係者によれば、京都市内のホテル稼働率は今になって下がったのではなく、実は昨年10月の消費増税時点からじりじりと低下をはじめていた。とりわけインバウンドによる席巻に嫌気していた日本人観光客に消費増税が追い打ちをかける結果となって下がり始めていた稼働率に、今回のコロナウイルスが追い打ちをかけたのだからひとたまりもない。京都市内の主要ホテルの稼働率は2月で60%台。現時点での状況からみると3月の稼働率は30%台に落ち込んだのではないかと言われている。

大阪も深刻だ。大阪には宴会場を持つシティホテルが数多くあるが、インバウンドなどの宿泊客のキャンセルが相次ぐだけでなく、予約されていた宴会の多くがキャンセルの憂き目をみている。春は学校関係の卒業謝恩パーティーや企業の人事異動発表に伴う就任発表や歓送迎会等が目白押しだ。加えて春の婚礼シーズンを迎えるのに、規模の縮小や婚礼そのものの延期まで出始めている。

爆発的感染者急増の起点となった中国湖北省武漢市/©︎123RF

高級外資系ホテル 1泊5000円で宿泊

とりわけ宿泊で大打撃を受けているのがミナミ界隈のホテルだ。道頓堀を中心にインバウンドだらけであったのが、街からその姿が消滅。実はミナミのホテルの多くは宿泊客の大半がインバウンド客。中には9割以上がインバウンドというホテルもある。もともと国内客を取り込んできていなかったのに加え、国内客もほとんど消えてしまったマーケットでは、どこを向いても顧客が見つからない状況に陥っているのだ。

宿泊需要が急増していた頃には事前に予約をせずに大阪出張すると当日は宿がなく、24時間営業のカフェで夜明かししたなどというのは「今は昔」の話。最近囁かれているのが、市内にある高級外資系ホテル。当日夜遅くにインターネットサイトでチェックすれば5000円でも予約できるという噂がビジネスマンの間でも話題になっている。

大阪は民泊特区といって比較的民泊を自由に運営できることから市内には数多くの民泊が存在する。またホステルなどの簡易宿所も多く、ビジネスホテルの需要を喰ってきたと言われるがこれらの低料金の宿泊施設も大打撃である。特にこうした業態の業者は資金力に乏しい。大阪市内のビジネスホテル業界にとっては目の上のたん瘤だったホステルやゲストハウスなどは今後、意外な形で淘汰されていくかもしれない。

東京都心部でもこれまでは宿泊単価で1泊1万円を割ることが少なかった大手チェーンのビジネスホテルが軒並み6000円から7000円台に落ち込んでいる。高級ホテルの稼働率も20%から30%に落ち込み、この数値は東日本大震災時に匹敵ないしは上回る惨状だという。

惨憺たる船出 ホテル関係者の恐怖

だが、東京の場合は別の側面での影響が深刻になってきた。7月に開催されるはずだった五輪にあわせて都内では数多くの新規ホテルが建設を急いできたが、今多くの現場で焦りの声があがっているのだ。

現在新築中のホテルで、FF&E(Furniture, Fixture & Equipment)と総称される家具備品類の納入に問題が発生している。実はホテル関係の建材、とりわけ内装材やシャンデリアなどの照明器具、トイレの洗浄便座などのセンサー類、ベッドや机などの家具は多くが中国に発注を行い、中国国内で製造がおこなわれている。

通常夏場までにホテルを開業する際に、ホテル関係者が心配するのが春節の期間中、中国国内の工場の稼働がほとんどストップするので、納品期限を厳格に管理するのが常識なのだが、今回は納期遵守以前に新型コロナウイルス騒動で従業員が工場に出勤できずに製造が行われていない、という異常事態になっている。

さすがにトイレの洗浄便座がない、ベッドや机、椅子がない状態で、ホテルは開業を迎えることはできない。あるホテル建設関係者に聞いたところでは、6月に建物が竣工する都内のあるホテルでモデルルームを制作しているのだが、中国から納入されるはずのベッドが来ないという。仕方がないのでベッドがあるものと仮定してとりあえずはデザイン調整などをしているというが、現状本当に納品されるかいまだ目途はたたないとのことだ。

先日の発表で東京五輪は来年7月までの最大1年間、開催を延期するとの発表があった。それならば五輪開催まで工事を急いでいた関係者にとって朗報といえるのだろうか。そんなわけはない。多くの新規ホテルは五輪開催を見込んですでに旅行業者から多数の予約を取っているが、これらはすべてがキャンセルだ。

新型コロナウイルスの影響が続く東京で、現在ホテルをオープンしても一定の稼働を確保することは至難の技といえるだろう。五輪が延期になったからといってホテルオープンも延期はできない。建物は竣工と同時に借入金の返済はスタートする。惨憺たる船出を余儀なくされるのがこうした新築ホテル関係者の恐怖だ。

東京五輪が延期になったからといってホテルのオープンを延期することはできない。写真は都庁/©︎123RF

宿泊業界に存在する 5つのリスクとは

ホテル業界には5つのリスクがあると言われる。1つが景気変動リスクだ。経済活動が振るわなくなれば出張者が減少し、宿泊や宴会需要が落ち込む。2つが政治リスクだ。近年お隣りの韓国とゴタゴタが生じた結果、インバウンドの主流の地位にあった韓国人訪日客が激減。とりわけ九州や大阪などの宿泊需要に影響が出た。3つが災害リスクだ。最近時頻発する地震やゲリラ豪雨、台風などの気象リスク。火山の噴火など自然災害は宿泊業界には脅威となる。4つがテロや戦争リスクだ。95年に起こった地下鉄サリン事件はまだ記憶に新しいが、こうしたテロや戦争は観光需要などを一気にしぼませる。そして5つが今回の疫病リスクだ。実はホテル業界ではここ最近でもSARSやMARS、新型インフルエンザといった疫病の影響で成績を落とした年を経験している。

だが、今回の新型コロナウイルスの惨禍は過去の疫病リスクを超越しており、この影響は意外と長引くことが懸念されている。そしてこの問題が厄介なのは、世界全体にウイルスが蔓延することで世界経済に大きな打撃が及んでいることだ。疫病リスクと経済リスクが同時に起こってしまった現在の状況はこの問題の深刻さを物語っている。

我が世の春を謳歌してきた宿泊業界にいきなり到来した極寒。生き残りに向かっての試練が続きそうだ。

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この記事を書いた人

株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役

1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。

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