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牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#14 2020年不動産マーケットの行方 

牧野 知弘牧野 知弘

2020/01/31

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低金利政策の恩恵を受けてきた不動産業界

2020年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックの開催年だ。思えば2011年に発生した東日本大震災で俯きがちで、何か新しい希望がないのか国民が模索を始めていた2013年に、2020年の開催地が東京に決まった。このことは日本人の心に大きな希望を与えることになった。

同時タイミングで発足した第二次安倍政権はアベノミクスと称する三本の矢を柱とする経済政策を発表。三本の矢とは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」そして「民間投資を喚起する成長戦略」と言われた。このうち「機動的な財政政策」については年度予算で100兆円を超える予算を組んで税収との不足分を国債で補い続けるアクロバット的な施策を繰り出してはいるものの、思うような景気上昇を実感できずにいる。また「民間投資を喚起する成長戦略」に至っては、政権交代後すでに7年がたつというのに、お腹いっぱいのスローガンはあっても、その戦略戦術はいっこうに見えてこないというのが実感だ。

だが不動産業界にとってはアベノミクス3本の矢のうちの「大胆な金融政策」という1本だけで十分に「干天の慈雨」といえた。なぜならば、「黒田バズーカ」という想定外の低金利政策によって市中にマネーはどんどん供給され、設備投資が一向に上向かない国内で銀行を中心としたマネーは不動産に集中したのだ。史上空前の低金利は不動産会社の資金調達力を高め、都市部への投資マネーの集中は都心の地価の上昇を喚起。地価が上昇すれば土地の担保余力も上昇。新たな投資を喚起し続ける。加えてオリンピック開催に伴う都心部の交通インフラの再整備や老朽化ビルの一斉建替えが背中を押して、業界各社はこの波に乗って史上最高益を連発した。

アベノミクスの「大胆な金融政策」は不動産業界にとって「干天の慈雨」だった/©︎123RF

首都圏マンションの供給戸数は15年前の半分以下

新築マンション価格はこの5年ほどの間に約3割も上昇。実は価格の上昇の主な原因は地価の上昇以上に建設費の上昇によるものだ。建設費はオリンピック需要で上がっていると説明されることが多いのだが、実は建設業従事者の数は近年大きく減少。建設現場での人手不足は深刻な状況にあり、コンクリート型枠工や鉄筋工といった職人の賃金はうなぎ上り、さらに好調なアジア経済を背景に鉄鋼需要が急増。建築資材の値上がりも価格上昇を後押ししているのだ。

ところが、マンション価格が上がるとあわててマンション買いに走ろうとするのが日本人の性。マンション買って、値上がりして一儲けという昭和から平成初期に培われた不動産神話がむくむくと頭をもたげる。さらに政府はフラット35なる最長35年にもおよぶ超長期住宅ローンを提供。異常な低金利とあいまって不動産業界は顧客に対して「買え、買え」の大合唱を始めることとなった。実は掛け声とは裏腹に新築マンションに対する需要は15年前と比べると半分以下になっていて19年の首都圏マンション供給戸数は3万1238戸に落ち込んでいる。

オフィスマーケットは好調 その理由とは

オフィスマーケットは、19年は絶好調だった。特に渋谷エリアではスクランブルスクエアをはじめ多くの新築ビルが供給されたものの、テナントはグーグル、サイバーエージェントなどのソフトウェア、情報通信系でいっぱい。都心5区の主要オフィスの空室率は1%台半ばと史上空前の低さを記録。勤労者の生活実感とはかけ離れて日本経済も絶好調のような錯覚にとらわれるほどだ。

グーグル合同会社などが入る複合施設「渋谷ストリーム」/©︎123RF

だが、少し冷静になって考えてみれば、今の東京は戦後から高度成長期に建設され老朽化した既存ビルの建替えが主体。建替えるためには既存ビルに入居中のテナントを追い出さなければならない。追い出されたテナントは当然、今空いているビルに転居する。大量の建替え需要は、空室で悩んでいたオフィスビルの空室を埋めてしまうがゆえに空室率が大幅に下がっているのだ。もちろん、地方都市でのオフィス空室率の低下は周辺エリアから地方都市に勤労者が集まってきて、オフィス需給がタイトになっている要因もあるが、東京都自体は人口が増えているといっても年間9万人強。このうち約3万人は外国人の増加。オフィス勤労者が急増しているわけではなさそうだ。

インバウンド(訪日外国人)の急増でホテル建設もラッシュだ。インバウンドの数は18年で3188万人に達している。インバウンド拡大政策はアベノミクスでの金融政策と並んで効果のあった政策といえようが、インバウンド数の約4分の1を占めていた隣国韓国といがみあってしまった結果、増加基調は足踏みとなっている。このままでは2020年4000万人という政府目標は自ら売られた喧嘩を買ってしまったがゆえに達成できそうもない。京都や大阪ではすでに「作りすぎ」てしまったホテルや簡易宿所などの稼働率が対前年同月比で10%から15%も落ち始めている。

不動産マーケット「終わりの始まり」

さてこうした中で東京オリンピック・パラリンピックが開催される。宴の始まりだが、不動産マーケットはどうやら「終わりの始まり」かもしれない。

新築マンションの需要はさらに落ち込みそうだ。昨年10月の消費増税の影響は大きい。新築マンション価格の80%から90%は建物代だ。土地には消費税はかからないが建物には税の重い負担がのしかかる。いっぽう中古マンションで個人間売買なら消費税はかからない。仲介手数料は物件価格の3%程度。仮に新築マンションの80%相当分の建物代に消費税がかかれば、全体価格に占める消費税の割合は8%だ。これに対して中古マンションの仲介料は全体価格の最大で3%。その差は歴然だ。加えて平成以降に建設された中古マンションは造りもしっかりしているし、立地も新築よりも良いケースが多い。

ファミリー型の中古マンションがなかなか賃貸マーケットに出ない、だから住宅は買わざるを得ないと言われてきたが今後は心配無用だ。20年以降首都圏に住む戦中世代から団塊世代において多死・大量相続時代を迎える。首都圏では今後10年間でおよそ500万人相当の相続が発生することが見込まれる。不動産を相続した多くの相続人はすでに自らの家を保有しているケースが多いので、その家を引き継いで住むことは少ないだろう。黙っていても売買、賃貸に供することになる。供給圧力は不動産価格を押し下げる方向に作用することは容易に想像できる。このように考えてくると、何も3年後にならないと引渡しが受けられない陸の孤島である晴海の選手村跡地マンションをいくらオリンピックレガシーだと言ってもあわてて買う必要はないのだ。これこそが昭和・平成初期の不動産神話に基づいた買い物姿勢だといえよう。

オフィスは年後半くらいから空室率が上昇に転じるだろう。オリンピック前に計画された主要なオフィスビルの建替え工事が一段落してしまうからだ。景気がものすごく回復していれば別だが、全部建て替わった結果、追い出されていたテナントを収容するとどうやら床が余り始めそうだ。平成30年間で惰眠をむさぼり成長していない日本経済においてオフィスビル需要は限定的なのだ。これに加えて今後はオフィスに通勤するのではなくテレワークなどで働くなど働き方のスタイルも変わってくる。そんな中で相変わらず都心に巨大な航空母艦のようなビルを建てることが必ずしも需要に応えることにはならなくなるだろう。この問題を解決する方法は一つしかない。都内のビルを大量に「永遠に建替え続ける」ことだ。

日本全体の縮小とネット通販の拡張は今後地方を中心としてイオンのような大型商業施設の撤退が始まることを意味する。いよいよ地方都市の中にこの衰退に耐えられないところも出るだろう。イオンがなくなると地方の人々は生活の場を失うことになるのだ。

後れを取る日本 外資の力が必要か?

20年以降の日本の不動産マーケットをポジティブに考えることはできないだろうか。香港や台湾に対する中国当局の支配が強まれば、一定のマネーが日本に逃げてくる、そしてこのマネーや優秀な人材の受け皿となることも期待できる。だが、今やシンガポールや中国、米国に大きく後れを取っている日本に彼らが喜んできてくれるかどうかは心もとない。活力を失ってしまった日本人の働き場や住まいに関する需要が大きく伸びるためにはどうやら外資の力を借りるしか方法がないのかもしれない。

東京オリンピック・パラリンピック終了後の不動産はどうやら「手じまい」の気配が漂っているといえそうだ。

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この記事を書いた人

株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役

1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。

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