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明日は我が身

家賃滞納は他人事ではない。今の日本であれば誰もが陥る可能性がある

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太田垣 章子(おおたがき あやこ)さん  章(あや)司法書士事務所代表、司法書士。

太田垣 章子(おおたがき あやこ)さん  章(あや)司法書士事務所代表、司法書士。 30歳でシングルマザーとなり、6年間の極貧生活を経験。36歳で司法書士試験に合格。これまでにのべ2200件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託。その際、多くの家賃滞納者の気持ちに寄り添いながら業務に従事してきた。著書に『家賃滞納という貧困』(ポプラ社刊)、『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社刊)などがある。

シングルマザーとして経験した極貧生活

──現在、司法書士事務所の代表を務める太田垣さんですが、シングルマザーとして大変苦労した時代があったそうですね。

30歳のときに乳飲み子を抱えて離婚しました。それまで専業主婦だったため、スキルもおカネもなく、やっと仕事に就いても子どもがいるために残業はできず、極貧生活が6年間続きました。少ない給料の中から家賃を払って、司法書士試験を受けるための講座費用や受験費用などを引いたら、生活費は3万円。1万円は水道光熱費、1万円は食費、1万円は雑費となると、手元に残るおカネはありませんした。

──司法書士試験に合格したのはいつですか。

36歳のときに試験に合格しましたが、すぐに生活が好転するわけではありません。実務経験ゼロ、36歳のシングルマザーを雇ってくれる事務所はなかなかありませんからね。30通の履歴書を送ったものの、どこも面接すらしてもらえませんでした。その後、やっと面接をしてくださるという事務所にうかがったときには、開口一番、「給料はいらないので、1ヵ月、私を試してください!」とお願いしたくらいです。採用された後も、給料は手取りで15万円くらい。大変な生活は続きました。

──そういった経験もあって、今回のご著書『家賃滞納という貧困』を執筆するにいたったのでしょうか。

自分自身も一歩間違えれば家賃滞納者になった可能性はありました。しかし、いまの時代、家賃滞納という状況は他人事ではなく、誰でも陥る可能性があるのです。私が家賃滞納という現実を初めてみたのは、司法書士になったばかりのころです。不動産会社に不動産登記の仕事をいただけないかと営業に回っていたとき、たまたま家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きの依頼を受けました。それ以来、多くの家賃滞納者の実態を見ることになりました。家賃滞納者を擁護するわけではありませんが、彼らがそこにいたるまでに社会のさまざまな問題が絡み合っていることが分かりました。今後、家賃滞納者は加速度的に増えていくと考えられます。“見た者の責任”として、この実態を多くの人に知ってもらいたい、そして世の中の人がそれぞれの立場でできることを考えてもらいたいと思い、この本を書くことになりました。

社会のさまざまな問題が家賃滞納者を生む原因に

──具体的にどのような状態で家賃滞納をしてしまっているのでしょうか。

たとえば、大手広告代理店に勤務後、若くして起業した方がいました。なんの問題もないような方ですが、起業した仕事が予定通りにいかずに家賃の滞納が始まり、最終的には消費者金融にまで手を出してしまったというケースがありました。また、子どもたちに心配をかけたくないと必死に頑張っていたものの、家賃の支払いが追い付かなくなったシングルマザーもいました。就職がなかなか決まらなくて、家賃を払えなくなった若者もいました。本当にいろいろなケースがあります。

──家賃滞納問題に、社会のさまざまな問題がからみあっているということですが、具体的にはどんな問題が挙げられるのでしょうか。

さきほど挙げた大手広告代理店に勤めていた方を例にとると、起業がとても簡単になったこともひとつの問題として挙げられるでしょう。以前は、株式会社を設立するためには1000万円の資金が必要でした。しかし、平成18年の新会社法施行後、資本金関係なしに設立できるようになりました。見通しが甘いままに起業した結果、会社経営がうまくいかなくなるといったケースも増えているのではないでしょうか。また、消費者金融から簡単におカネを借りることができるようにもなりました。借金することに“痛み”を伴わなくなってきたように感じます。

──家賃と直結したところでいえば、家賃保証会社がメジャーになってきました。連帯保証人がいなくても部屋を借りられるようになったことも問題のひとつといえるでしょうか。

身の丈よりも少々高い家賃の物件だったとしても、保証会社の審査が通れば、「自分はこの物件を借りられるだけの人間なんだ」と錯覚することがあるかもしれません。もしも、家族や身近な知り合いが連帯保証人になる必要があれば、「そんな家賃が高い部屋に住んで、本当にやっていけるのか」などとお小言をもらい、それがある種のストッパーになります。もちろん、家賃保証会社がいけないわけではありません。さきほどの簡単に起業できるようになったこと、消費者金融から簡単におカネを借りられるようになったことなどもそうですが、日本はおカネに対する考え方や使い方の教育がなされていないように思います。

──社会の変化とともに、ゆがみが生じ始めているともいえますね。

そうかもしれません。さらに、パソコンやスマートフォンなどが普及し、多くの情報を簡単に得られるようになりました。その半面、身を持って何かを学ぶということも少なくなってきたように思います。そして、どこでもすぐにモノが買える現在は、生活するためにおカネがかかる時代にもなっています。このように、家賃滞納者を生んでしまう原因はひとつではなく、社会の変化とともに問題が多岐にわたるようになり、簡単に解決できるものではなくなってきました。そして、なかでも一番問題となることが、“人”です。

「助けて」と言い合えるおつき合いが必要

──人間関係が希薄になってきているということですか。

生活や心に余裕がない人が多く、世の中がギスギスしているような気がします。みんながほんのちょっとのやさしさを持つことができれば、社会をもう少しうまく回していくことができると思うんです。

──太田垣さんがシングルマザーで苦労していたとき、人に助けられたという経験はありますか。

もちろんあります。子どもが休みの日でも仕事に行かなければならないときがあります。そういったときには、近所のおじいちゃんやおばあちゃんに本当にお世話になりました。その代わり、私が休みの日に巻き寿司や煮物を大量に作って、ご近所におすそわけしていました。また、おじいちゃんやおばあちゃんが年齢を重ねて施設に入られたら、子どもと一緒に会いに行くこともありました。そういった近所同士のおつき合いがあったからこそ、私は困ったときに「助けて」と言えました。

──今は、そういった人間関係も少なくなり、誰かが少し助けてあげれば救われたはずの人が救われなくなっているということですね。

そうですね。困っている人がいても自己責任だといって突き放してしまうケースも多くありますが、それは結果的にブーメランとなって私たちにも返ってくるだけです。

──どういうことですか。

この日本で、子どもの7人に1人が貧困状態にあるといわれています。貧困家庭にある子どもたちを世の中が放置したらどうなるでしょうか。そのまま貧困から抜け出せないまま大人になる人が増えれば、年金制度は破たんし、私たちの老後も苦しいものになるでしょう。あるいは、賃貸物件を所有するオーナーが家賃滞納者を一方的に突き放すとどうなるでしょうか。おそらく、簡単には退去してもらえず、時間ばかりが過ぎて滞納額が増える一方でしょう。追い詰められている人は、とても視野が狭くなっており、「今日どうするか」しか考えられなくなっています。そういった人たちを追い詰めるだけでは解決にはなりません。少し寄り添って考えてあげることで、お互いに少しでもダメージを減らした解決策が見いだせるのではないでしょうか。

──毎月の家賃をなんとか払っているというシングルマザーも多いと思います。あるいは、お友達にもっと苦しんでいるシングルマザーがいる場合もあると思います。家賃滞納者となって取り返しがつかない事態にならないよう、するべきことはあるのでしょうか。

本当に苦しいときは、おカネよりも人だと私は思っています。シングルマザーの方たちは、どうしても孤立してしまいがちです。けれど、「助けて」と言うべきです。その代わり、余裕ができたときには助けてくれた人に恩返しをしたり、あるいは自分と同じように苦しんでいる人を助けてあげたりという人間関係を作ることが大切だと思います。視野が狭くなってしまって、なんの情報も得ようとしていないシングルマザーの方がいれば、この『シンママStyle』(記事提供元)のサイトを教えてあげることも大切でしょう。こうしたちょっとしたやさしい気持ちをみんなが持つことができれば、社会は変わり、救われる人はたくさんいるのはないでしょうか。

『家賃滞納という貧困』/ポプラ新書刊 著者/太田垣 章子 定価/800円+税

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この記事を書いた人

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