一緒に住んでいるのに親権がないと親子と認められない理不尽さ
2020/10/21

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さまざまなカタチで離婚後も両親で子育てを行っているママの実体験を記事化したシリーズ。今回は、子どもを育てているにもかかわらず親権がないことでの困難を感じたママをインタビューしました。
■離婚の経緯を教えてください。
離婚を公にしたのは今年に入ってからなのですが、実は3年前に離婚届は出していました。というのも、夫が営む事業の経営不振から、家族に影響が及ぶリスクを回避するため籍を抜くことになったのです。夫と話し合ったうえで、急いで法的な意味での家族を解消しました。
その後も変わらず一緒に暮らしていました。夫の新たな事業が軌道に乗ると数億の家を現金で購入したものの、1年とたたず抵当に入れてさらに事業拡大を図り(←はかり)失敗、なんてこともありました。
そして、海外での事業展開があり、何度か行き来しているうちに昨年から海外に行ったっきり戻ってこなくなってしまったのです。
法的には離婚をしているものの、なんだか宙ぶらりんな状況が続きました。パパっ子だった娘は「パパはどこへ行ってしまったの?」と終始寂しそうにしていたので、「パパは海外にお仕事に行ってるよ」と言って、なんとかやり過ごすしかありませんでした。
夫の両親とはやりとりを重ねましたが、私の親には心配をかけたくないので状況を伝えていませんでした。息子にも相談はしていなかったので、結局ひとりで抱えていましたね。
今年、息子が高校、娘が小学校に入学のタイミングが重なったので、夫の荷物を整理して引っ越しをし、心機一転しようと決断しました。引っ越するにあたり、まとまった資金が必要だったため、初めて親に相談して支援してもらいました。ここまでの状況になっているとは思いもしなかった両親は、それはそれは驚いていましたね。
■とくに困ったことはどのようなことでしたか。
とにかく急いで離婚をしたので、内容をあまりちゃんと理解せずに離婚届を提出したんです。親権者を記入する欄があったのですが、具体的にどのような権利なのかよく分からず、きっと子どもを養育するための金銭面の責任を持つ人なのだろうと思い、夫を親権者にして届出しました。
それが後になって困ったことになったのです。ひとつめは息子のパスポートを取りに行ったときのこと。「あなたは姓も違うし親権者ではない」と一刀両断され、親権者のサインがないと手続きできないと追い返されました。離婚したとき私だけ旧姓に戻していたんですよね。親権者である夫はどこにいるか分からないと伝えても、「こちらでは決まりなので対応できません」と杓子定規な対応ばかり。
海外に行ったときも出入国の際にトラブルがありました。どこからどう見ても顔もそっくりな親子なのに姓が違い、親権者でないだけで、「本当に親なのか?」と疑われ、日本でも海外でも空港で長時間待たされた経験もあります。
今後も不便なことが起きては困ると思い、先日、裁判所で親権者変更と子どもたちの姓の変更の手続きを終えました。裁判所で夫の状況を確認するとのことで半年近くかかりました。
なぜ、私が子どもを育てているのにこんな目に合わないといけないのか、そもそもなぜ離婚するときに片方にしか親権が与えられないのか、今でも理不尽に感じますね。両方とも親であることには変わらないのに、親も子も不便でなりません。
今は手続きも終え、子どもたちも私の戸籍に入り新居にも慣れて、やっと落ち着いたといったところでしょうか。
■お子さんたちはお父さんのことをどのように感じていたと思いますか。
娘は、「パパに会いたい」と今でもたまに寂しそうにしています。本当にパパが大好きだったのでかわいそうに感じます。お友達にはパパがいるのに、私のパパはいつ帰ってくるの?と飛行機を見るたびに言ってます。
一方で息子はもともと口数が少ないので本心は分かりませんが、すべてをお見通しなのではないかと。そして、反抗期もなく今に至るのは、きっと私を困らせてはいけないと思っているのかもしれません。
■その後、子育てはどのようにしていますか。
夫は海外に行ってからも、しばらくの間毎日LINEでやりとりしたり、とくに娘とは電話もしていました。それがある日から突然連絡が取れなくなったのです。自殺未遂をおこしたこともあったのでとても心配しましたが、時折お金が振り込まれているので、まだまだ事業を頑張って成功させようとしているのだと思います。
このような環境の変化もあり、私自身まだフル稼働で働いていないのですが、仕事や用事があるときには私の両親と夫の両親に子どもを預かってもらっています。一時、夫の両親とは関係が悪くなったときもありましたが、それはそれ、これはこれという感じで預かってもらっています。
■お相手に望むことはありますか。
子どもたちのために、一度きちんと話したいなとは思ってます。ただ、彼の性格上、大成功するまでは自分からは連絡してこないのかもしれませんね。仕方がありません。
一緒にいたときはもちろん口論にもなりましたし、こんなに振り回されているのに、今でも憎み切れないのはなんでだろうって時折考えることもあります。きっとこういう野心家なバイタリティがあるところに惹かれたからなのかもしれません。
答えは分かりませんが、子どもたちの親であることには変わりないので、素敵な生き方をしてほしいですし、本人に幸せになってほしいです。もちろん一番大変なときはその真逆なことを思っていましたが、今は本当にそう願います。
■ご自身が心がけていることはありますか。
この3年は本当に想像を絶することがいろいろ起きましたが、子どもは毎日成長していくので、悲しんだり、嘆いたりしている場合ではなかった、というのが現実でした。子どもの笑顔のために頑張っているつもりでしたが、結局は子どもの存在に私の方が助けられているんだと思います。
自宅に取り立てが来たり、警察が来たり、普通に考えたらとんでもない状況だったと思いますが、まぁ、仕方がなかったと思って楽しく過ごしています。
■最後に、ご自身のビジョンやこれからの人生はどのように過ごしたいですか。
子どもたちもだいぶ大きくなり自立してきました。これからもそれぞれが好きなことをしながら楽しく過ごしていきたいです。
私自身、一緒にいて楽しいパートナーはいた方がいいと思いますが、再婚となると子どもたちもいるし、新しい家族の形をまた0から作っていかないといけないですから、大変なこともありますよね。それを一緒に楽しめるような人がいれば、最高ですね(笑)。
私は、国家公務員の家庭で金銭的にも精神的にも安定して育ててもらったので、理想の家族は自ずと自分の両親の作ってくれた仲良しで安定した家族でした。それでも惹かれて選んだのが安定とはかけ離れた青年実業家だったので、ギャップが面白くもあり、大変でもありました。
両親も親戚もまわりで離婚している人がいない環境だったので、まさか自分が離婚するなんて夢にも思っていませんでした。私自身が一番驚いています。
最近は、気持ちにも余裕が出てきたので、仕事も徐々に増やしつつ、新しい地域で友達や飲み仲間も作っていきたいですね。今までずっと子育てをしてきた引っ越し前の地域の友達も、私たち親子にとって宝物なので、ずっとつながっていたいです。
人生何が起きるかわかりません。どんな逆境も笑って過ごせばなんとかなるものです。
この記事を書いた人
一般社団法人りむすび 共同養育コンサルタント
1974年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。自身の子連れ離婚経験を生かし当事者支援として「一般社団法人りむすび」を設立。「離婚しても親はふたり」共同養育普及に向けて離婚相談・面会交流支援やコミュニティ運営および講演・執筆活動中。 *りむすび公式サイト:http://www.rimusubi.com/ *別居パパママ相互理解のオンラインサロン「りむすびコミュニティ」 http://www.rimusubi.com/community *著書「離婚の新常識! 別れてもふたりで子育て 知っておきたい共同養育のコツ」️