世界遺産都市、ブダペストを巡る(1)
パップ英子
2016/05/08
(c)FinoMagazin ( http://www.finomagazin.com/2015/08/05/restaurantspoon/ )
ハンガリー歴代の国王たちが居城としてきた「ブダ王宮」
前回まではハンガリー第二の都市「デブレツェン」という街の魅力について特集しましたが、いかがでしたでしょうか? 今回からは首都ブダペストに舞台を移し、世界遺産にも認定されるほど美しい観光エリアを散策しながら、この都市の魅力をレポートしたいと思います。
船の上から夕陽が沈んでいく光景を収めた1枚の写真。手前に映るのはドナウ川、その先にはライトアップされたお城のような建物が見えていますよね。
このお城は、ハンガリー歴代の国王たちが居城としてきた「ブダ王宮」(*1)。その美しく幻想的な景観を楽しもうと、毎日、世界中から多くの観光客が集まる“王宮エリア”は、まさにハンガリーのシンボルともいえる場所です。
(*1)ハンガリー語でブダ王宮は(Budavári Palota/ブダヴァーリ・パロタ)。
今回は、ブダ王宮を含めた“王宮の丘”と呼ばれるエリアを散策してきました。前回同様、ハンガリー史や建築様式をふまえながら、“ブダ王宮”の魅力をお伝えしていきましょう。
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ブダ王宮の正門に向かう途中の丘の上で、ドナウ川の風景を撮影してみました。真ん中に映る、ドナウ川に架かる橋は“鎖橋(Lánchíd)” 、左側にうっすらと見える宮殿のような建物は、この国の“国会議事堂”です。鎖橋や国会議事堂もブダ王宮と同様に、この国で大人気の観光スポットなんです。
幾度となく戦火に見舞われた「ブダ王宮」
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写真は丘をのぼる途中の光景、“ブダ王宮”にだいぶ近づいてきました。王宮の風景をお届けする前に、まず、このお城の歴史をお伝えしたほうが皆様により興味を覚えていただけるかと思います。まずはブダ王宮の歴史について、ちょっと駆け足で説明させていただきます。
いまから遡ること1241年、当時のハンガリーはモンゴル軍の攻撃を受け、木造城壁だったブダ城は破壊されてしまいました。そして、14世紀に入り、このお城は当時のハンガリー王“ラヨシュ1世”によって、ゴシック様式の王宮に改造されることになります。
しかし、17世紀にはオスマントルコ(帝国)軍によって、ブダ王宮は再度、攻撃に遭い破壊されてしまったのです。その後、ハンガリーは“ハプスブルク家”支配下となり、ブダ王宮は18世紀にかけて、ハプスブルグ家の手によりバロック様式のお城へと改造されます。
ようやく、城の再建が完成したという思いも束の間、19世紀半ばには火災に見舞われ、さらには第一次世界大戦、次の第二次世界大戦と、この城は2回の世界大戦によって甚大な被害を被ることに。20世紀半ばとなってようやくブダ王宮の修復作業が再開され、現在の王宮の姿となったのです。
デブレツェン特集の際にも触れましたが、常に他国からの侵略、攻撃に苦しめられてきたハンガリーという国。そのとても長く辛い歴史は、ブダ王宮の歴史を振り返ってみても、痛いほど伝わってきますよね。
長きに渡り、戦火に見舞われてきたブダ王宮でしたが、1987年にはついに「ブダペスト、ドナウ河岸とブダ城」として世界遺産に登録されるまでとなりました。2002年には、「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」まで世界遺産の範囲が拡大され、そのように世界遺産となったことも、世界中から大勢の観光客を集めている大きな理由かと思います。
ハンガリー建国の祖を導いた伝説の鳥「トゥルル」
丘を登ると、最初にブダ王宮の大きな門、庭園への入り口が見えてきました。写真真ん中に、鷹のように大きな鳥の像が建っているのが見えますよね。この鳥は“トゥルル”と呼ばれ、ハンガリー建国の礎を築いた族長“アールバード”と6人の部族長をハンガリーに導いたといわれる伝説の鳥なのだそうです。
翼を大きく広げ、いままさに飛び立とうと天に向かって羽ばたく“トゥルル”の姿はとても気高く、多くの観光客が“伝説の鳥”を撮影していました。
鎖橋方面から登って来ること15分ほどで、ブダ王宮に到着しました。王宮の敷地内はこのように石畳が敷かれていて、中世の面影が漂っています。
歩いていると突然、可愛いホーローのマグカップたちがこのように吊るされて、ディスプレイされていました。写真には映っていませんが、マグカップたちの右手には出店があり、ほかにもハンガリー刺繍が施された子ども服がハンガーに吊るされ、販売されていたのです。
路上になんとも粋なお土産ブースが出現し、なにげないディスプレイの仕方にもセンスのよさを感じました。
ブダ解放へと導いた勇者「ユージン・サヴォイ王子」の像
王宮の門をくぐり、歩みをそのまま進めると、目の前はドナウ川やペシュト地区を臨む絶景が広がり、前方右手を振り返ると、こちらもまた、天に向かって駆け抜けるかのような荘厳なる石像が現れました。
この馬に乗った騎士の像は「ユージン・サヴォイ王子の像」(EUGENE OF SAVOY MONUMENT) というもので、王宮を見守る守衛神の如く、ブダ王宮東正面の入り口前で厳かに建っています。
ユージン・サヴォイ王子とは、オイゲン・フォン・ザヴォイエン(通称プリンス・オイゲン)という、実際に実在したハンガリー史上とても重要な人物です。サヴォイ家のオイゲン公(ユージン・サヴォイ王子)は、オスマントルコ軍からブダを解放された時に大活躍した軍人・大尉でした。サヴォイ公の勇姿を讃え、ローナ・ヨージェフによって建設されたこの像は、「サヴォイ・イェーヌの騎馬像」とも呼ばれるそうです。
“ハンガリー国立美術館”として活用される「ブダ王宮」
サヴォイ公の像の目の前にあるのは、ブダ王宮東側の正面入り口。実は現在、ブダ王宮は「ハンガリー国立美術館」(*2)として活用されています。
(*2)ハンガリー国立美術館のハンガリー語表記は“Magyar Nemzeti Galéria”、英語表記は“Hungarian National Gallery”。
ブダ王宮にあるこの美術館には、“ゴシック”や“ルネサンス”絵画などのコレクションとともに、19〜20世紀に活躍したハンガリー人画家の絵画も多数展示されています。館内では常設展、特別展と合わせて、現代芸術(コンテンポラリー・アート)作品の展示にも力を入れているそうです(*3)。
(*3)ハンガリー国立美術館Webサイト: http://www.mng.hu/
住所:Budapest, I. ker. Szentgyörgy tér 2., Budavári Palota (Budai Vár) B, C, D épület(ブダ城 B, C, D棟)開館時間:火〜土10:00〜18:00
ハンガリーで最も有名な史跡であり、大人気の観光スポットにもなっている「ブダ王宮」。見どころがとても多いので、今回は前編後編2回に分けてお届けします。ブダ王宮の散策レポート、続きは後編コラムをお楽しみください。
この記事を書いた人
“FinoMagazin”(フィノマガジン)主宰(編集長)
ハンガリー在住コラムニスト。 食品会社でワインインポーター業務に従事した後、都内の広告代理店に転職。コピーライター、ディレクターとして勤務。百貨店やデパート、航空会社、ベビー・ブランド等のクリエイティブ広告で、インテリア製品のコピーライティング、ディレクション等を数多く手がける。 2013年、夫の国ハンガリーに移住後も育児に奮闘しながら執筆業に邁進。日本の雑誌(出版社)でハンガリー紹介記事(取材・撮影・文)を担当。また、自身とハンガリー人クリエイターとで運営するブダペスト発ウェブメディア“FinoMagazin”でもインテリアを含めたライフスタイル全般コラムを連載。美容メディアにてビューティ・コラム連載、その他、企業のWEBサイトや企画書制作、日本のTV局、広告代理店、メーカーからの依頼でハンガリー現地ロケ・コーディネート等、多岐に渡る業務をこなしている。 自身主宰のハンガリー情報WEBメディア “フィノマガジン” http://www.finomagazin.com/