人生観すら変わる。畑を荒らされてもイノシシを憎めないわけ
馬場未織
2016/02/26
獣と人との飽くなき闘い
田舎暮らしのなかで、まるで挨拶のように交わすことばがあります。
5月あたりになると、お元気ですか、と言うかわりに「草どうですか?」と聞きます。あるいは、「草刈ってますか?」「いやー、今年も草すごいですね」とも。特に移住者や二地域居住者は草刈りをする日常に精いっぱいなので、苦労をわかち合う気持ちでそう声をかけあいます。
さらにもうひとつの挨拶があります。こちらは地元の方も含め、ほぼみなさん共通です。
「そちらはどうです?イノシシ」
というものです。
すると即座にビビッドな答えが返ってきます。
「こっちもひどいですよ、イノシシ」
「こないだ会いましたよ、この道で。イノシシと」
「ここんとこさらにひどくなりましたね」
「こないだあそこんちの罠で100キロ級が捕まったらしいですね」
「おお! あのあたりの藪には親子が住んでますからね」
わたしの家のある南房総では、特にイノシシの被害が目立っています。加えて、ハクビシンやキョン、野ウサギなどの被害もあり、里山環境では日々まさに人と獣の闘いが繰り広げられています。
田舎暮らしをしたい! と思っている方は、ある程度は獣害問題について意識を持って臨まれた方がいいかもしれません。趣味で畑をする程度だからまあ大丈夫だろう、と思うかもしれませんが、実際に被害に遭うと、割と落ち込みます。はい。
被害甚大、でもその原因とは
いま、日本各地の田舎で獣害が広がっていることは、ニュースなどで見聞きしたことがあるでしょう。
わたしが二地域居住を始めた9年前は、千葉の南房総エリアにおいては獣害はほどんとなかったように思います。ところが、5~6年前あたりから突然、地域にイノシシが増えはじめたのです。
「道沿いにイノシシネットをつける」という話を集落の方から聞いたときは、まあうちはいいかな、専業農家でもないしな。と、のんびり構えていたのですが、みるみるうちにわが家にも被害が出始めました。畑の作物を荒らされたり、土手を崩されたり、あたりかまわずブルドーザーのようにほじくり返すイノシシたち。ときには何十キロという巨大な石もごろごろと移動されていて、あの鼻づらと牙はどんな強さなんだろうと驚きます。敵ながらアッパレです。
しかし笑いごとではありません。荒らされた土地は表面がぼこぼこになり、草刈り作業もままならない状況になります。土手を掘られるとそこから土砂崩れが起きる危険も出てくるので、スコップですくい上げて埋め戻す、などという大変な仕事が増えるわけです。
しかも、せっかく原状回復をしたとしても、またやられてしまうかもしれません! 何とも不毛な気持ちになりますね。
わたしはこれまで、二地域居住をやめたいと思ったことはほぼないのですが、イノシシ被害がひどかった年には、毎週末来るたびにがっかりすることが重なって、思わず「田舎を捨てる人の気持ちが判るわ…」とひとりつぶやいてしまいました。実際、獣害がひどすぎて心が折れ、農業をやめてしまう人が増えているという現実があるのです。
しかしながら、このように田舎での鳥獣被害が拡大した原因は人間サイドにあります。
少子化、高齢化、農業従事者の減少などによって耕作放棄地が増え、また里山も荒廃し、それまでは山のなかにいた獣たちがどんどん人里におりてきたという経緯があり、さらに、そもそもいなかったイノシシ(房総半島ではイノブタ)が突然増えたのは狩猟目的で放した人がいたからだといわれています。「イノシシめ!」と思わず毒づきたくなりますが、増やすために放たれて、増えたら厄介者扱いという人間のご都合主義を考えると、恨むべきはイノシシではない気がしてきますね。
誰に向かって怒るべき?
対策としては、どうしても荒らされたくない場所にイノシシネットや鉄柵を張り巡らせたり、罠猟免許を持つ人にお願いして箱罠やくくり罠などを設置したり、自分自身も罠猟免許や猟銃免許をとるなどという方法があります。最近は獣害問題への意識が高まり、狩猟免許をとる人が増えているようです。仕留めた命は無駄にせず、ジビエとして美味しくいただく人もいます。
わが家の場合は、山に沿った敷地が続くため山際に柵を設けて侵入を阻止するのがむずかしいので、畑のまわりに防獣ネットを張るだけで何とかしのいでいますが、やはり土手はやられることがあり、頭の痛い問題ではありますね。
イノシシの隠れることのできる藪をつくらないように、まめに草刈りをするというのもひとつの方法です。確かに、視界が遮られることのない見渡しのよい場所などはあまり好まないようです。
わたしはたまに、イノシシと遭遇することがあります。夜、車でわが家に到着すると、道を渡ってわが家へ侵入しようとする数頭のイノシシと目が合ったりします。ウリボウと遭うこともあれば、かなり大きくなった子と親が連れ立っている場合もある。本来ならばにっくきイノシシめと思うところですが、その堂々としたふるまいに、思わず笑ってしまいます。わたしたちは勝手に「イノシシが侵入してきた!」と思うわけですが、むこうさまにとっては「たまに人間が来やがる!」といった感じなのでしょう。
いや、笑いごとではないのですけれどね。
そのようにたまに敵の姿を目撃するうちに、むしろ敵対心は減っていきます。相手も、生きるのに必死なのだとわかりますから。知人などは、道のど真ん中でごろんと仰向けになって授乳しているイノシシを見たこともあるとか。相当な被害があった家の人でしたが、それも笑ってしまったそうです。ウリボウって、ちびっこくてかわいいですからね。
地球は、人間だけの棲み処ではありません。
そんな当たり前のことを身を持って知る、田舎暮らしです。
都市生活ではしないような苦労をするなんてごめんだ、と思うかもしれませんが、こういう体験をするといろいろなことを考えます。そもそも人間生活はこの地球に合う発展をしているのだろうか、わたしたちが便利に合理的にと追求してきた暮らしは、どんな犠牲のもとに成り立っているものか、など。日々そんなことを考えるものですから、自分の生き方や暮らし方についても振り返ることになり、きっと人生自体も変化してきます。
そう考えると、獣害問題に直面することも、あながち無駄ではないのではないかと、わたしは思っています。
この記事を書いた人
NPO法人南房総リパブリック理事長
1973年、東京都生まれ。1996年、日本女子大学卒業、1998年、同大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2014年、株式会社ウィードシード設立。 プライベートでは2007年より家族5人とネコ2匹、その他その時に飼う生きものを連れて「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践。東京と南房総を通算約250往復以上する暮らしのなかで、里山での子育てや里山環境の保全・活用、都市農村交流などを考えるようになり、2011年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市役所公務員らと共に任意団体「南房総リパブリック」を設立し、2012年に法人化。現在はNPO法人南房総リパブリック理事長を務める。 メンバーと共に、親と子が一緒になって里山で自然体験学習をする「里山学校」、里山環境でヒト・コト・モノをつなげる拠点「三芳つくるハウス」の運営、南房総市の空き家調査などを手掛ける。 著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。