漢方医学の基本「三陰三陽思考」その2――小柴胡湯の処方から読み解く漢方の病気へのアプローチ(2/2ページ)
杉 幹雄
2020/12/15
漢方医学は症状と全身状態から処方する
この肝臓のうっ血と小腸の虚血という病態から現代医学の症状や病名当てはめると、多岐に及びます。
矢数道明先生の『漢方処方解説』によると、小柴胡湯の処方を現代医学の病名の症状に当てはめると次のようになります。
諸急性熱性病:感冒・流感・チフス・麻疹・マラリア等、胸部疾患で気管支炎・気管支喘息・肺炎・肺気腫・膿胸・肺結核・肋膜炎・肋間神経痛・帯状疱疹、横隔膜下の胆管胃部の疾患で肝炎・胆嚢炎・胆石症・黄疸・肝機能障害、胃部の疾患では胃炎・胃酸過多症・胃酸欠乏症・胃潰瘍・胃痛、頭頸項部の疾患で頸部リンパ節炎・円形脱毛症・結核性リンパ腺炎・扁桃炎・中耳炎・乳様突起炎・耳下腺炎・乳腺炎・肩こり、腎臓系では腎炎・腎石・腎盂腎炎・男子の睾丸炎・副睾丸炎・婦人付属器炎・産褥熱・血の道症、皮膚病では陰部掻痒症・いんきん・凍傷・ヘルペス・禿頭病・頭汗症、神経疾患では、神経質・神経性不食病・神経衰弱・ノイローゼ・おし・どもり・不眠症・精神分裂病・ひきつけ・乗り物酔いなど。
このように小柴胡湯一つの処方でも、全身を網羅する病名が並びます。ですから、漢方薬処方では病名から考える必要はまったくないのです。また、漢方薬を現代医学の病名で漢方処方をすれば間違うのは当然であることが分かると思います。
漢方の解析の応用
小柴胡湯の処方解析から分かることは「肝臓と小腸という2つの臓器は緊密なバランスを取っている」ということです。こうした視点を応用することこそが、次の世代の医学を作るヒントになります。
具体的には肝硬変では、腹水がたまります。この腹水を抜いても、またたまっていきます。このことへの回答が小柴胡湯の解析から導き出されます。
肝硬変の病態は小柴胡湯の処方とは逆に肝臓が委縮して虚血を起こしている状態です。しかし、問題があるのは肝臓だけで、小腸は正常を保っています。この状況は、肝硬変になってエネルギーが減少して、弱くなっている肝臓に対して、小腸のエネルギーは通常の状態なので、衰弱している肝臓に対して小腸のエネルギーが強い状態である状態ともいえます。つまり、肝硬変では肝臓と小腸のバランスが悪い状態にあるともいえるわけです。
そこで必要なことは小腸を冷やすこと。すなわち小腸に水を配置して肝臓のエネルギー低下に合わせて小腸のエネルギーを抑えなくては肝臓と小腸のバランスがとることです。そのため身体は小腸の熱を取るために腹部に水分を集め、それが腹水の原因になるとも考えられるのです。言い換えれば、陰陽視点を逆転させ小腸の熱を取り腹水を取るための漢方処方をすることが肝硬変での腹水の治療の視点として有効と考えられます。
このような視点で考えると「病気というものがどのような運動なのか」を、垣間見られると思います。それは「小柴胡湯」から解析したことから分かる様に臓器のバランスを崩しているのが病気の実態であることを示唆しているからです。
漢方医学は昔に作られた医学ですが、その漢方医学を解析することにより、医学の観念が大きく変わっていくと思います。そして、こうした解析を行っていくことで、症状を抑えることでつらい状態から救い、結果的に病気への視点が他にもあることへの理解と共に、病気に新しい光を与えることで治癒につながるのではないかと思えてなりません。
この記事を書いた人
すぎ内科クリニック院長
1959年東京生まれ。85年昭和大学医学部卒業。国立埼玉病院、常盤台病院、荏原ホームケアクリニックなどを経て、2010年に東京・両国に「すぎ内科クリニック」を開業。1975年大塚敬節先生の漢方治療を受け、漢方と出会ったことをきっかけに、80年北里大学東洋医学研究所セミナーに参加。87年温知堂 矢数医院にて漢方外来診療を学ぶ。88年整体師 森一子氏に師事し「ゆがみの診察と治療」、89年「鍼灸師 谷佳子氏に師事し「鍼治療と気の流れの診察方法」を学ぶ。97年から約150種類の漢方薬草を揃え漢方治療、98年からは薬草の効力別体配置図と効力の解析を研究。クリニックでは漢方内科治療と一般内科治療の併用治療を行っている。