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BOOK Review――この1冊 『ケーキの切れない非行少年たち』 宮口幸治/著

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「人を殺してみたかった」。時々、こうした動機で殺人を実行する少年がいるが、行為の重さと動機の軽さがアンバランスで、言いようもない違和感と恐怖にかられる。彼らの考え方は社会のルールからかけ離れ過ぎていて理解しづらく、だからこそ恐ろしい。

しかし、彼らからしてみれば、一般社会の方が「理解できないもの」であるのかもしれない。それは、彼らが未熟さや傲慢さゆえに社会を拒絶しているからではない。そうではなく、認知機能に問題を抱えているから、物事を正しくみることができず、そのことが犯罪などに結びついているのではないか――そう、本書は指摘する。

本書は、精神科医である著者が、問題行動を起こす少年たちと、認知のゆがみとの関係について論じる一冊だ。認知とは、記憶や知覚、注意、言語理解、判断・推論などのいくつかの要素が含まれた知的機能のことで、見る力や聞く力、想像する力などが含まれる。

著者は、精神的・身体的に疾患のある少年を治療しながら、矯正教育を実施する施設である医療少年院での勤務中、ある出来事にショックを受ける。殺人や強盗、強姦などの凶悪犯罪を起こした少年たちが、目の前にある図形を正確に書き写す、ホールケーキを三等分するといった課題をこなせないのだ。

本書には、少年たちが“三等分”したケーキの図がいくつか掲載されているが、これが衝撃的だ。「自分の分を多くしよう」などと考えて恣意的に等分しているわけでも、ふざけているわけでもないことは、著者と少年とのやりとりから分かる。

中学生や高校生くらいの少年たちが、ごく簡単な課題をこなせない。その背景には認知のゆがみがあった。正常な認知機能を前提とする、認知行動療法による矯正教育の成果があがらないのも、そのためだった。

少年たちは、自分がなぜ罪を犯したのかを説明することができず、被害者の手記を読んでも、内容が理解できない。著者の言葉では「反省以前」の状態だ。

彼らは、認知のゆがみゆえに成長段階で様々なつまづきを経験している。見る力や聞く力が弱いと、教科書を読む、板書を書き写すといった、授業を受けるための基礎的なふるまいができず、小学校で授業についていけなくなる。そのために深刻ないじめのターゲットとなり、コミュニケーションに極端な苦手意識を持つケースも多い。著者が医療少年院で出会った少年たちの多くが、苦手なこととして、勉強と、人と話すことを挙げたという。

著者は、少年たちが抱えてきた生きづらさに思い当たり、考える。

なぜ、この少年たちは「支援が必要な人」として認識されてこなかったのかを。

認知機能に問題を抱えているのは、発達障害や知的障害のほか、いわゆる「境界知能」に属する、IQ70~85程度の少年たち。知能分布によれば、人口の14%が該当する。35人のクラスに5人程度はいる計算だ。とりわけ境界知能の場合には、特定の診断名がつくわけではないため、ハンデがあることを気づかれにくい。

「学校ではその生きにくさが気づかれず特別な配慮がなされてこなかったこと」、その結果、社会に不適応を起こして非行化し、加害者となって少年院に収容された後で「非行に対してひたすら『反省』を強いられていたこと」。著者は、この二つに問題意識を抱く。「教官に叱られるから」という理由で反省の言葉を口にしても、「人を殺してみたい」という思いを打ち消すことはできない。

著者は、約5年の歳月をかけ、認知機能向上への支援として有効な「コグトレ」を開発。医療少年院などで、一定の成果を上げている。本書は、認知機能のゆがみのために困難を抱えている人の存在を、広く社会に知らせる役割を追う一冊。そうした人たちに適切な支援を届けることが、犯罪の抑止にもつながり、やがて社会に資するのだという意見に、丁寧に耳を傾けたい。認知のゆがみを、生きにくさとイコールにしない社会にするために、知るべきこと、やるべきことは数多くあるはずだ。

『ケーキの切れない非行少年たち』
宮口幸治/著
新潮社刊(新潮新書)
792円(税込)

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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

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