三重県伊勢神宮 お伊勢参りで食する『あそら茶屋』(伊勢市)の御饌の朝かゆと『いつき茶屋』(多気郡)の斎宮の宝箱
2022/03/25
三重県伊勢市に佇む緑に囲まれた「伊勢神宮」
江戸時代、庶民の間でブームになったお伊勢参り。こぞって伊勢を目指すその旅は道中笑いあり、涙あり、最終目的地には神の「おかげ」あり。江戸から2カ月歩きつづけること約130里(500キロ)。ピーク時には半年ほどで約460万人の庶民が参拝に訪れたとの文献も残っている。
もともと伊勢神宮への参拝は禁じられていた時代もある。天皇が幣帛(へいはく)をお供えし、国家安寧などを祈る場である伊勢神宮ではもともと、〝私幣禁断〞、天皇の許しがなければ皇族や貴族であっても私幣をお供えすることはできなかった。参拝できるのも勅使や斎王(さいおう・伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王)など、限られた者のみ。私幣禁断は原則として現代まで受け継がれているが、参拝については、中世末期頃、まさに江戸時代から庶民にも許されるようになった歴史がある。
豊受大神・とようけおおみかみ(外宮)
豊受大御神をお祀りしている外宮。
豊受大御神は内宮の天照大御神のお食事を司る御饌都神であり、衣食住、産業の守り神としても崇敬されている。伊勢市駅から参道を真っすぐ歩くこと5分、その鳥居が見えて来る。鳥居をくぐる前に会釈の挨拶。緑に包まれた森の中を一歩一歩玉砂利を踏みしめると気持ちが落ち着いてくる。
澄み切った中をくぐりぬけ参拝。気持ち一つあらわに外宮を後にする。
『あそらの茶屋』で頂く「御饌(みけ)の朝かゆ」
外宮に向かう参道、一番鳥居に近いところに『あそらの茶屋』がある。看板には「参宮あわび」。百聞は一見に如かず、改め、百聞は一味に如かず。早朝から参拝し内宮に行く前にここで朝食をとることにする。あわびは天照大神に奉られて以来、神宮へのお供物、日本人の感謝やもてなしの心をあらわす熨斗など、はれの日の特別な品。確かに結納で交わす、水引き封筒の「のし」中にあわびを挟む風習がある。
御饌(みけ)の朝かゆ。
フリガナがふられていないと読めない難しい漢字である。御饌とは、祭りなどで神様に献上するお食事。神様に食事を差し上げおもてなしをして、そのお下がりを参列した人たちでいただくことだそうだ。「神人共食・しんじんきょうしょく」。ここではその御饌をあそら風に再現して食べさせてくれる。伊勢の国は日本書紀にも「美(うま)し国」と詠まれてきた風光明媚で気候温暖、海・山・川の産物が豊かな場所と言われている。それゆえに何百年の間供え物には米、酒、餅、海魚、川魚、野鳥、水鳥、海菜、野菜、菓子、塩、水を基本としたものが多い。
朝かゆといってもフルコースになっている。食前梅無酒(ノンアルコール)、季節の小鉢、温泉玉子、厳選珍味、子持しぐれ、季節の酢の物、地の干物、おかゆ(お米は奇跡の稲と称されるイセヒカリ)、赤だし、地の漬物、ぜんざい、と、お供えの品をイメージした食材を一品(有料)選ぶことが出来る。伊勢海老、鮑、鯛、サザエ。看板の「参宮あわび」が記憶に残るも、伊勢海老にする。
注文してから何分か経った頃、左右50cm、奥行き30cm、高さ10cm、容積15000cm3 の大きな木箱が運ばれてくる。
蓋を開けた瞬間、自分が「神様」になったのではないかと錯覚に陥った。
白木の箱の中は、シンプルな食器に乗せられた料理。食器に引き立てられたひとつひとつがとても華麗な「御饌の朝かゆ」。箸置きのそれを見れば気持ちが弾んでくる。食材も味付けもシンプルで、参拝後の冷えた身体に一口目の赤だしがしみ込む。じわじわと栄養になっていくのが実感できる。奇跡のイセコシヒカリのおかゆは絶品。おかゆにするにはもったいない、炊きたての白米で一度は口にしたいお米だ。
箱の外でぷりぷりの伊勢海老が出番を待っている。一口二口、素のおかゆを味わった後に、それの入場だ。あそら特製の風味あるたれを回すようにいれて口に運べば、伊勢湾の海が口の中で広がる…。おかゆの温かい白湯、噛みしめるほどに甘いイセコシヒカリ、伊勢海老のぷりぷり食感と旨味。贅沢な朝ご飯は、身も心も癒され、邪気に覆われた体の内部から浄化される不思議な気分になった。
神様は毎日美味しいもの食べているのだと実感しながら、内宮へと向かう。
皇大神宮・こうたいじんぐう(内宮)
総氏神のように崇められる天照大御神をお祀りする内宮。内宮の入口である宇治橋をわたり、長い参道を進むとそこは神域。宇治橋を渡ることにより⽇常から神聖な世界へ渡ると言われている。
五⼗鈴川の御⼿洗場は目線が水面と同じぐらいなので、景色をみながら澄んだ流れで身も心も清めてからお参りしたくなる。この川は、「御裳濯川」とも呼ばれ、倭姫命が御裳の裾を濯いだことから名付けられたと伝えられている。
内宮参拝。心が洗われ内宮を後にする。
外宮・内宮参拝の後は「おかげ横丁」で小休止。足を休ませるにはちょうどいい横丁だ。お伊勢参りする江戸時代、自由な長旅がまだ困難な頃人々がこぞって伊勢に押し寄せるという、そんな旅人たちを、伊勢に住む人々はあたたかく迎えたそうだ。それは神恩感謝の深い気持ちであらゆるものをありがたく受け入れる信仰心の表れでもあり、旅人はその“おかげ”から無事にお参りできたので、お伊勢さんへの旅はいつしか “おかげ参り”と呼ばれるようになったという。
『赤福本店』で糖分を補給し、今回の最終グルメ目的地である外宮・内宮に続く斎宮。ここは天皇の代わりに伊勢神宮に唯一参拝が許された皇女が代々住んでいたところである。
斎宮・さいくう (いつきのみや)
日本の古代から南北朝時代にかけて、伊勢神宮に奉仕した斎王の御所(現在の斎宮跡)だ。斎宮は「いつきのみや」とも呼ばれ、斎王の宮殿と斎宮寮(さいくうりょう)という役所のあったところ。斎王は、天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、天皇の代替りごとに皇族女性の中から選ばれ、都から伊勢に派遣されていた歴史がある。その建物などは現存しないが、華やかな「祈る皇女 斎王の都」は「日本遺産」に認定され、駅前には縮尺された宮廷、そして実物大の社が復元されてある。
ここで斎王が食していた平安時代のレシピ料理を『いつき茶屋』で食べることができると知り、外宮・内宮、そして斎宮の歴史を知ったうえで食することにする。
斎王の宝箱
平安時代に使われていた食材を調べて復元している斎宮の宝箱。お弁当の形で復元されてあるが、なんとも歴史漂うお洒落な重箱である。
この重箱というものは本当に開ける瞬間が一番ワクワクさせられる。料理のメニュー表はあるものの、五感の最初に反応する視覚、次に反応する嗅覚、お料理の6割5分、いや7割はここで勝負あったといっても過言ではないだろうか。今朝食した御饌の朝かゆも同じである。
重箱の隅々まで色鮮やかに美味しそうな食材が詰まっている。
鮫たれ、鰆柚庵焼き、鳥照焼き、だし巻き玉子、海老旨煮、胡麻豆腐、銀杏、鴨肉、昆布巻き、メロン・チェリ一、小倉寄せ、黒米おこわ、つぼ漬け、ぜんまい煮、蓮根、椎茸旨煮、 里芋、ふき、生麩、人参旨煮、筍土佐煮、生酢、青梅甘露煮、京あわせ ほうれん草胡麻和えの25品。平安時代に斎王がこれだけのものを食していたかは定かではないが(現代用にもちろんアレンジはされてあるだろうが)、とにかく豪華爛漫だ。
鮫たれはここ伊勢地方にしかない鮫の干物料理である。たれはたれでもよくある濃縮されたたれではなく、鮫の肉を細く切り天日干ししたものだ。天日干しした時にその肉がヒラヒラと垂らして干したところからその名前がついている。鮫特有の臭みはなく食感よく旨味が凝縮されている。ここでも海・山の幸三昧である。
黒米のおこわは、見た目はお赤飯だが全くの別物。一粒一粒にコシがあり噛みしめるほど甘みが出てくる。伊勢地方は本当にお米が美味しい。
歴史の流れを考えながら、ひとつひとつ食材を噛みしめる、時間が止まったかのような贅沢な食事。至福のひと時を過ごす。
近鉄名古屋、JR新幹線接続の時間が迫ってきた。一粒たりとも残すことなく食して、この神聖なる伊勢を後にする。気が遠くなる歴史を感じながら、お伊勢参りをし、伊勢料理を堪能。
【番外編】伊勢地方の文化 あこや貝の貝柱
移動途中で食したあこや貝の貝柱。あこや貝と言えば「真珠」。食べるという発想が全くないので百聞は一味に如かず。濃厚な磯の香りがするこの貝柱、伊勢地方では今、この時期が旬。刺身、焼き、炊き込みご飯を楽しんでいる。特別な食材ではなくごく普通のものあこや貝の貝柱。鮮度が落ちるのが早いらしく県外にはあまり出荷されてないとのこと。お土産(クールボックス)、空輸、陸送ほぼできないとのこと。また食べたい逸品である。
今回お邪魔したおいしいお店
御饌の朝かゆ :『あそらの茶屋』伊勢せきや本店2階
三重県伊勢市本町13-7(外宮表参道)
赤福:『赤福本店』
三重県伊勢市宇治中之切町26(おかげ横丁)
斎宮の宝箱:『いつき茶屋』 ※宝箱は完全予約制
三重県多気郡明和町斎宮2969-4
あこや貝:『いしばし』
三重県伊勢市宮後2-25-3
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この記事を書いた人
編集者・ライター
長年出版業界に従事し、グルメからファッション、ペットまで幅広いジャンルの雑誌を手掛ける。全国地域活性事業の一環でご当地グルメを発掘中。趣味は街ネタ散歩とご当地食べ歩き。現在、猫の快適部屋を目指し日々こつこつ猫部屋を制作。mono MAGAZINE webにてキッチン家電取材中。https://www.monomagazine.com/author/w-31nekoyama/