『劇場版「きのう何食べた?」』――満を持しての劇場版、その見どころは
兵頭頼明
2021/10/30
©︎2021 劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 ©︎よしながふみ/講談社
目白押しテレビドラマの劇場映画化
テレビドラマを劇場映画化する動きが止まらない。
今年を振り返ってみると、4月に『劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班』と『バイプレイヤーズ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら~』、9月に『科捜研の女-劇場版-』、10月に『劇場版 ルパンの娘』が公開され、12月には『あなたの番です 劇場版』と『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』、来年の2022年1月には『コンフィデンスマンJP 英雄編』の公開が予定されている。
本作『劇場版 きのう何食べた?』は、19年4月クールに放送されたテレビドラマの劇場版である。
原作はよしながふみの人気コミックで、電子版を含む累計発行部数が815万部をというベストセラー。内容は男性カップルの日常を描いたもので、ドラマは金曜深夜0時12分スタートの深夜枠であるにもかかわらず、見逃し配信の再生数は全12話で100万回を超え、タイムシフト視聴率も同枠の歴代最高記録となるなど異例のヒットとなった。20年1月にはスペシャルドラマ版が放送されており、満を持しての劇場版公開である。
男性カップルのほのぼのとした毎日
筧史朗(西島秀俊)は小さな法律事務所で働く、雇われ弁護士。その恋人の矢吹賢二(内野聖陽)は美容師。
2LDKのアパートで一緒に暮らす二人にとって、夕食の時間はかけがえのないものだ。史朗はなるべく仕事を定時に切り上げて帰宅。夕食を作ることが楽しくてたまらない。賢二は史朗の作る料理が大好きで、パクパク平らげる。食卓を挟んで向かい合う二人は、その日に起きた出来事や感じたことを語り合い、有意義な時間を過ごしている。
ある日、二人は史朗の提案で京都旅行に出かける。史朗から賢二への誕生日プレゼントだ。京都旅行を満喫する二人であったが、賢二は史朗からショッキングな話を切り出される。
賢二はその話を頭では理解できるのだが、心で受け止めることができない。京都旅行をきっかけに、二人の間には小さな溝が生まれ、お互いの心の内をさらけ出すことができなくなってしまう――。
主役の二人のほか、山本耕史、磯村勇斗、梶芽衣子、田山涼成、田中美佐子、マキタスポーツら、テレビドラマ版のキャストが再集結。監督の中江和仁と脚本の安達奈緒子のコンビも続投だ。数多くのエピソードが散りばめられているが、何か特別な事件が起きるわけではない。2LDKに暮らす男性カップルのほのぼのとした温かい毎日を、ユーモアたっぷりに描いている。
とりわけ丁寧に描かれているのが、調理のシーンである。原作コミックは毎回かなりのボリュームで史朗の調理シーンを描いており、それが物語と密につながっている。テレビドラマ版も今回の劇場版も同じスタイルだ。
史朗はケチと呼ばれても仕方のないほどの倹約家で、近くのスーパーの割引タイムや底値の相場を把握している。二人の1カ月分の食費を3万円と決めているので、牛肉は滅多に使わない。この食材、この調味料の代用品には何がいいかという知恵を持っており、制約の中でもおいしい料理を作る。余分なお金はすべて貯金しているのだが、それは二人の将来、すなわち老後に備えてのことだと思われる。
埋められない価値観の違いを描く
劇中ではLGBTが抱える事情や、LGBTの息子を持つ親が息子とどう向き合っているかも描かれている。
史朗は賢二と異なり、自分がLGBTであることをカミングアウトしていない。史朗の父(田山涼成)も母(梶芽衣子)も息子がLGBTであることを理解しようと努めているが、完全に理解することはできない。
一方、賢二の母は息子がLGBTだと知ったときに激怒したものの、いまでは息子を理解しており、二人の姉も賢二と仲良く接している。筧家の人々も矢吹家の人々も息子、そして弟を愛していることに変わりはないが、筧家の人々の心の葛藤は続いている。
作品全体がほのぼのとした空気に包まれているので見過ごしてしまいそうになるが、価値観や立場の違いによる決して埋めることのできない溝については、そこに完全な答えは見い出せないことを含め、きちんと描かれている。原作の魅力を最大限に生かした監督とスタッフ、そして、俳優陣に拍手を贈るが、特に脚本を担当した安達奈緒子の功績を称えたい。
安達は本作のテレビドラマ版の放送と同じ時期に、沖田×華の人気コミックをテレビドラマ化した『透明なゆりかご』の脚本を担当。今年は連続ドラマ『おかえりモネ』のオリジナル脚本で広く才能を認知されることになったが、ソフトな語り口でありながら、複数のテーマと物事の多面性を無理なく物語に溶け込ませる手腕は、他の追随を許さない。『おかえりモネ』で一度だけ、主人公の上司役の西島秀俊と主人公の父親役の内野聖陽が差し向かいで語り合う味わい深いシーンがあったが、これは明らかに安達から『きのう何食べた?』ファンに贈られたサービスであった。
テレビドラマの劇場版製作が増えている現状を憂い、日本映画界は企画が貧困だと嘆く映画ファンもいる。しかし、一般的なテレビ視聴者は、贔屓にしていたテレビドラマが劇場映画化され、その続きが見られることを喜んでいるのではないか。需要があるからこそ作品が生まれるのである。それに、Netflixをはじめ配信専用映画の台頭により、もはや映画館とテレビを隔てる境界は無くなりつつある。
「劇場版」というキャッチが死語になる日は近い。
劇場版「きのう何食べた?」
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社「モーニング」連載中)
監督:中江和仁
脚本:安達奈緒子
出演:西島秀俊/内野聖陽/山本耕史/磯村勇斗/マキタスポーツ/松村北斗/
田中美佐子/田山涼成/梶芽衣子
配給:東宝
11月3日より公開
公式サイト:https://kinounanitabeta-movie.jp/
【この著者のほかの記事】
『メインストリーム』/一般の人がSNSでカリスマに そのときに人はどう変わるのか?
『モンタナの目撃者』/ふたりの“女性ヒーロー”によるパニック映画とサスペンス映画
『孤狼の血 LEVEL2』/リアリティ重視の大人向けのエンターテイメントなやくざ映画
この記事を書いた人
映画評論家
1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。