「当て物件」「見せ物件」「決め物件」――賃貸“客付け”の裏側をこっそり知っておこう
賃貸幸せラボラトリー
2024/01/05
当て物件・見せ物件・決め物件
「当て物件」「見せ物件」「決め物件」――何のことだろう?
これらは、実は隠語だ。
否、隠語というと人聞きが悪い。言い直そう。これは、賃貸住宅業界にいるプロフェッショナル達が使う、いわゆる業界用語となる。
とりわけ、これらの言葉は、プロの中でも賃貸仲介店舗で働くスタッフの間で広く認識されている。
窓口にやって来た入居希望者に対し、物件を紹介し、現地を案内、内見をさせるスタッフ達だ。
では、言葉の意味は?
それをこれから説明していこう。これらの言葉と意味は、賃貸物件――部屋を探す側のユーザーも、ぜひ知っておいた方がよいものだからだ。
成約のための「定番」テクニック
賃貸仲介店舗を訪れた入居希望者に対して、物件を紹介し、現地での内見を案内するスタッフ達――
彼らにあっては、あるテクニックを駆使して、より有利な成約を勝ち取ろうとする旨、俗にいわれている。
それが、
「当て物件」「見せ物件」「決め物件」
と、言われるものだ。さらには、これらを組み合わせての「内見ルートづくり」となる。
実際、現場では――もちろん全ての現場、従業員というわけではないが――少なくない数のスタッフが、こうした工夫をしながら、客を物件に案内している。
基本のルートは、
「当て物件」――「見せ物件」――「決め物件」
と、順に巡るものとなる。
さらには、状況に応じてこれらの順番を変えたり、数を増やしたり、一部を省略したりもよく行われる。
呼び方も、店舗によって違いがあったりする。たとえば「当て物件」を「ボロ物件」などと言ったり。
ともあれ、これは業界で何十年来続いて来ている、彼らの定番テクニックとなる。
入居希望者の心をドラマチックに揺さぶりながら、狙った成約に結びつけるための戦略だ。
「当て物件」
まずはこれだ。ちなみに、当て物件の「当て」とは、「当て馬」の「当て」だと思っていい。
つまり、スタッフ自身、この部屋で入居が決まるとは思っていない。
入居希望者側も、ここへの入居は「ちょっと嫌だな」――大抵はそう感じてしまう。
そんな物件が、多くは当て物件の位置に置かれることになる。
具体的には、管理が悪く部屋や建物が汚かったり……、騒音がひどいなど周りの環境がよくなかったり……、設備や仕様が古くてみすぼらしかったり……
そんな問題を抱えた、いわば残念な物件だ。
ただし、そんな当て物件だが、家賃等のコストだけは入居希望者の望む範囲にしっかりと収まっている。安いのだ。
しかし、スタッフは、案内しながら横目で暗にこう語っていたりする。
「考えておられる予算では、満足いく部屋はちょっと無理かも。もう少し頑張らないと。頑張れば借りられる部屋をこれから見に行きますよ」
なので、当て物件は、内見ルートの初めにポジショニングされやすい。客を「決め物件」へと導くための重要な布石だ。
「見せ物件」
新築あるいは築浅で、部屋がピカピカだったり……、設備や仕様が最新の便利なものだったり……、外観もおしゃれでキレイだったり……
そんな、案内された入居希望者の目がパッと輝くような物件が「見せ物件」となる。
しかし、残念ながらそこはちょっと家賃がお高めだ。
当然、初期費用などもかさむため、入居希望者側としては通常予算オーバーとなる。ここに決めるのはちょっと難しい。
だが、スタッフの方もそれはちゃんと心得ている。
つまり、払えば払っただけ理想に近づく――そんなあたりまえの現実を彼らはここで客に見せているわけだ。
そのうえで、(スタッフの心の声だ)
「がっかりしないで。これほどのレベルではないけれど、次にきっといい部屋が見られますよ」
当て物件が、ダメさ加減で客の心を揺さぶるのに対し、憧れを煽ることでそれを行うのが見せ物件といえるだろう。
「決め物件」
ズバリ、スタッフが「ここで決めたい――この客の入居をこの部屋で勝ち取りたい」と、思っている物件が「決め物件」となる。
なお、その物件はなぜ決め物件に選ばれているのか? よくある条件などはあとで説明しよう。
順番としては、決め物件は、内見ルートの最後に置かれることが多い。いわば真打ちだ。
もちろん、部屋が入居希望者のリクエストどおり2階以上にあるとか、駅徒歩分数も上限以内であるとか、具体的な条件もほとんどクリアされている。
そのうえで、「見せ物件」ほどの輝きはないが、「当て物件」のような失望感もそこには存在しない。
そんな物件をスタッフは内見のメインデッシュにもってくる。
ただし、決め物件には、入居希望者にとって悩ましい問題があったりもする。それはコストだ。予算を若干上回るケースも少なくない。
しかし、スタッフ側もそこは計算に入れている。その額は「見せ物件」とは違い、客が少し背伸びをすれば届きそうなレベルに大抵収まっている。
そんなわけで、入居希望者はここでいっとき悩むことになるわけだが、その背中をグッと押す存在がある。
それは、これまでに見て来た「当て物件」や「見せ物件」での記憶だ。
「ここはダメ」と、思わず引いてしまった部屋。
住みたいけれど家賃が高かった部屋。
それらを思い出させつつ、入居希望者を「決めるならここしかないか」と、決心するところまで導いたとすれば、それはスタッフの目論見どおり。作戦は大成功だ。
セットアップのしかたは色々
さて、ちょっと漫画チックに紹介したが、要は、
「当て物件」「見せ物件」「決め物件」
これらは、賃貸物件を探す入居希望者の心をコントロールするための、いわばセットアップ・アイテムだ。
また、これらを上記の順番で紹介するのが基本だと、先ほど述べたが、その理由も読者はすでに理解されただろう。
すなわち、この順番だと客をうまくドラマに乗せやすい。
専門的にいえば、アンカリングまたはフレーミングに類する効果が出やすいやり方であることも(行動経済学)、詳しい読者は気付かれているに違いない。
とはいえ、これらの順番や組み合わせは、繰り返すが一様に決まっているわけではない。
スタッフの考え方によって、あるいは入居希望者の抱える状況等によって、違いが生じたり、臨機応変に変えられたりもする。
たとえば、こんな具合だ。
口では渋い予算を語っているものの、本当は高い家賃でも余裕で払えそうな客。すると、スタッフは、いつもは見せ物件に据える豪華な部屋をここぞとばかり決め物件のポジションに置くかもしれない。
なおかつ、その客が転居を急いでいるともなればなおさらのこと。これをあえて最初の内見先とし、早めの勝負をかけることもあるだろう。
一方、「当て物件」の数をあえて増やし、それによって入居希望者の掲げる予算の甘さを暗に、繰り返し指摘する方法が採られることもあるだろう。
つまり、客の心は、現実を幾度も知らされることで疲れ果てる。その上で、ほどほどの「決め」にもっていくやり方だ。
あるいは、こんなスタッフもいる。
「僕は基本、豪華な見せ物件からスタートします」
理由は、ステキな部屋を見て入居希望者の表情が明るくなり、その後の会話が弾むことが多いからだそうだ。スタッフ本人の性格やキャラクターとも合っているのだろう。
かたや、「見せ物件はほぼ設定しない」と、いう人もいる。
複数の当て物件に対し、本当にダメな物件、決め物件に近いレベルの物件、と、立ち位置をそれぞれ割り振ったうえで、決め物件を全体の一番に置くやり方だ。
なお、こうしたテクニックを駆使する前提として、スタッフは、地域の物件のことをよく知っておかなければならない。
当然ながら、採用間もない新人スタッフでは荷が重い、であるとか、自社管理物件の内見を他社に任すことが多い管理会社のスタッフではこうした腕が磨かれにくい――と、いったことにもなるわけだ。
ユーザー自ら「当て物件を見せて」とリクエスト?
ちなみに、昨今実際の現場では、入居希望者は「当て物件」を複数にわたり、何度も内見させられることが少なくない。
どういうことか?
答えは、不動産ポータルサイトの存在だ。
入居希望者にあっては、その多くが、賃貸仲介店舗の窓口を訪問する前にポータルサイトを閲覧し、
「家賃・コストが安く」
「写真の見映えがいい(ここは特に注目される)」
そんな物件をいくつか選び終えるなどしている。
そのうえで、
「まずは、コレとコレとコレを見に行きたいんです」
などと、窓口で希望するのだが、そうした物件はいざ現地に行ってみると、実のところ彼らの想像を下回る状態であることが多い。
なぜか?
家賃・コストが安い
――物件にはやはりそれ相応の弱みがあり、それが現地で判明する。
写真の見映えがいい
――その写真は実は新築時のものだったり、見映えを良くする工夫が綿密に施されたものだったりする。現実はおよそ写真のようではない。
そんな場合が少なくないからだ。
よって、そうした物件の内見をいくつも頼まれたスタッフは、
「あそことあそこか(笑)」
などと、ひそかに思いながら、通常はそれらを見せ物件の位置に置く。つまり、その日の内見は「見せ物件」が多い状態となる。
そのうえで、それらよりも若干コストの上がる(スタッフ側としては通常、収益が増す)決め物件を慎重に選び、ルートを組み立てる。
すなわち、「見せ」「見せ」「見せ」――を経ての、客の心が疲れたところを救うかたちでの「決め」を狙う。
なお、今これを読んでいて「私はまさにそれ!」と、思った人もきっといることだろう。
そんなかたちで、現在住んでいる部屋を選んだという人が、今どきは結構いるはずだ。
「決め物件」の条件
では、そうした「決め物件」に選ばれる物件には、どんな条件や特徴が見られるのだろうか。
まず、最も多いと思われるのが、オーナー(物件貸主・大家)からのインセンティブが存在する物件だ。
つまり、
「私の物件に客(入居者)を付けてくれたら、おたくには仲介手数料のほかに家賃の〇カ月分を支給しますよ」
そんな約束が、賃貸仲介店舗とオーナーの間で交わされていることがある。
そのうえで、こうしたインセンティブは、スタッフ個人の成績・収入にも通常は反映されるため、額が大きければ大きいほど、当人は燃えないわけにはいかなくなる。
そのため、インセンティブが存在する物件、とりわけ高インセンティブな物件ほど決め物件には選ばれやすい。これは、ビジネス力学上当然のこととなる。
さらに、もうひとつ。大事な基準を抱えるスタッフも多い。
スタッフによっては、インセンティブの多寡などを超えて、これが個人的に一番の条件であることも意外に少なくない。
それは、その物件が「入居したお客様に喜んでもらえる物件」であることだ。
ちなみに、賃貸仲介店舗=不動産会社のスタッフといえば、金にばかり目が眩み、客のことは騙す相手としか思っていない連中――などという、荒んだ印象をもつ人もなかにはいるかもしれない。
だが、それは一部の例でしかない。多くのスタッフはそうではないのだ。
彼ら・彼女らは(多くは若者だ)、働く人間としてあたりまえに、客の笑顔と喜びをモチベーションにしている真面目な人々だ。
なので、
「お客様が喜ぶ物件、がっかりしない物件こそ決め物件に」
そうしたポリシーは、実際、多くの現場やスタッフにおいて見られるものだ。
「あちこち希望して内見させてもらったが、結局スタッフさんが勧めてくれたこの部屋が、家賃は少し高いがベストだった」
そんな経験をしている人も、賃貸ユーザーのなかにはおそらく多いことだろう。
つまり、当て物件、見せ物件、決め物件を駆使した戦略は、入居希望者側として、これを「商売する側の巧妙なシナリオだ」と、一律にネガティブに見るべきものではない。
こうしたやり方の存在を知りつつも、これに乗ってみるのも悪くない場合が多々あるのも、事実となるわけだ。
(なお、決め物件の重要な基準となるものには、以上に加えて「その物件のオーナーがスタッフに好かれている」というものもある。そちらは説明を割愛しておこう)
してはいけないこと
最後に。付け加えておこう。
この記事を読んで「当て物件」「見せ物件」「決め物件」について知った人、内容を理解した人、さらには、以前からこれらを知っていた人も含めて、ひとつ注意を伝えたい。
それは、実際に部屋探しする際、
「自分が『当て物件』『見せ物件』『決め物件』について知っていることをスタッフに漏らすな」
――そう。あたりまえのことだ。
誰がそんな煙たそうな客に対し、誠意をもって相手をしたいと思うだろう?
損はあっても得はない行動だ。ぜひやめておこう。
(文/賃貸幸せラボラトリー)
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この記事を書いた人
編集者・ライター
賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室