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増える賃貸住宅の敷金・原状回復のいざこざ

「敷金」トラブルの基礎知識――「原状回復」費用を負担しなくてもいいケース、しなければならないケースとは?(2/2ページ)

大谷 昭二大谷 昭二

2022/02/07

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分かりづらい「通常に使用」の範囲

Q. 「通常に使用」という言葉の範囲はどこまでになるのでしょうか?

A. 「通常の使用」によって必然的に発生した汚れ、傷(汚損・毀損部分)の原状回復の費用は、減価償却費として一般的には賃料に含まれています。この「通常の使用」については裁判において判例が出ています。

具体的には次のようになります。

・入居者が代わらなければ、取り替える必要がない程度
・入居者が代わらなければ、そのままにして置くような状態

このような使用によって生じる損害は、居住者に責めを負うものではないと結論づけています。

また、国土交通省の「ガイドライン」では、「通常使用」について、次のように区分をしています。

経年変化:建物・設備等の自然的な劣化・損耗等
通常損耗:賃借人の通常の使用により生ずる損耗等

これらについては判例から「通常の使用」として賃借人には原状回復義務がないと定めています。

一方、「通常の使用」を超える使用とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような損耗等と定義しており、こうしたものは、賃借人は原状回復の義務があると判例が定めています(保土ヶ谷簡易裁判所平成7.1.17 事件番号 平成6年(ハ)第819号/国土交通省「ガイドライン」)。

クロスや壁の傷、汚れ、破損…どこまでやったら負担しなくてはなりませんか?

Q. クロス(壁紙)を不注意で破った場合、すべて全額を負担しなければならないのでしょうか。

A. クロス(壁紙)を不注意で破ってしまった場合、通常に使用している場合に比べて、被害が大きければその部屋のクロスの張り替えをしなくてはなりません。

しかし、クロスの張り替えを行った場合、新品のクロスを返還したことになります。言い換えれば、賃借人がなんの問題もなく過ごしていれば、家主は中古の物品の返還を受けることになるのに、新品の物品の返還を受けるのは、明らかに不合理です。

そのため負担が求められる場合でも、クロスの経年変化・減価償却を考慮しながら決定されるべきです。つまり、新品にするための費用を全額負担することはないということになります。

Q. 画鋲でポスターを貼っていたため、クロスが変色しています。また、何もしていなのに網入りのガラスにひびが入っているのですが、こうした場合も敷金から清算されるのでしょうか?

A. ポスターなどを貼って生じるクロスの変色は、主に日照等の自然現象によるもので、通常の生活による損耗の範囲であると考えられます。また、ポスターなど貼った際の画鋲やピンの傷も下地のボード張り替えが不要な程度では、通常の損耗と考えられます。

網入りガラスの亀裂は、構造的によくおきる問題です。ガラスエッジの加工処理の問題と熱膨張率の差から自然に発生した場合は、賃借人には責任はありません(大阪地裁平成7.9.19 平成7年(レ)第28号/横浜地裁平成8.3.25 平成7年(レ)第3号)。

Q. タバコのヤニで汚れた場合のクロスの張替費用は敷金から差し引かれるのですか。

A. タバコのヤニの汚れについては、通常の喫煙とは言えないほどひどく、居住としての使用が耐えられないような場合には、善管注意義務違反ないし「通常の使用を超える使用によって発生した」毀損であると認められるため張替費用の一部が入居者負担になる可能性があります。

昨今、タバコについては、公共施設など喫煙場所の制限は年々厳しさを増しています。喫煙自体は、個人の自由に委ねられています。そのため賃貸住宅の部屋は個人の居住空間として提供されているので、一般的には自室で喫煙することは、当然許容されているといえます。

であれば、喫煙禁止などの特約がなければ、当然、家主は喫煙自体については容認しているということになります。よって、壁紙の張替費用を敷金から控除することは原則できないと考えます(国土交通省ガイドライン/保土ヶ谷簡裁 平成6年(ハ)第819号)。

建物賃貸借契約の終了に伴う原状回復の問題は、実務の感覚と法律的な責任の範囲が必ずしも一致していない面が見られます。要するに、法律上の原状回復は、賃借人がその建物の引渡しを受けた時の状態に戻す、建物の引渡しを受けたのちに賃借人の都合で付設した物件や設備を撤去する、あるいは、賃借人の責めに帰すべき事由になります。すなわち、賃借人側のなんらかの故意もしくは過失で建物を破損した場合は、破損個所を補修し旧の状態に戻すということが、原状回復義務の範囲になります。

一方、不動産取引業界での「自然の損耗」とは、その建物の本来の用法に従って通常の使用をしたことにより建物や附属設備が損耗することは、その部分を賃借人が入居当時の状態に戻す必要がないということです。

例えば、天井、床の張り替え、壁紙の張り替えまでして入居時と同じ状態にまで戻すということを求めることはできない、というのが法律解釈上の原状回復の範囲です。

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この記事を書いた人

NPO法人日本住宅性能検査協会理事長、一般社団法人空き家流通促進機構会長 元仲裁ADR法学会理事

1948年広島県生まれ。住宅をめぐるトラブル解決を図るNPO法人日本住宅性能検査協会を2004年に設立。サブリース契約、敷金・保証金など契約問題や被害者団体からの相談を受け、関係官庁や関連企業との交渉、話し合いなどを行っている。

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