賃貸の入居者にも相続対策は必要? 知らない人も多い「賃借権は相続される」の事実
賃貸幸せラボラトリー
2021/12/01
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部屋を借りる権利は相続される
賃貸住宅を借りて住んでいる人には、意外にこれを知らない人が多い。否、意外どころか、世の中の賃貸マンションやアパートに暮らす入居者のほとんどが、実はこのことをまったく認識せずにいるかもしれない。
住宅を借りる権利=賃借権は、相続される権利だ。なので、入居者が亡くなれば、その住宅を借りて住む権利は相続人に引き継がれる。その理由をややこしい言葉でいうと「賃借権は一身専属権ではないから」となる。一身専属権とは、その人個人のみに属するものであって、その人が亡くなれば同時に消滅する権利をいう。
例を挙げよう。年金受給者が年金を受け取る権利は、我々のもっとも身近な一身専属権のひとつだ。受給者本人が亡くなったからといって、その子どもに親の年金を受け取る権利が相続されるわけではない。個人が持つ資格や免許にもとづく権利もそうだ。医者が亡くなったからといって、その医者が所持していた医師免許が子どもに引き継がれるということにはならない。
なので、子どもの方は子どもの方で、自ら要件を備えたのち、親のことは関係なく、自らに一身専属するものとして、年金を貰う権利や医師となる権利(免許)を手にすることになるわけだ。
一方、賃借権はこれら一身専属権ではない。よって相続の対象となる。そのため、賃貸マンションやアパートの部屋を借りて住んでいる人が亡くなった場合、その権利は、その人の相続人にそのまま引き継がれることになる。すなわち、相続人が複数存在する場合は、相続によって権利を得る人もその人数分だけ増えることになる。立場上は、それら相続人全員が、その部屋の賃借人となるわけだ(こうした所有権以外の財産権の共有を指して「準共有」という)。
おかけになった電話番号は現在使われておりません……
すると、多くの人がこう思うはずだ。「賃貸住宅に住む人の相続も、場合によっては結構ややこしいことになりそうだな」――。そのとおり。案外ややこしくなるケースもある。例えば、ある賃貸の部屋に住む、1人暮らししていた入居者が亡くなったとしよう。オーナーは早速、緊急連絡先となっているその人の兄に電話をかけてみた。ところが……
「おかけになった電話番号は現在使われておりません――」
なんと、遠方に住む入居者の兄はすでに亡くなっていたのだ。一方で、オーナーにはこの兄以外に連絡先のあてがない。
「これは困った。入居者にはほかに兄弟姉妹はいるのだろうか? 親は存命なのか? 聞いてはいなかったが、もしやどこかに子どもがいる可能性もあるのでは……?」
それらが存在するとすれば、入居者が借りていた部屋の賃借権はその人たちのいずれかが相続した状態となっている。なのでオーナーは、今後それをどうするかについて、相続人に決めてもらわなければならない。さらに、相続人が複数いるのならば、同じことをその人たち全員で話し合ってもらう必要がある。
賃貸借契約は終了させるのか? それとも相続人の誰かが新たに部屋に住むといった話になるのか? 相続放棄する人がいる……? つまりは遺産分割協議を踏まえての結論を出してもらわなければ、原則動きがとれない立場にオーナーは立たされることとなるわけだ。加えて、入居者が亡くなっても、賃貸借契約は相続を前提にまだその効力を失っていない。相続人には賃料の支払い義務が発生しており、その額は日々だんだんと増えていく。どこかにいるかもしれない相続人は、存在するとすれば、それを知らずにいる。
「困ったぞ。専門家の先生に頼んで早く相続人を探さないと。つまりそっちの費用も嵩みそうだ……」
今後、賃貸住宅で最期を迎える人が増えるにつれ、発生しやすくなる問題といえるだろう。
賃貸入居者の「相続対策」
なお、こうした場合、賃借権だけでなく、亡くなった入居者が残した家財の処分をどうするかや、場合によっては滞納家賃の処理なども絡んで、話がさらにややこしくなるケースも少なくない。
相続人がどうしても見つからなければ、諸権利を含む相続財産は法人化され、家庭裁判所が選んだ管理人による管理のもとに置かれるという、さらに込み入った(?)プロセスを辿り、最終的には国庫に納められたりもする。
ともあれ、このあたり現実には関係者間で“柔軟”に処理されていることも多いはずだが、以上のとおり、原則をいえば、賃貸住宅において「賃借権が相続財産であること」は、それが波及する面において、実はかなり面倒な課題を生み出す可能性を孕んでいる。なので、オーナーや自らの親族等に迷惑をかけたくない賃貸住宅の入居者は、本来ならば、自身の死後のための準備をもっと積極的に行っておくべきなのだろう。
例えば、緊急連絡先のほか、推定相続人(現時点で自らが死亡した場合に相続人となるはずの人)全員と、その連絡先を事前にオーナー側に伝え、内容に変化があればちゃんとアップデートしておくなどだ。なおかつ、それら推定相続人に対し、自らが交わしている賃貸借契約の中身や関係する連絡先などをこちらもしっかりと周知しておくことだ。加えて、家財の処分等に関しても、なるべく詳細に、推定相続人あるいはその代表となる人物と話を詰めておくのが、当然ながらベストだろう。
これは、いわば賃貸入居者における「相続対策」の実行だ。
まれに現れる無知で無慈悲なオーナー
ところで、賃貸住宅を借りて住む権利が相続されるということについて、多くの入居者はこれを知らないと、冒頭にはそう記した。実は入居者だけではない。オーナーも結構これを知らなかったりする。そのため、以下のような「事故」がまれに起きることがある。
その事故とは、賃貸住宅に暮らす高齢の夫婦のうち、契約上の賃借人だった夫が亡くなった場合などで、オーナーが……
「契約当事者である旦那さんが亡くなった以上、この物件の賃貸借契約はもう存在しない。申し訳ないが、奥さんはここに住む権利をすでに失っている。早々に退去してもらえないだろうか」
などと迫るケースだ。
当記事の内容ですでに理解できるとおり、これはオーナーの無知か誤解であり、もちろん権利の侵害となる。この物件の賃借権は、たとえ旦那さんが亡くなったとしても、相続人である奥さんにそのまま引き継がれているのだ。なおかつ、そのことによって相続人は借地借家法による借家人保護のための厳しい規定にも守られることになる。
「ご夫婦で住まれているうちはお互いの健康に異常があれば気付けるが、1人になればそうはいかない。孤独死が心配だ。奥さんには施設でも見つけて早く出て行ってもらわないと……」
そんな理由から、つい無慈悲な要求をし、トラブルを生んでしまったオーナーの話を以前聞いたことがあるが、こんなかたちで入居者を追い出そうとすれば、それは権利の侵害と借地借家法違反、いわば二重の罪を背負うことをほぼ意味する。
とんだ悪役の登場となってしまわないよう、ぜひとも気をつけたい。
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賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室