「ジル&ボアシエ」のプライベート空間に学ぶインテリア術
パップ英子
2016/07/10
出所:http://www.thechesshotel.com/jp/medias
家具もデザインしたパリのデザイナーズホテル「The Chess Hotel」
現代の建築・インテリア界で大人気のフランス人デザイナーカップル、「ジル&ボワシエ」。前回( http://sumai-u.com/?p=5664 「ジル&ボワシエ」のプロフィールはこちらをごらんください)は、「モンクレール銀座」や、モロッコの「マンダリンオリエンタル・マラケシュ」など、彼らの代表的な作品をご紹介しました。後編となる今回も「ジル&ボワシエ」として手がけた、彼らの地元パリにあるスタイリッシュなホテルのほか、ふたりのプライベートな空間のインテリアもご紹介します。
「The Chess Hotel(ザ・チェス・ホテル)」はパリの中心部に位置する、ファミリー向けのスタイリッシュなホテル。オペラ座からも徒歩5分圏内という、この好立地かつオシャレなデザイナーズホテルのデザインも「ジル&ボアシエ」が手がけています。「ザ・チェス・ホテル」という名前を表現したかのような、フローリングのデザインも素敵ですね。
彼らはこのデザイナーズホテルのインテリアだけでなく、一部の家具も独自にデザインしているのです。
ふたりのテイストがひとつになって生まれる世界
出所:http://www.thechesshotel.com/jp/medias
写真は32㎡ものゆったりとしたスイートルームの様子。ゲストルームは総数50室あるそうですが、いずれも防音仕様となっていて、各部屋にはハイグレードなビロートップベッド(*)が備えつけられています。そんな家具のチョイスひとつ見ても、訪れる人々が心からくつろげるよう、創意工夫が伝わってきますね。
(*)ビロートップ:ベッドのポケットコイルの上面(Top)に縫いつけられた“薄い敷布団”のような機能を果たすモノ。ピロートップがあるベッドはゴージャス感があり、層が増えることにより、クッション性がアップし、体をよりやさしく受け止めてくれるため、寝心地が数段良くなる。
乾いた土地の色、マスタードカラー、ニュアンスの異なる3つのブルー。ザ・チェス・ホテルのゲストルームには、階毎にテーマカラーが設定されていて、設置している最高級の家具たちにも、ホテル独自で取り決めたテーマカラーをふんだんに盛り込んでいるそうです。
出所:http://www.thechesshotel.com/jp/medias
上の写真はザ・チェス・ホテルのシックなデラックスルームです。こちらの部屋のテーマカラーは“マスタード”カラーでしょうか。デラックスルームには広さ16〜20㎡の部屋が用意されていて、ダブルルームまたはツインルームの2種類から選べるそうです。
ザ・チェス・ホテルのために、ふたりがデザインしたインテリア・コレクションは多岐に渡り、ベッド脇のランプシェードや各部屋のソファ、また、このデラックスルームのバルダカン(天蓋つき)ベッドも“ジル&ボワシエ”がデザインしたオリジナル家具です。
同ホテル内にあるいくつかのインテリアデザインは、彼らの代表作にもなっています。
そんなふたりのデザインのテイストはかなり異なるそうです。パトリック・ジルが厳格なラインを好み、木という自然が生み出した崇高な素材の本質を引き出そうとするのに対し、ドロテ・ボワシエは万物のハーモニーというアートを目指し、女性らしいなめらかさや感受性をそのデザインにおいて追求します。
そんなふたりの相反するデザイン・テイストがひとつになることで、異質なもの同士が見事に調和し、古典性と現代性が共存した独自の“フレンチ・シック”スタイルが生まれるそうですよ。
おそらくプライベートでも家族である彼らだからこそ生み出せる独自性、創造性の高いインテリアデザインなのでしょう。そのような理由からも、「ジル&ボワシエ」のデザインは、世界中のインテリア通に圧倒的な支持を得ています。
モナコの海に浮かぶ豪華なヨットもふたりの作品
http://www.gillesetboissier.com/Projects.php?type=Private
バカラホテルに始まり、マンダリンオリエンタル・マラケッシュ、そして、パリのザ・チェス・ホテルと、「ジル&ボワシエ」はホテルのインテリアにおいてはもはや世界を代表するデザイナーカップルといえますね。
ちなみに「ジル&ボワシエ」のふたりはヨットもデザインしています。美しいモナコの海を航海する、そのヨットの名は「Atlante」。風格を漂わせるシルバーグレーの船体の「Atlante」は、「ジル&ボワシエ」にとって初のヨットプロジェクトでした。
ヨット内部に入ると、室内インテリアは大理石の壁がとても美しく、豪華そのもの。外観からは想像もつかないほど、優雅な室内が広がっています。
パリにある“自宅兼アトリエ”のインテリアも美しい
「ジル&ボワシエ」特集のラストは彼らのプライベートな空間をご覧いただきたいと思います。ふたりが暮らす住居兼スタジオはパリのマルゼルブ大通りの近くにあり、約120㎡の住居兼スタジオは、アトリエを兼ねるサロン、ダイニングルーム、個室、キッキン、バスルームなどで構成されています。中庭がある住居なので、どの部屋にも太陽の光が気持ち良く降り注いでいて、日当りも素晴らしいのがいいですね。
ヴェルサイユ風寄木細工のフリーリング、さらには19世紀の鏡、天井の麗しいレリーフなど、室内のさまざまなディテールに思わず目を奪われます。スタジオの内装は全体的に、この館が建てられた当時のクラシックな美しさを残しつつ、そのなかで木製のテーブルと椅子が主役のように配置されていますね。
パトリック・ジル本人がデザインした白い天板のテーブルと、「Christian Astuguevielle(クリスチャン・アストゥグヴィエイユ)」デザインのウッドチェアは見事にマッチし、元々ひとつのダイニングセットであったかのような印象すら受けますね。さらに、テーブルに取り付けられたランプもまた、「ジル&ボワシエ」による作品で、「AURORE」という名がつけられています。
彼らの住まいにはさまざまなオリジナル家具が置かれている
出所:(写真左)https://blog.thedpages.com/gilles-boissier-outtakes-from-the-november-issue-of-dpages/ (写真右)https://www.yatzer.com/Gilles-et-Boissier-house-Paris
写真左のレモンイエローにペイントされた天井部分と壁の独特な柄が目を引くこの部屋は、ゲストが来たときのサロンとして使用しているスペース。
中央に君臨するかのように大きなテーブルもまた、このデザイナーカップルの手によって生み出された作品です。足の部分にはシトロンの木が、天板には大理石が用いられ、木と石という異なる素材の組み合わせが、かえってモダンな雰囲気を生み出しています。
ニスを塗った金属製の照明もまた彼らの作品ですが、そのライトを吊り下げているロープ、また、スツールに使われたロープも、クリスチャン・アストゥグヴィエイユの手によるものです。
彼らの住まいには、自身でデザインしたライトやテーブル、椅子など、さまざまなオリジナル家具がいたるところに配置されています。ほかの個室にあるペンダント・ライトは「PLEIN SOLEIL PENDANT LIGHT」という名がつけられ、同じくふたりが手がけたシンプルイズベストなペンダント・ライトです。
L字型の広々としたカウンターがあるキッチン
出所:https://www.yatzer.com/Gilles-et-Boissier-house-Paris
プライベートな空間と言えば、生活感が見て取れるキッチンスペースは特に気になるもの。彼らのキッチンには、L字型の広々としたキッチンカウンターがあります。
その上は造りつけの食器棚ではなく、あえて木のシェルフをふたりでつくり、その上にカップボードをいくつか配置して食器収納用としているのがとてもユニークですね。足元にくるキッチン収納も大容量で、とても使い勝手の良さそうなキッチンスペースです。
彼らの自宅はどの部屋を見てもモノトーンを基調としていますが、同じくキッチンの一区画、この室内は市松模様のようなフローリングが空間に彩りを与えていますね。
出所:https://blog.thedpages.com/gilles-boissier-outtakes-from-the-november-issue-of-dpages/
床の愛らしい柄やドアのディテールもまた、この館が建築された当時の面影を残すため、ふたりはとことんこだわって再現したそうです。
とてもスッキリとしたシンプル、モダンなインテリアに19世紀の面影が加わり、重厚感をも併せ持つ希有な住まい。ジルとボワシエ、ふたりのデザイン・テイストは直線と円くらいに好みが違いますが、相反するテイストがひとつに融合したとき、それは新しさと懐かしさが同居したような、誰しもが惹かれる魅力的なインテリアへと変わるのでしょう。
ふたりにはお子さんがいるのですが、生活感があまり感じられないのは、家具の配置を極力抑え、主役となる家具を中心にレイアウトしつつ、戸棚やキャビネットなどでこまごまとした生活用品を見せないようにしているのも大きなポイントかと思います。
狭小住宅が多い日本の家屋では、こんなに広々と空間を使うのは無理、と諦めてしまう方もいそうですよね。しかし、インテリアの醍醐味とは、限られたスペースのなかでいかにモノをゴチャつかせず、それでいて主役となるインテリアを引き立たせるかに尽きるのではないでしょうか。
現代インテリアの旗手ともいわれるフランス人デザイナーカップル「ジル&ボワシエ」の住まい兼アトリエを見ても、参考になるレイアウトが多々あるかと思います。限られた空間をいかに使い、いかに遊ぶか、その按配を楽しみながら、インテリアコーディネートの腕を上げていきたいものですね。
この記事を書いた人
“FinoMagazin”(フィノマガジン)主宰(編集長)
ハンガリー在住コラムニスト。 食品会社でワインインポーター業務に従事した後、都内の広告代理店に転職。コピーライター、ディレクターとして勤務。百貨店やデパート、航空会社、ベビー・ブランド等のクリエイティブ広告で、インテリア製品のコピーライティング、ディレクション等を数多く手がける。 2013年、夫の国ハンガリーに移住後も育児に奮闘しながら執筆業に邁進。日本の雑誌(出版社)でハンガリー紹介記事(取材・撮影・文)を担当。また、自身とハンガリー人クリエイターとで運営するブダペスト発ウェブメディア“FinoMagazin”でもインテリアを含めたライフスタイル全般コラムを連載。美容メディアにてビューティ・コラム連載、その他、企業のWEBサイトや企画書制作、日本のTV局、広告代理店、メーカーからの依頼でハンガリー現地ロケ・コーディネート等、多岐に渡る業務をこなしている。 自身主宰のハンガリー情報WEBメディア “フィノマガジン” http://www.finomagazin.com/