知っておきたい名作家具(7) エーロ・アールニオの「未来の椅子」
パップ英子
2016/03/27
「未来の椅子」を次々と発表したエーロ・アールニオ
出所:Eero Aarnio - Pictures( http://www.eero-aarnio.com/40/Pictures.htm )
不思議な球体の「Ball Chair(ボール・チェア)」に優雅に腰掛け、電話をしているこの人物は? 彼の名はEero Aarnio(エーロ・アールニオ)、その名作椅子の作者であり、フィンランドを代表するデザイナーのひとりです。
1932年にフィンランドの首都ヘルシンキで生まれたエーロ・アールニオ。1957年、彼は“The Institute of Industrial Arts(インステテュート オブ インダストリアル アート)”を卒業します。1962年、ヘルシンキに自身のデザイン・スタジオを設立すると、1963年に「ボール・チェア」を、1967年には「Pastil Chair(パスティル・チェア)」、そして、1968年には「Bubble Chair(バブル・チェア)」と、わずか3年の間に自身の代表作となる名作椅子を次々と発表しました。
1960年代といえばアンディ・ウォーホルなど、アメリカン・ポップ・カルチャーが黄金期であった時代。FRP(強化プラスチック)などの新素材を用いて、型にとらわれない未来的な名作椅子を数多くデザインしたエーロの作品にいち早く注目したのも、やはりアメリカの人々でした。
近未来型デザインの真骨頂、「ボール・チェア」
出所:Ball Chair by Aarnio Eero - the only original by Adelta( http://www.eero-aarnio.com/8/Ball-Chair.htm )
この球体状の不思議な感覚を覚える椅子、実は映画「2001年宇宙の旅」にも登場したことがあり、見覚えがある方も多いのではないでしょうか。
この椅子はエーロが1963年、独立後に初めて手がけた作品であり、彼の代表作と名高い「ボール・チェア」です。最もシンプルな幾何学形態「球」をモチーフに、その斬新な形状ばかりに目が奪われがちですよね。近未来デザインのようなボール・チェア最大の魅力は、「座ることで安らげる」という、自身だけのプライベート空間を叶えたこと。
なんとボール・チェアは、座った際に周りの音を70パーセントほども遮断してくれるそうです。 安楽椅子としても傑作と名高いボール・チェアは、1966年のケルン国際家具見本市で最高評価を受け、今日もさまざまな美術館で永久保存されています。
同作はフィンランドの大統領はもちろん、ハリウッド女優からモナコ公国のプリンセスとなった故グレース・ケリー、ファッション・デザイナーのイヴ・サンローラン、アメリカが生んだ偉大なジャズ・シンガー、フランク・シナトラなど、世界中の名だたるセレブや著名人からもこよなく愛されてきました。
ボール・チェアは一般の邸宅用というよりも、ホテルやオフィスビルのエントランスやロビーに多く採用されていますね。
キャンディがモチーフ! 遊ぶ心にあふれた「パスティル・チェア」
出所:Pastil Chair by Aarnio Eero - the only original by Adelta( http://www.eero-aarnio.com/24/Pastil-Chair.htm )
写真は川の上流でしょうか。とても斬新なグラフィックも魅力的なこちらの青い椅子。これもエーロの名作として知られる「パスティル・チェア」です。
パスティルは錠剤という意味らしく、エーロは甘いドロップ・キャンディからインスピレーションを受けてデザインしたそうです。このパスティル・チェアもFRPを用いた椅子で、写真のように屋外環境でも使える耐久性を備えています。 丸みを帯びた可愛らしいフォルムのラウンジチェアは、いまもなおインテリア・ファンに愛され続ける名作椅子です。
出所:Exclusive Interview With Martha Angus From San Francisco( http://www.homedit.com/exclusive-interview-with-martha-angus-from-san-francisco/ ))
写真はアメリカのとあるインテリア・デザイナーさんのご自宅です。「パスティル・チェア」が可愛らしく、寝室空間にちょこんと収まっていますね。
パスティル・チェアの直径はボール・チェアの開口部とほぼ同じサイズ。底面は少し丸みがあり、ロッキングできるように工夫されたデザインです。床に限りなく近い低めのシートは、座る人々に安心感を与え、よりリラックスできるよう設計されています。
座るだけで楽しくなる「バブル・チェア」
出所:(C)Bubble Chair by Aarnio Eero - the only original by Adelta( http://www.eero-aarnio.com/23/Bubble-Chair.htm )
次にご紹介するのは、エーロが1968年にデザインした「バブル・チェア」。この椅子はまさに、ポップ・カルチャー黄金期に開花した、モダンデザインの名作です。
彼はこの椅子の前年にデザインした「ボール・チェア」に、光を取り入れようとして進化させた結果、このように無色透明で真正面から見ると円のカタチ、そして、側面から見ると半球となる形状でした。
エーロは当初、この椅子をチェーンで天井から吊り下げる仕様にしていましたが、さすがに一般家庭でその仕様での普及は上手くいかないと断念し、結局、天井に取り付けしなくてもいいハンギングベースの仕様に変更しました。
この不思議な無色透明の球体をつくるために、アクリル樹脂を加熱して、シャボン玉のように膨らませて成型していくそうです。
腰掛けるとまるでシャボン玉のなかに入ったような、フワフワとやっぱり不思議な気持ちに包まれる「バブル・チェア」。クッションには、動物の革やポリウレタン素材のものが備えつけられていますが、使う人それぞれがお気に入りのクッションを敷いて楽しむこともできます。まさに名前の通り、心までフワフワとはずむような、座るだけで楽しく、心地よくなる名作椅子です。
愛らしい見た目のなかにモダンな顔を持つ「パピィ」
出所:PUPPY | Magis Japan -official homepage( http://www.magisjapan.com/products/detail/119 )
エーロの作品でラストにご紹介する、これまた不思議な動物たちの、おもちゃのようなモノは一体なのでしょうか?
2003年に彼がデザインしたこの「PUPPY(パピィ=仔犬)」という製品は、イタリアのMAGIS社が製造する可愛らしいキッズ玩具でもあります。
愛らしい見た目のなかにモダンな顔も持ち、インテリアのみならず庭のオブジェとしても人々から愛用される「パピィ」。この作品は椅子としての役目はもちろん、小さな子どもの感性を刺激する知育玩具のような役割も果たしています。
子ども目線の素晴らしいチェア&玩具も手がけるエーロの近年の活躍を以下、少しご紹介してみましょう。
2008年にはイタリアのコンパッソ・ドーロ賞を「TRIORI(トリオリ)」で受賞。また、フィンランドのカイフランクデザイン賞も受賞し、MoMA(ニューヨーク近代美術館)、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ) 、バウハウス美術館(シドニー)など、世界中の名だたる美術館で彼の作品が永久コレクションとして展示されています。
1968年にアメリカの工業デザイン賞を受賞し、ヨーロッパよりも先にアメリカのインテリア界が最初に注目した、フィンランド出身の偉大なデザイナー、「エーロ・アールニオ」。
近い未来を予言するかのような、一見、摩訶不思議なデザインたちは、実は座り心地と安定感、機能性をとことん追求した結果の賜物だったのですね。
前回、今回と2回にわたり、フィンランド出身の名匠たちの作品をご紹介しました。次回は、筆者の暮らすハンガリーが生んだ偉大なデザイナーの作品をフィーチャーしたいと思いますので、どうぞお楽しみに。
この記事を書いた人
“FinoMagazin”(フィノマガジン)主宰(編集長)
ハンガリー在住コラムニスト。 食品会社でワインインポーター業務に従事した後、都内の広告代理店に転職。コピーライター、ディレクターとして勤務。百貨店やデパート、航空会社、ベビー・ブランド等のクリエイティブ広告で、インテリア製品のコピーライティング、ディレクション等を数多く手がける。 2013年、夫の国ハンガリーに移住後も育児に奮闘しながら執筆業に邁進。日本の雑誌(出版社)でハンガリー紹介記事(取材・撮影・文)を担当。また、自身とハンガリー人クリエイターとで運営するブダペスト発ウェブメディア“FinoMagazin”でもインテリアを含めたライフスタイル全般コラムを連載。美容メディアにてビューティ・コラム連載、その他、企業のWEBサイトや企画書制作、日本のTV局、広告代理店、メーカーからの依頼でハンガリー現地ロケ・コーディネート等、多岐に渡る業務をこなしている。 自身主宰のハンガリー情報WEBメディア “フィノマガジン” http://www.finomagazin.com/