賃貸経営のロジック――“不動産投資家”ではない。“賃貸経営者”としての視点を徹底する
ウチコミ!タイムズ編集部
2021/11/09
取材・文/財部 寛子 撮影/吉田 達史(Photo Current 66)
4年もの歳月をかけ、徹底的に物件や不動産会社の調査を行い賃貸経営に乗り出したというのが、東京、福岡、京都に4棟64室を所有する海野真也さんだ。元銀行員で、経営が悪化している地主大家への融資を経験したこともあり、融資する側、経営する側の両方の視点を持つ。賃貸経営を“不動産投資”だと考えるオーナーも少なくないが、海野さんは“投資”という目線は完全に捨てている。海野さんが賃貸経営を始めるまでの動き、物件購入の考え方、物件購入後の経営方法などを聞くと、賃貸経営の基本的な視点を改めて考えさせられるのではないだろうか。
徹底した調査で賃貸経営をスタート
――⼤学卒業後に地⽅銀⾏に⼊⾏し、その後、⼤⼿⽣命保険系資産運⽤会社での勤務を経て、現在は賃貸経営を専業とされています。賃貸経営を始めるきっかけにどんなことがあったのでしょうか。
銀⾏から運⽤会社に転職したのが2005年です。その年は、転職以外にも⻑⼥の誕⽣、マイホームの購⼊など、⼤きな出来事がありました。運⽤会社に転職したことで給料は上がりましたが、その⼀⽅で、いつどうなるか分からないとても厳しい業界だとも感じました。⾃分⾃⾝に何か起きたとき、家族を露頭に迷わせるわけにはいかない。そんなことを考えていたときに、銀⾏員時代に担当していた地主さんのことが頭をよぎりました。
海野 真也(うんの しんや)/1973年⽣まれ、静岡県出⾝。中央⼤学法学部卒業。98年静岡銀⾏に⼊⾏、2005年⼤⼿⽣命保険系運⽤会社に転職。転職と同年、⻑⼥の誕⽣、マイホームの購⼊などがきっかけとなり、賃貸経営を視野に⼊れる。10年3⽉に1棟⽬となる物件を福岡県福岡市博多区に購⼊。その後、10年7⽉に東京都北区、13年3⽉東京都⽇野市、13年3⽉京都市⼭科区に購⼊。14年から賃貸経営を専業に。現在、4棟64室の⼊居率は96%(62⼾/64 ⼾)。
――どんな出来事があったのでしょうか。
私がまだ新⼊⾏員のときの話です。賃貸経営状況が極めて厳しい地主⼤家さんで、その⼤家さんに融資するための稟議書を作成したのですが、⼊居率が低く経営の⽴て直しに時間がかかる案件でした。社会のことも不動産のこともまだ分かっていなかった私でしたが、仲介会社に⾏き、「この物件に客付けしてください」と⼀⽣懸命お願いして、⼊居者を⾒つけてもらいました。仲介会社からは「銀⾏員で客付けに来たのはあなたが初めてですよ」ということも⾔われましたね。しかし、新⼊⾏員でもそれくらい⼀⽣懸命やれば部屋を埋められる、もっといえば、賃貸経営は特殊な能⼒がなくても努⼒すればやれる業界なのではないかと思ったのです。
――そのときの経験を賃貸経営に生かしたわけですね。
はい。それからさまざまな書籍を読み漁りました。出張のついでに地⽅の⼟地、物件、不動産会社なども調べて回りました。その数、物件は約4万件、不動産会社も約2000社に上ります。
――相当な準備をされたんですね。最初の物件はいつ購⼊しましたか。
10年3⽉に福岡県福岡市博多区の物件を購⼊しました。RC造、10⼾の物件です。
――何を基準にその物件を購⼊したのでしょうか。
物件の場所については、おカネやヒト、モノが集中的に増加していく⼈⼝集積地帯、つまり太平洋ベルト地帯に絞りました。もちろん、賃貸需要が少ないエリアは外しています。さらに、そこから災害リスクが⾼いところを外していきました。私⾃⾝が静岡県出⾝なので、とくに地震と津波に関しては感度が⾼いんです。地形などを調べた結果、福岡県が津波のリスクが⽐較的低いことが分かりました。物件に関しては、バブル期に建築された建物に⽬をつけています。その頃の物件は、無駄に⾼品質にできていますからね(笑)。
――海野さんはかなり安く物件を購⼊しているそうですね。
私が賃貸経営について調べ始めたのが05年。実際に購⼊に⾄ったのは10年ですが、08年から購⼊しようと動いていました。さきほどもお伝えしましたが、そのあしかけ4年の間にとにかく多くの物件を⾒て、多くの不動産会社と接触しました。そういったなかで、地場の不動産屋さんなどから未公開の情報がたまたま⼊ってくることがあるんです。例えば、現在の⼤家さんが別の事業に失敗して、安くていいからとにかく早く売ってしまいたい、というようなパターンです。現在、東京都⽇野市、東京都北区、京都府京都市⼭科区、福岡県福岡市博多区に物件を所有していますが、どの物件も破格で購⼊し、福岡県と東京都北区の物件の現在の表⾯利回りは20%を超えています。
⼊居者の命を守ることが賃貸経営
――遠隔地となると、管理会社にある程度任せることになると思います。管理会社とはどのように付き合っていますか。
地域によって管理⽅法やルールが違いますから、やはり地元の管理会社にお願いした⽅がスムーズに進みます。もちろん、最初は管理会社のスタッフと何度も直接会い、コミュニケーションをとって親睦を深める努⼒をしました。最初に⼈間関係をしっかりと構築したことで、退去があったときにもすぐに対応してくれています。
――物件を購⼊した後、海野さんはまず⼤規模修繕を⾏うということですが、その理由について教えてください。
そもそも賃貸経営とは、⾃分が購⼊した物件に⼊居者さんに住んでもらい、家賃をいただいて成り⽴つビジネスです。⼤家は⾃分の所有物件のなかで、⼊居者さんの命を預かっているということです。そうであれば、⼊居者さんの安全性、⽣活するうえでの利便性、そして快適性、この3つは最低限整える義務と責任があると考えています。
――それが、最初の⼤規模修繕につながるわけですね。
賃貸物件の場合、⼤規模修繕の時期が来て、あるいは減価償却が終わって売りに出すというケースが多くあります。そういうことも私は把握しているので、⼤規模修繕の費⽤をあらかじめ計算に⼊れて、物件を購⼊しています。
経営者として数字を徹底的に把握
――そういう点から考えてみると、賃貸経営をするオーナーは“経営者”としての視点を欠かすことはできないですね。
銀⾏員時代の経験からも分かるのですが、とくに代々⼟地や建物を働率、貸借対照表、損益分岐点など数字を常に頭の中に⼊れておくことは経営者として必須です。そのうえで、⼊居者さんと向き合っていくべきだと思います。
――⼊居者と向き合うというのは、⼊居者⽬線の部屋作りといったことでしょうか。
はい。そもそも、経営者として数字が頭に⼊っていなければ、⼊居者さんのために使う資⾦も貯まらな
い状態でしょう。だから、⼤規模修繕にも⼿を付けないということになるのです。私は10年に1度の⼤規模修繕を計画していますし、現在の⼊居者さんに求められている無料Wi-Fiや宅配ボックスなども全物件に導⼊しています。
――そのほか、“経営者”として重要なことはありますか。
所有する物件が地域に与える影響も考える必要があるでしょう。例えば、事件や事故が起きるような物件にするべきではありませんよね。とくに単⾝者が⼊居する物件であれば、道路から⾒てどの部屋に誰が住んでいるか分からない⽅がリスクを下げられると思います。私が所有する物件は全て内階段・内廊下で、エントランスには防犯カメラを設置しています。
コロナ禍での経営と予測されるトラブル
――昨年の新型コロナ感染症の拡⼤によって、賃貸経営に変化はありましたか。
⼊退去が少なくなりましたね。⼤家としては退去がないのはありがたい話なのですが、私の場合は退去も予測しながら経営計画を⽴てているので、少し予定が変わってしまいました(笑)。
――ステイホームや在宅ワークなどで、⼊居者も部屋で過ごす時間が増えていると思います。そういったことに対して、何か対応はしていますか。
設備の使⽤頻度が⾼くなるため、急に何かが壊れてしまうというトラブルが想定されます。私がとくに⼼配したのが給湯器です。お湯が出なくなると⽣活に⼤きな⽀障が出るため、製造後10年以上経過している給湯器について、全物件で交換しました。
――隣り合った部屋の騒⾳トラブルなどはありませんでしたか。
いまのところは発⽣していません。しかし、部屋にいる時間が⻑くなれば、騒⾳トラブルが起きる可能性はあるでしょう。その場合は、トラブルの当事者だけに連絡するのではなく、⼊居者全員に告知して、皆さんに意識していただくようにしようと考えています。
ストロングポイントを把握する
――14年から賃貸経営を専業にされているということですが、今後新しい展開は考えていますか。
いまのところは購⼊したいと思う物件が出てきませんし、とくに新しい展開は考えていません。賃貸経営を始めてまだ11年しか経っていないので、まだまだこの業界で私はひよっこです。ただし、サラリーマン時代とは異なり、いまの仕事に対する真剣度はまったく違います。
――まずは、いまの賃貸経営を着実に継続していくということですね。
ちなみに、私は購⼊した物件を売却するつもりはまったくありません。むしろ、売却するという出⼝を封じないと賃貸経営はできないと思っています。“投資”ではなく、“賃貸経営”だからです。もしも、所有している物件を売却しようと考えると、いくらで購⼊して、所有期間のトータルリターンがいくらで、税⾦がいくらで、最終的な⼿残り⾦額がいくらで……という考えになりますよね。そのような考え⽅のなかには、⼊居者さんは不在です。そんな賃貸経営はあり得ないと思っています。
――海野さんのお話からは、賃貸経営者としての基本を改めて考えさせられたオーナーも多いと思います。最後に賃貸経営にプラスして伝えることはありますか。
皆さんは、⾃分が所有する物件のストロングポイントをしっかり把握しているでしょうか。どの業界の経営者も、“経営主体”の強みと弱みは当然把握しています。⼤家の場合は、所有する物件が経営主体です。経営主体である物件のストロングポイントをきちんと把握することで、客付けにもいい影響が及ぶと思います。経営者としての視点を持ったうえで、⼊居者さんや地域のことを考える。そういった賃貸経営を、多くの⼤家さんが展開していければいいと思っています。
この記事を書いた人
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