事故物件だけではない、賃貸経営で起こりうる「事故」――もしも入居者が逮捕されたら
ウチコミ!タイムズ編集部
2020/10/02
文/朝倉継道 イメージ/©︎jedimaster・123RF
入居者の逮捕……賃貸住宅オーナーが、まれに経験する事故、あるいは事件。また、経験していなかったとしても、これから先にわたって、その可能性を排除することはできない。
「えっ、ウチの入居者さんが逮捕!?」となったときのために、オーナーが普段から心構えとしておくべき大事な原則とは何か。
逮捕=有罪ではない
推定無罪の原則、それは「何人(なんびと)も有罪判決が確定するまでは、無罪と推定(仮定)される。犯罪者として取り扱われない」といった近代法上の重要な考え方だ。
入居者が逮捕された事実のみをもって、一方的に「契約は解除だ」というわけにはいかない。これは、オーナーがまず押さえておかなければならない基本原則である。
逮捕も有罪も必ずしも「信頼関係の破壊」ではない
もうひとつの大原則は「信頼関係破壊の法理」。オーナーが入居者の意志に反して賃貸借契約を解除するには、「主に賃貸借契約における債務の履行にかかわって、互いの信頼関係が、客観的にも壊れてしまっている」ことが条件となる。契約解除=家を失うこととなる入居者を保護するための日本社会における基本的な考え方だ。
よって、逮捕されただけでまだ有罪が確定しない間はもちろんのこと、たとえ確定しても、その内容によっては信頼関係の破壊を問えない可能性がある。
たとえば、入居者が脱税し、逮捕され、裁判で罪が確定した場合や、交通事故を起こし、自動車過失運転致死傷罪が成立した場合などは、おおむねこれに当たるとみてよい。
逮捕時点で一方的に契約解除できる場合もある?
一方的な契約解除、すなわち無催告での解除はどうだろうか。オーナー側として、まだ入居者の有罪が確定しない段階であっても、「やったことは明らか。こんな人との契約は一刻も早く解除したい」という場合もあるかもしれない。
このとき、必要とされている主な条件は2つだ。ひとつは、契約内容に、解除要件と併せて無催告解除の可能性が盛り込まれていること。さらには、ほかの入居者への影響だ。
たとえば、「入居者さんが隣の部屋に忍び込んでお金を盗もうとした。見つかったため逃げようと暴力を振るい、隣の入居者さんに怪我をさせた」は、他の入居者の平穏な生活を害するという意味で非常に影響が大きく、オーナーとの信頼関係を破壊したと認めるに十分足りるはずだ。
加えて、そこに「物件内で犯罪行為、公序良俗に反する行為をしてはならない」旨の約定があれば、即刻契約解除したいオーナーの意志を妨げる方に無理があるといえる。
では、「入居者が部屋でわいせつな映像を編集し、ネット配信していた」はどうだろうか。当然、信頼関係の破壊とみる意見もあるが、異論も多そうだ。独断は禁物である。
目指すべきは合意解除
とはいっても、「逮捕=事実上罪の確定」といった状況は少なくない。また、容疑内容が、オーナーとして「とてもこの人には今後物件に住み続けてもらいたくない」ということも多いだろう。さらには、そもそも逮捕以前から暮らしぶりに問題のある人だったというケースも“逮捕事故”ではよく聞かれる。
そういった場合、オーナーが目指すべきは「合意解除」だ。オーナー、入居者、双方合意のもとでのスームスな契約解除を目指すしかない
合意解除を目指すうえで、大事なのがスピード。できれば、取り調べのため入居者が警察に勾留されている間に、関係者として面会し、退去等の合意を取りつける。賃貸借契約書などの証拠書類を示せば、オーナーは通常面会を認められる。
なお、警察の取り調べが終わり、起訴されてからは拘置所での面会となるが、タイミングを逃し、入居者が刑務所に入ってしまうと、弁護士を通さなければ所在を知ることも難しくなる。同様に、最初の勾留段階でも、場合によっては接見禁止の措置がとられることがあり、弁護士を通しての話し合いが必要となる。
面会の際は、「解約と部屋の明け渡し」「退去に関わっての金銭の精算」「残置物の処分」、この3つの合意を目指すため、それぞれの合意書面を用意して臨むことが肝要だ。残置物に関しては、所有権を放棄してもらい、オーナーが自由に処分できるようにするのが理想である。入居者にアテがあれば、家族などに引き取ってもらう約束を交わすのはもちろんだが、その場合は、当の引き取り手とオーナーとの確実な合意と、綿密なすり合わせも大事になってくる。
滞納は武器にもなる
入居者が逮捕されたとなると、即、心配になるのが家賃の滞納だ。だが、滞納は前述の信頼関係の破壊の主な要件である。よくいわれる目安である「滞納3カ月以上で解約要件成立」の可能性が高い。明け渡し訴訟と、それにともなう法的手続きを踏んだうえで、司法の監督のもと、正式に部屋を取り戻せます。
一方、家賃債務保証会社の対応はどうだろうか。通常、入居者の逮捕による滞納は、家賃保証の免責対象となっている。と同時に、入居者は保証契約自体も解除されることになるだろう。すなわち、逮捕事故では家賃債務保証会社を頼りにできないのが通常である。ただし上記のとおり、賃貸借契約自体を解約しやすい条件は整ってくる。
もちろん、滞納が起こらないケースもある。預金からの引き落としができたり、家族などが支払うといった場合だ。罪状からみて、オーナーとしては早く解約したいものの、入居者側としては服役しても期間は短いと考え、その間住居を維持したいと思っていることもある。また、そうした中には、合意解除の条件としてオーナーへ援助を求めてくる面倒な事例もあるという。ケースバイケースの対応が必要な、むしろ複雑な状況といえるかもしれない。
注意すべき残置物の処分と取り扱い
仮にどんなに重い罪の容疑で逮捕されたとしても、物件内の残置物は入居者の財産だ。前述の合意解除のところでふれた処分方法等の合意か、あるいは法的な手続きを経ての裁判所の許可がない限り勝手な処分は許されない。フライングしないよう注意すべきだ。ちなみにこれは、入居者が夜逃げした際にいわれるのと同じ注意事項である。
この記事を書いた人
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