居住用賃貸で「SOHO」している入居者が勝手に会社を設立 これって契約違反・法律違反?
賃貸幸せラボラトリー
2021/12/15
イメージ/©︎lanastock・123RF
郵便受けに見知らぬ会社名が…
ある賃貸住宅オーナーの話だ。先日、自身が経営しているマンションのエントランスをくぐり、郵便受けの前を通りかかった際、見慣れぬものが目に飛び込んできたそうだ。
「あれ? 〇号室の郵便受けのプレートに会社名が書かれている。株式会社云々……なんだこりゃ?」
オーナーにはまったく心当たりがない。ちなみに、このマンションは全室が居住用だ。いずれの部屋の賃貸借契約書においても、「借主は居住のみを目的として本物件を使用しなければならない」と、明記されている。
「そういえばこの部屋の入居者のAさんは、フリーのウェブデザイナーとやらをやっている人だ。部屋はあくまで住むために借りるが、そこでパソコンを使って仕事もしたいということだった。つまりSOHO(Small Office / Home Office)だ。彼に何が起きているんだろう。この会社はAさんのものなのか……?」
オーナーは早速本人に連絡し、事情を尋ねたそうだ。するとAさん曰く、これまで個人事業主だったものが、いわゆる「法人成り」したとのことだった。
「おかげさまで仕事が軌道にのり、収入が増えてきました。そこで、税金や対外的な信用性など、いろいろと考えて法人の肩書を持つことにしたんです。ただし、業務の実態はこれまでと全く一緒です。部屋の中で私ひとりが終日パソコンと格闘しているだけです。ただ、今後は会社名あての郵便物が増えるはずなので、郵便受けと部屋のドア横のプレートに、私の苗字とともに社名も表示させていただきました」
これを聞き、なるほどそうだったかと、オーナー一旦ひと安心。ところが……
「では、これからもがんばってください」
物分かりよさそうにそう応じたものの、実のところどうも気分がよくない。なぜならば……
「う~ん、ひとこと相談してほしかったな。社名を掲げた部屋があると、まるで人の出入りが頻繁なうるさいマンションに見えてしまう。入居者募集に影響が出なきゃいいが」
それに加えて……
「法人成りしたということは、部屋を勝手に商業登記したということだ。私の方に現状影響はないだろうが、そこも気分が悪い」
さらには……
「それに待てよ。これってよく考えたらAさん個人から設立した会社への物件の無断転貸にあたるんじゃないか。つまり、歴とした賃貸借契約違反だ。がんばってくださいどころか、本来ならば契約を解除されても仕方のない行為なんじゃないのか?」
苦虫を噛み潰すような思いがムクムクと湧き上がってきているオーナー。このことについて、少し考えてみよう。
契約違反であり、法律にも抵触
結論からいうと、上記のAさんの行為は、オーナーが「待てよ」と想像したとおり、契約違反であるとほぼ判断されるはずだ。
どの建物賃貸借契約書でも条文に必ず定められているとおり、このマンションにあっても、「借主は、貸主の承諾を得ることなく、本物件の全部または一部につき、賃借権を譲渡してはならず、転貸してはならない」旨、はっきりと書かれている。
加えて、契約違反のみならず、この行為は法律違反にもあたる可能性がきわめて高い。上記条文の根拠といえるものだが、民法第612条には以下のように記されている。
(第1項)
「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。」
(第2項)
「賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。」
このとおり、「契約を解除されても仕方のない行為では」とのオーナーの疑問に対しては、「そのとおりです」との答えに通常はなるだろう。
すなわち、Aさん個人とAさんが設立した会社は、実体はどちらもAさん本人だが、法的な主体としてはこれらはあくまで別個のものだ。
よって、Aさんの会社は、現状、Aさんとオーナーとの間に結ばれている賃貸借契約の当事者とはいえない状況だ。なので「無断転貸にあたる」も、もちろん正解といっていいだろう。
ただし、今回はオーナーがAさんに対し事情を尋ね、その答えを聞いた時点で部屋の継続使用を「これからもがんばって」と認めている。そのため、事後承認のかたちですでに無断転貸は解消されている状態だ(なおこうした際、オーナーによる書面での承諾を条件とするケースもある)。
さて、そうしたわけで今回、Aさんの行動がいささか癪に障ることとなったオーナーは、部屋の継続使用を認める以前の段階であれば、「勝手なやり方は困る」とAさんに対し契約解除を迫り、退去させることはできたのだろうか……?
その答えは、ほぼ無理だろう。
背信行為ではなく、信頼関係も破壊しない
結局のところこのケースでは、もしもオーナーとAさんが争っても、結果として契約解除は認められないはずだ。
そのことは、最高裁判決も含む過去のいくつかの判例によって、実は明確に示されている。
すなわち、Aさん言うところの「業務の実態はこれまでと全く一緒です」が正しいとして、たとえAさんの行為が契約違反にあたり、さらには法律違反であると認められたとしても、それは契約相手であるオーナーに対し、「背信的行為をしたと認めるには足りない」ものとして扱われる。
なぜならば、建物賃貸借契約にあっては、借主に契約上などでの違反があったとしても、そのことをもって直ちに契約解除とはいかないケースが多いのだ。
この場合、解除を成立させるには、貸主・借主間における信頼関係の破壊、もしくは信頼関係が破壊されるおそれがあると認められなければならない。
これは、いわゆる「信頼関係破壊の法理」などといわれるものだが、それが今回の事例でも厳粛に適用されることとなるわけだ。
「オーナーの気持ちも多少解らないではない。だが、Aさんの業務実態はこれまでと全く一緒とのこと。つまりオーナー側に新たな損害は生じないと予想されるのに、入居者が退去を求められるほど信頼関係が破壊されたと見るべきだろうか。今回はちょっと無理があるね」
そんなところだ。
居住用の実態を守るべし
そうしたわけで今回の事例では、オーナーはたとえ部屋の継続使用を認める以前の段階であっても、Aさんを部屋から追い出すわけにはいかなかっただろう。
一方で、Aさんとの間では、今後注意しておきたいことがある。それは、この部屋が「あくまで契約内容のとおり居住用としてAさん個人に対し賃貸されているものであって、住居としての使用がその主たる目的である」――とのかたちを崩さないことだ。
なぜなら、例えばAさんが別に住まいを構えるなどしてそこが崩れ、部屋が会社の事務所や作業場である色合いが濃くなってくるなどすると、話が結構ややこしくなる。
すなわち、物件の利用実態に即したかたちで、家賃に対する消費税の課税判断や、火災保険における適用基準のあれこれ、さらには建築基準法上の解釈等、さまざまな方面に影響が生じ、波及していきやすくなるからだ(そうなる場合は必ず関連各所への相談を急がれたい)。
よって、そうした意味からは、今回のAさんによる郵便受けとドア横への社名の表示についても、Aさんいうところの「苗字・社名併記」の現状を今後もしっかりと維持してもらうのが望ましいだろう。それによって、居住用であるはずのこの部屋が事務所専用で使用されているのでは?等、周りから無用の疑いをかけられる可能性は幾分か下がるはずだ。
なお、仕事が軌道にのっているとのAさんの話を聞くに、そのほか心配されるのは、今後来客が生じたり、増えたりした場合の騒音トラブルだ。
仮にAさんが人を呼ばなくとも、部屋が商業登記され、住所が公開されると、不意の訪問者が増える可能性もある。
そうした対応については、契約に新たに特約を盛り込むほか、周りの部屋とのコミュニケーションの徹底をAさんには図ってもらうなど、事前にケアしておくのがもちろん得策となるだろう。
【この著者のほかの記事】
賃貸の入居者にも相続対策は必要? 知らない人も多い「賃借権は相続される」の事実
「建て替え~退去」を契約書で約束してもダメ 老朽化物件を貸す場合の大事な留意点とは
同じ条件なのに周りの部屋の家賃が自分の部屋より安い…そんなときどうする?
この記事を書いた人
編集者・ライター
賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室